いくら時間と金をかけても、モノにならない。

平気で人を振り回し、嫉妬させ、挙句の果てに裏切る―。

東京には、嵌ったら抜け出せない、まるで底知れぬ沼のような女がいるという。

なぜ男たちは、そんな悪い女にハマってしまうのだろうか…?

▶前回:「まるで精神的な恋人ですね」食事デートに300万円使っても、決して手に入らない人妻の魅力




【今週の悪い女】
名前:詩織
年齢:35歳
職業:弁護士
学歴:一橋大学法科大学院


年齢で決めつける価値観が苦手


「詩織〜。俺たち、付き合おうよ」

目覚めてすぐ、私の部屋のキングサイズのベッドで、謙太が言ってきた。

― 付き合わないと、何度も言ったわ…。

だがそう伝えるのも面倒なので、謙太の言葉には返事をせず、ベッドから出てコーヒーを入れようと起き上がった。

彼とは小学校が同じで親同士も同級生。まさか私たちが時々抱き合う関係になっているとは、親たちは夢にも思わないだろう。

最近、面倒なことが続いている。

昨日は親族の集まりで、女は家庭に入るのが絶対的に幸せ、という価値観を持った祖母がこう諭してきた。

「詩織ちゃん、30過ぎの女性が独身なんてダメよ…。また結婚しなさい」

“また”というのは、私の結婚生活が昨年、5年目で終わりを迎えたから。

時代錯誤な意見だと思うのだが、年の離れた妹はまだ22歳なのに祖母の言葉に激しく頷いていた。

― これだから“名家”なんてロクでもない……。

代々木上原にある大豪邸で伸び伸び育った私だが、古き良き家の価値観とは少し異なるそれを持っている。


異色の存在となったきっかけはあのブーム


私の普通が普通でないと知った、高校時代の社会勉強


「おかえり〜詩織ちゃん。パン焼けてるわよ」

母はいつも家事をしていて、それが女の仕事、という家で私は育った。

というのも祖父の代から事業をしており、祖母も専業主婦。だから女性がそうなるのは当然のことだった。

また父と母は、小学校からの同級生。私がお受験をして両親の母校へ入り、そこで“将来の就職先”を探すことは、家族からしたら決まりごとのようなもの。

「詩織、どんな人と一緒になりたい?」

祖父は物心がついたころから、かなりの頻度でそう問いかけてきた。

しかし高校時代のギャルブームが、私の価値観を大きく変えた。

それまでは部活や勉強、お稽古に夢中だったが、肌を焼き濃いメイクをして街に遊びに繰り出す…そんな新しい世界に夢中になったのだ。

繁華街にいる他校の女子高生たちと知り合うにつれ、“自由”に生きる彼女たちを、とても眩しく感じた。

彼女たちは「勉強はしない。美容師になって女の子を綺麗にするから」と言ったり「ウチの父親は彼女と家出てった」なんてあっさり言ったりするので、戸惑うことが多々あった。

両親がそろっていて、子どもには勉強やお受験、お稽古ごとをさせる。“箱入り娘”だった私は、そんな自分のような家が当たり前ではないと知ったのだ。

当然、私が夜遅くまで遊ぶようになると、家族はギスギスし出した。

母は祖母に「家族の恥」「あなたの教育がなってないから」と毎日のように責められて悲しんでいた。

そんななか傍で支えてくれたのが、幼なじみの謙太だった。



「そういうときもあるし、むしろそんな経験ができて幸せだな」

私が遊んでいることを決して否定せず、彼はそんな風に言ってくれた。

謙太は真面目で部活熱心、かつ頭脳明晰な優等生。

その彼が、休みの日に手土産を持って家に遊びに来て、心配する母親に「詩織はまっすぐなので大丈夫ですよ」などと励ましてくれたこともあった。

当時家族が直接私を強く責めなかったのも、謙太のおかげだといまさらながら思っている。

そして結果として、このプチ反抗期のころに感じた“違和感”が、私の将来を決めた。

いろいろな家庭があることを知ったうえで、弱い立場の人も守れる仕事につきたいと思うようになり、遊びを止めて勉強に集中した。

その結果、無事法学部に進学し、ロースクールを出て司法試験をパスしたのだ。



大学に入るとお互い恋人ができたため、謙太とは、昔ほどの近い距離感ではなくなっていた。

だから久しぶりの再会となったときは、とても嬉しかった。

「え、詩織だよね?」

ある日、六本木のホテルのラウンジで謙太にそう声をかけられたのだ。

彼は優等生だった頃の面影を少し残しつつも、成功して自信のある“大人の男”だけが持つ雰囲気を纏っていた。


再会してからのお互いの思いとは…


この再会をきっかけに謙太との蜜月が始まったとき、私は離婚したばかりだった。

「子どもをつくろう」と執拗に言ってきた3歳年上の夫との営みを拒否し続け、離婚に至ったのだ。

私は子どもが欲しくなかったから。

離婚を家族に報告すると皆絶句した。そして予想通り、祖母はすぐに再婚を強く勧めてきた。女が結婚で失敗するなんてありえない、と心底思っているからだ。

それも当然だ。自分の価値を仕事で発揮すればするほど、周囲からも信頼され、もっと仕事が楽しくなる。…その快感を知らないのだから。

だからそもそも、私は家族に理解など求めていない。

謙太とは、彼から連絡が来て食事に行く。最初はただそれだけだった。

しかし、酔った私を謙太が家に送ってくれた日から、どちらかの自宅に一緒に帰るようになっていた。

それからというもの、謙太は私の誕生日には彼氏のように張り切った。超人気フレンチでディナーをし、ホテルのスイートルームでスパ三昧。かなり高額なダイヤ入りの時計まで用意してくれたのだ。

美味しい食事をともにし、たくましい腕にすっぽりと抱かれて眠る。その安らぎの時間は離婚の傷を癒やしてくれたが、一方で謙太の家のことを気にしていた。

謙太とは小学校からの仲なので家の事情もよくわかっている。きっとそろそろ“妻業”をする女性を迎え入れなくてはいけない時期のはずだ。

― 自分はその妻にはなれないし、なりたくもない。

だから、美味しい食事をして一緒に寝て、たまにプレゼントをくれたらそれでいい。

家が絡むと面倒だ。


謙太:自立した彼女は、昔よりずっと輝いていた


小学校の同級生と集まると、大体恋愛の話になる。

「うわ、ああいう“いかにも”な女…嫌だよな」

既婚者、バツイチ、独身…ステイタスはそれぞれだけれど、皆“自分で稼いでいそうな女性”は得意ではない。

これまで、僕は東京の箱入り娘から地方から出てきたOLまでさまざまな女性と付き合い、正直不自由しなかった。

詩織と再会したのは商社を辞めて4年が経ち、そろそろ家業の社長になるというタイミング。

あまりの綺麗さと強気な雰囲気に、彼女は“働く女”になったのだと遠目からでも分かった。だから声をかけるのを、少し躊躇してしまったくらいだ。

でも話してみると、どことなく滲み出る余裕のある雰囲気や柔らかさは昔と変わらなくて、安心した。

そこから食事に誘い、あっという間に昔以上の関係になってしまったのだ。




詩織は、ベッドの上では強気な働く女ではなく、おしとやかなお嬢様のように身を預けてくるのが可愛かった。

だからつい普段のディナーだって誕生日だって、奮発してしまうのだ。

彼女とは会話も合うし、ずっとこのまま一緒にいたいと思っている。

しかし彼女は気づいているだろうが、僕はそろそろ結婚しなくてはいけない。妻となる女性がバツイチというのは、両親が許さないだろう。

だから「結婚して」ではなく「付き合って」と言っているのに、詩織はその話を避ける。

好きなのに、手放すなんてそんなことはできない。

だからもし彼女が付き合ってくれるというなら、伝えることは決めている。

「この世でいちばん好きだけれど、僕は結婚しなくてはいけない。詩織には生涯苦労はさせないから、僕の大切な人になってくれないかな?」

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