村井邦彦とともにアルファミュージックの創設期を振り返る
村井:今年になってから、『モンパルナス1934〜キャンティ前史〜』のために色々な人にインタビューしてるんですけど、去年の暮れか今年になって初めてユーミンから聞いたんですよ。ユーミンが「HAIR」の人のところに行き来していたのは見ていたんだけど、オーディションに立ち会っていたのは初めて知って。色々な人の話聞くと、昔のことって面白いですよ。
田家:小坂忠さんはモンキーズファンクラブから生まれたバンド、ザ・フローラルでシングルを二枚出していて、その全四曲全てが村井さんの作曲なんですよね。
田家:わからないものだなって思いますね。ユーミンの名付け親が、シー・ユー・チェンさん。彼のバンドのザ・フィンガーズは元々インストバンドの印象だったんですが、歌入りのデビュー曲「愛の伝説」も村井さんが手掛けていたんですよね。
村井:そうなんですよね。なんだか繋がってくるんだよね、ザ・フィンガーズのギターのお兄さんも高橋幸宏さんのお兄さんだしね。シー・ユー・チェンもザ・フィンガーズにいたんだよね、確か。
ほうろう / 小坂 忠
(スタジオ)
田家:お聞きいただいている小坂忠さんの「ほうろう」。演奏しているのはティン・パン・アレイ。この曲の作詞作曲は細野晴臣さんで、細野さんと小坂忠さんはエイプリルフールを結成、そこに松本隆さんがいました。エイプリルフールが解散して、細野さんは小坂忠さんをボーカルにした新しいバンドを考えていたのに、小坂さんは「HAIR」のオーディションに受かってしまって、ちょっと離れたところに行ってしまった。そこに大滝詠一さんが現れて細野さんらとはっぴいえんどを組む。そういう人間関係がアルファミュージックには流れているんですね。小坂忠さんは、エイプリルフールの前にザ・フローラルというバンドを組んでいて、そこには柳田ヒロさんもいた。そのザ・フローラルのシングル盤4曲の作曲は村井邦彦さんでもある、驚きましたね。ユーミンという名前を付けたのはシー・ユー・チェンさんというミュージシャンですが、彼のいたバンドのザ・フィンガーズの歌入りのデビュー曲も村井さんが曲を書いていた。一朝一夕どころじゃない、色々なことがこの辺から始まっているという当時の話です。連載小説『モンパルナス1934〜キャンティ前史〜』の間には、改めて当時のことを伺う取材対談も行われていて、ユーミンは「HAIR」のオーディションを年齢で受けられなかった。村井さんはそのことを今年になってその対談で初めて知ったという話ですね。
ひこうき雲 / 荒井由実
田家:荒井由実さんの「ひこうき雲」が今流れております。今月は、人間関係の説明が色々な形で登場することが多いですが、『モンパルナス1934〜キャンティ前史〜』は、村井さんが高校生の頃から心酔していた川添浩史さんの物語です。川添梶子さんという奥様も出てくるのですが、この人も伝説の女性です。タンタンと呼ばれていて、週刊誌では六本木の夜の女王と書かれていたのですが、イタリア語とフランス語と英語を話す国際感覚の豊かな方で。イタリア人と一度結婚したのですが、ご主人のDVから逃げて川添浩史さんと出会ったというようなことも『モンパルナス1934〜キャンティ前史〜』に書かれてます。そうだったんだ、というエピソードの連続であります。エピソード1は1971年1月のカンヌの見本市に村井さんと川添梶子さんと親友の女性が旅をしているという話で始まっています。村井さんは見本市に行って、梶子さんはご主人の川添浩史さんを亡くした1年後の失意にある状態の旅。そこから時代を遡って、川添浩史さんの青春時代に入っていく。驚いたのが、ユーミンの2枚目のアルバム『MISSLIM』のピアノの前に座っているジャケット写真。これはその時に梶子さんと一緒に旅している親友の女性、花田美奈子さんのものだった。そういうのも改めてわかったりするお話でありまして、ユーミンについて村井さんはこんな話もしています。
