升毅、ぬる燗片手に語る俳優人生「実はアイドル志望で…」

「別の店に向かう途中で、お品書きをちらっと見たら、いい感じだったんですよ」
寺と相撲部屋、近年ではコーヒーの町として知られる、清澄白河(東京・江東区)。升毅(63)は、偶然入った「梅仁」に通いはじめて7年になる。
「僕は日本酒好きなんですが、熱々の熱燗派でした。マスターにすすめられて、ぬる燗の美味しさを知ったんです」
初めて座ったのはカウンター。寒い冬の日だった。
「一見さんには冷たそうなマスターで、僕も『粗相がないように』って緊張してね(笑)。
日本酒とお鍋をいただいて、満足して電車に乗ると、かぶっていた帽子がない。店に忘れていたんです。『取りに行きます』と電話をして、そこから通うようになりました」
厳しく見えた主人・菅原勝美さんだが、じつは気さくな人柄。いまでは、一緒に酒を酌み交わす仲だ。「今日は最初から日本酒にしよかな」と升が言えば、料理に合った日本酒が、最適な温度で供される。
「毎月、お手紙が届くんですが、そこに季節のおすすめのメニューが書いてあるんです。『お、あんこう鍋始まったか』とか、季節ごとに美味しいものを食べに来るんですよ」
升の料理好きは、芸能界でも有名で、自宅に仲間を招き「大衆居酒屋 ますや」という名のホームパーティを開くほど。
「スーパーでね、何を作ろかなと、シミュレーションするんです。カゴに入れたり、戻したり。難しい顔してると思います(笑)。でも、段取りをイメージトレーニングしてから始めるので、調理は早い。『この野菜は火が通りにくいから最初に』とか、組み立てをするのが楽しいんです。
ストレス解消のために料理を作っているという意識はないんですが、『そうなってるのかな?』っていう感じです」
父の仕事の関係で、東京と大阪を行き来した少年時代。料理をする母の姿が、升の原風景だ。
「母親がきちんと料理をする人で、子供のころ、おせち料理を作るのを手伝ったり、その姿を身近で見てたんです。高校のころには、『自分の部屋にキッチンがあったらいいな』って思うようになって。
地元の近畿大学に進んだんですが、自炊をしたくて、あえてひとり暮らしをしたほどです(笑)」
自分のキッチンを手に入れたころ、升の人生も大きく動きだしていた。大学2回生のときに、「NHK大阪放送劇団付属研究所」に入所したのだ。
「高校1年のときに、野口五郎さんがデビューしたんです。彼とは同い年で、衝撃的だった。それから “新御三家” がいい感じになっていくのを見て、『自分もなぁ……』みたいな。
本当のことを言うと、アイドルになりたかったんだけど、そんなこと恥ずかしくて口に出せない(笑)。俳優を志したのは、同じ “テレビに出る仕事” だったから、というのもあるかもしれませんね」
父は、放送局の技術職。劇団四季の役者が、自宅に遊びに来るような環境だった。升にとって、俳優の世界は「近くにある世界」でもあった。

「売名行為」を結成したの30歳のころ
30歳のときに、仲間たちと演劇ユニット「売名行為」を旗揚げ。中島らも氏らが脚本を担当し、シュールな笑いで人気を呼び、最終公演は3000人もの観客が詰めかけた。
1991年には劇団「MOTHER」を立ち上げる。生瀬勝久(劇団そとばこまち)、古田新太(劇団☆新感線)らとともに、関西の演劇シーンを牽引する存在となった。
「大阪では劇団同士でコラボしたり、みんな仲がよかったんですよ。『新感線』の稽古場があった、扇町ミュージアムスクエアの近所で飲んだりね。
それが東京に来たら、みんな、よその劇団の悪口言うでしょう(笑)。演劇雑誌に取材してもらうと、僕らは嬉しくてあれこれしゃべるけど、東京の劇団の人はクールでねえ……」
1995年に上京して初めての出演ドラマ『沙粧妙子―最後の事件―』(フジテレビ系)では、浅野温子演じる刑事の元恋人で、快楽殺人者という役柄を演じた。
「大阪で20年やっていたから、初めて東京のドラマに出たときは、すごいアウェー感でした。『こいつ誰だ?』って目でずっと見られててね。
でもワンシーン撮って、OKが出た瞬間、『あっ、こいつできるんだ』みたいな、温かい空気を感じたんです。その瞬間、『劇団ではなく僕単品でも、東京でやっていける』と思いました」
すぐに仕事が増えて、東京での映像の仕事と、大阪での演劇活動との両立が難しくなっていく。
「『MOTHER』で座長を務めて11年。2002年に解散するときは、めちゃくちゃ寂しかった。でも、『いいときにやめる』という快感もあったんです。だから踏ん切れた、思い切れたんだと思います」
人気劇団の座長だった男はいま、名脇役として、ほかの役者とともに、作品を築き上げていく。NHK朝ドラ『あさが来た』(2015年)でのヒロイン(波瑠)の父親役など、当たり役にも恵まれた。
「いまは、若い方への対抗意識もない。ありのままの姿で演じています」と語る升。しかし、演技への “欲” は涸れることはない。
「最近、アメコミにハマってるんです。『アベンジャーズ』『アイアンマン』『キャプテン・アメリカ』……。NETFLIXなんかで毎晩観ていて、寝不足です(笑)。
それでヒーローものを好きだった自分を思い出して、『アメリカのスケールの大きい作品に出たい』と欲が出てきました。そう公言していれば、どこかで何かが起こるかもしれないでしょ(笑)」
酒はぬる燗。心はいまも、熱々だった。
ますたけし
1955年12月9日生まれ 東京都出身 1975年『紬の里』(NHK)で俳優デビュー。1985年に演劇ユニット「売名行為」を結成。1991年に解散、劇団「MOTHER」を立ち上げ、2002年の解散まで主宰・座長を務める。1995年に『沙粧妙子ー最後の事件ー』(フジテレビ系)で注目を集め、その後も、ドラマ『あさが来た』(NHK、2015年)、主演映画『八重子のハミング』(佐々部清監督、2017年)など、多数の作品に出演
【SHOP DATA/梅仁】
・住所/東京都江東区白河2-8-5
・営業時間/17:00〜23:00(LO22:30)
・休み/月曜(月曜が休日の場合は火曜)
(週刊FLASH 2019年12月10日号)
