なでしこ寿司

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戦後の闇市でマニアをはじめとした世界有数の電気街として発展した東京・秋葉原(千代田区)。時代は進み、AKB48発祥の地から、今やアイドルやアニメファンの聖地と言われるようになった「アキバ」のど真ん中に一見、メイドカフェのようなカラフルな看板が目を引く寿司屋がある。

ビルの2階に上がって店内に入ると、小さくてちょっとほっこりするような見た目の女子が、ちょこまか動き回っている。ここが日本で唯一、女子職人のみが寿司を握る「なでしこ寿司」だ。

日本の代表的な食文化である寿司。歴史は古く、ルーツは紀元前という説もあるが、握り寿司が広まったのは「江戸前寿司」がきっかけ。かつて魚介の宝庫だった東京湾の魚や海苔を使った握りが屋台で人気となり、全国各地へ普及。世界的なヘルシー志向や和食ブームに乗って、今や海外でも人気の料理となった。

暖簾をくぐれば「へい、いらっしゃい」と、ねじり鉢巻きの職人が迎え、おもむろに小気味よく1カン1カン握った寿司を、うんちくをこぼしつつ「ポン」とカウンターの「ガリ」の横に添える粋な風景が浮かんでくる。

こうしたこだわり職人が握る寿司とは対照的に、若い女性職人が板場で粛々と作業し、小さな手で優しく握る寿司店が「なでしこ寿司」。

店長の千津井由貴さん(33)は開店から10年目を迎え「寿司=男職人」といった固定概念を打ち破ろうと、日々板場に立ち続ける。その背景には、多くの偏見による屈辱の過去があり、想像を超える厳しい現実が立ちはだかったという。寿司職人らの苦悩とプライドに迫ってみた。

アイドル・アニメの聖地アキバで日本唯一、女子職人のみの寿司店「なでしこ寿司」店長を務める千津井由貴さん
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住み込み見習いに難あり

そもそも、女性の寿司職人の姿をまったくといっていいほど見ないのは疑問だ。

寿司店や水産関係者に聞くと、寿司職人にはまず、魚を仕入れてさばく力仕事がつきものだけに、女性は不向きとみる向きが多い。大型マグロ1本を仕入れる寿司店は少ないだろうが、カツオやブリなど、魚を1匹丸ごとさばかなければいけないことは多い。最初に力仕事が伴うだけに「男の仕事」になりやすい。

これに対し、なでしこ寿司の板場は男子禁制。千津井さんはアジ、サバなどの大衆魚はもちろん、小さな体でなんと30キロ以上のマグロをさばいたこともあり、仕込みは心配なし。ネタは定期的に築地から移転した豊洲市場へ出向いて仲卸店で品定めに行っており、魚の目利きにも自信があるという。

豊洲市場の仲卸でネタを仕入れる千津井さん
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明治20年に創業、130年余り続く東京・日本橋(中央区)の寿司店「都寿司」の4代目店主で、全国すし商生活衛生同業組合連合会の会長を務める山縣正さん(71)は、女性寿司職人がほとんどいない要因として、住み込み修行がしにくい点を指摘する。

都寿司もそうだが、街の寿司店では職人を目指す若者を住み込みで面倒をみることが多く、店によっては相部屋で寝泊まりさせることも少なくない。男女一緒にするのも難しいことから、女性を雇い入れる場合は個室がないと受け入れにくい。

そればかりか、店内での力仕事や近所への出前などを頼むにも、やはり男のほうが使いやすいのは言うまでもない。男職場だけに、女性が入れば他の職人も気をつかってしまうことにもなろう。このほか個人差もあろうが、山縣さんは女性の身だしなみとしての化粧も、寿司職人としてふさわしくないとの見方を示す。

女性は体温高く、味覚変わるの?

さらに女性が寿司職人に不向きだとされる要因について、なでしこ寿司の千津井さんや寿司店関係者は、(1)女性の体温が男性に比べて高く、ネタが傷みやすいという説(2)月経の際に女性は味覚が変わってしまうという説──の2点を挙げる。

(1)の体温については医学的根拠があるのかどうか明確でないばかりか、(2)も含めて個人差があることは間違いないため、これらは迷信と言えそうだ。そもそもおいしい寿司を握るに値する個人の経験や技量が問われるべきであり、その点で男女差は関係なさそうだ。

ただ、寿司職人に限らず仕事を続ける上で男女の違いと言えるのは、出産による影響が挙げられる。

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さすがに出産時期が迫ってくれば、大事をとって仕事を休まざるを得ず「イクメン」の助けを借りても、一定期間は職場を離れなくてはならない。店の顔とも言える寿司職人が長期間、握れないとなれば店側にとっては大きな痛手だ。

結婚・出産は未経験だが、数少ない女性寿司職人として、板場で寿司を握り続ける千津井さん。


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今後、自分のような女性寿司職人を育てようと、今春から「なでしこ寿司スクール」を開講。やがては店をフランチャイズ化し、国内だけでなく、海外でも女性が握る店を展開したいという。

これまで9年間の店長生活を振り返ると、アキバという街でしかも女子職人だけで営業する寿司店には、良くも悪くもさまざまな反応が向けられてきた。

秋葉原 Photo by iStock
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珍しいという話題性で、テレビ番組で紹介されたことも多いが、千津井さんに寿司職人としての生活を振り返ってもらうと、決して良いことばかりではなかったようだ。

まちの寿司店減少が契機に

寿司職人として働きはじめたときの心境を千津井さんは次のように記している。

「伝統的食文化であるカウンターで食べるお寿司の文化が、一部の高級寿司店にしか残らなくなっている。もっと気軽に敷居を低くして、若い方、外国人の方にもカウンターで食べるお寿司屋さんの良さを伝えていきたいと思っています。

女性ならではの気配りや心遣いなど、今までのお寿司屋さんにはない、新しいかたちのお寿司屋さんの楽しみを、多くの方に伝えることができるよう頑張ります」(なでしこ寿司HPより)。

働きはじめたころの千津井さん
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ただ、こうしたなでしこ寿司の店のコンセプトとは関係なく、まずはそれぞれ客が勝手に抱く「なでしこ寿司」像が千津井さんの前に立ちはだかるのだという。

「アキバ」だけにメイド喫茶のようなイメージを描いたり、ガールズバーのように癒しを求めたりする客が少なくないからだ。

ナンパはやめて!

実際、千津井さんは客から何度か求愛され、気まずい思いをしている。

「楽しく会話にしているうちはいいのですが、具体的にいろいろお誘いを受けたり、好意を直接伝えられたりしても、仕事優先の私にとって悩ましく感じることがありました」と打ち明ける。客からの数回の告白にどう対応したかは、今の働きぶりを見れば、聞くまでもない。

なでしこ寿司には千津井さん以外にも女子職人が数人いて、彼女らを目当てに訪れる客も少なくないという。個人的な興味から、中には会計時にレジに立つ彼女らにLINEのIDを聞いたり、QRコードや「ふるふる」でつながろうとしたりする「ナンパ目的」の客がいるのだとか。

LINEの「ふるふる」機能
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さらに、彼女らに熱い恋心を抱き、プレゼント攻撃を仕掛ける客も。「寿司ではなくて、好きな女性にばかりお金を使ってもらっても店としては歓迎できない」(千津井さん)というわけだ。

逆に、カウンター越しに立つ女性職人が気に入らない時には、露骨に拒否反応を示す客もいるという。自分の好みで「かわいくないから」といった暴言により、接客する女性を別の人に代えるよう要求するケースもあるのだとか。女性職人のみで寿司を提供するなでしこ寿司ならではの「調理前から高いややこしいハードルがある」と千津井さんは話す。

客は千津井さんたちの着衣にも、大きな反応を示すという。女性職人は調理用の白衣でなく、カラフルな着物を身にまとっているため、「白衣じゃないの」「メイドみたいでやだな」と、言われることもあるそうだ。

女性が握るというだけでなく、アキバの街のど真ん中に店を構え、カラフルな看板や明るい内装も手伝って、商店街の一般的な寿司店とはかなり異なるなでしこ寿司。さまざまな反応があるのは仕方ないのかもしれない。

もちろん店の雰囲気や、千津井さんたちとのやり取りや寿司そのものを食べ、楽しんで店を後にする客も多く、リピーターも少なくない。大人気とは言えないまでも、話題性だけでなく、寿司店として10年目の実績を積み上げてきたのだから立派だ。

何が気に入らないの? 土下座で事態収拾

その中で、営業中に千津井さんが最も屈辱を受けたのは、あるサラリーマン数人のグループからの叱責だったと打ち明ける。

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年代差がある数人の男性客を来店と同時に、カウンターへ案内し、寿司を振る舞っている最中に、若手の男性が何やら複雑な表情を浮かべつつ、食事後、会計時に怒りをあらわにしたという。

原因は先輩(上司)に勧めた席の位置が、若手から見て気に入らなかったようで、どこに座らせるべきかという訴えではなく、上司の席の位置をきっかけに、酔いも手伝って若手サラリーマンの怒りはエスカレートし、千津井さんはカウンターの外へ出て、その若手会社員らに土下座するハメに。「とにかく尋常ではなく怒っていたので、そうせざるを得なかった」(千津井さん)と話す。

さすがにそんな目に遭えば、落ち込むだけでなく、自分の非を正すべく反省するところだが、なでしこ寿司店内の長いカウンター席は、どこが上司の席としてふさわしい「上座」なのか、はっきりしない。空席で上司に座らせたい場所があれば、そこを要求すればよさそうだが、とにかく「上司の席」に端を発した怒りは収まらず、大変な状況だったようだ。

「寿司職人をなめているのか」「冷やかしで寿司店をやっているのか」──。こんな罵声も浴びせられることがあり、さまざまなアクデントに見舞われながら、女性寿司職人として10年目を迎えた千津井さん。決して中途半端な気持ちで仕事に取り組んでいるわけではないというのは察することができる。ほんわかした見た目の雰囲気とは違って、かなり芯が強い女性だ。

寿司店に求めるものとは

そもそも「なぜ女性だけで寿司を握るのか」。これに対し、千津井さんは次のように語っている。

「なぜ女の子なのか、というご質問をよくいただきますが、カウンター内でお寿司を握り、お客様と談笑しながら接客をするサービスは、女性の方が向いているのではないかと思います。

独身者が多く1人無言で食事をすることの多い現代日本。みんなで会話を楽しみながら食事をして、お客様同志を国籍関係なくつなぎ、仲良くなれるフレンドリーな環境を提供していきます」

ノーベル平和賞受賞者で女性人権活動家のマララ・ユスフザイさんが今年3月初来日した際、安倍晋三首相と首相官邸で会談した後、なでしこ寿司に立ち寄ったのだという。

マララ・ユスフザイ Photo by Getty Images
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マララさんは千津井さんからすし作りの手ほどきを受けた後、「女性もお寿司屋さんが務まるのですね。これからもぜひがんばってください」とエールを送られ、勇気付けられたのだという。

ただこの際、千津井さんとしては反省すべき出来事があった。

マララさんと意見交換している最中、千津井さんの着物の袖がまな板に付いてしまって、「衛生上よろしくない」と厳しく指摘されたのだとか。

寿司職人、いや料理人としての資質を問われかねない状況を猛省し、その後は「きちんと袖をクリップで止め、絶対にまな板につかないようにしています」と千津井さんは話す。

今秋には、外国人らの男性グループもなでしこ寿司を訪れた。客としてではなく、彼らはかねてから千津井さんに握りの技を伝授してほしいと、「修行」を申し入れていたのだ。

彼らはモデルや俳優業のかたわら、日本の食文化などを「汗」をかいて体験し、インバウンドらに伝えるというコンセプトで昨年夏に結成された「アセバウンド」という5人組。これまで漁業体験をはじめ、水産業や魚食に触れながら、SNSなどで広く情報発信してきた。

千津井さんと「アセバウンド」のメンバー
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なでしこ寿司にやってきたメンバーは、リーダーのマーティンさん(24)など3人。千津井さんの手ほどきを受けながら手洗い後、手酢を付け、適量のシャリ(酢飯)を片手に取り、もう一方の手、数本の指を使ってシャリを優しく包み込みながら、形を整える。

文字で説明しきれない微妙な力加減を教わりつつ、握りながらもマーティンさんの手のひらには、余分な場所にシャリがついたり、最初はいびつな形になったりして本人も渋い表情。親指に着けた涙(わさび)をシャリに乗せ、最後は切り分けられたネタを被せて全体を微調整。いっちょ上がりだ。

この工程を数種のネタでこなすうち、次第にこつをつかめたのか、メンバーらの表情にも笑顔が浮かぶように。手巻き寿司も教わり、短時間だが一通りの握り修業は終了。

マーティンさんは「握りは難しかったが、だんだんうまく握れるようになり大満足。もっと練習して家族や友達に食べさせてあげたい」と満足げな様子だった。


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彼らに優しく指導した千津井さんは「実は男性に握りを教えたのは初めて。もしかすると、女性職人が男性に教えるのは日本初・世界初かも」と笑顔で語っていた。それと同時に「私は女性寿司職人がいないから少しでも増やそうとしているが、もともと性別は関係なく、いろんな人が握れるようになればうれしいんです」と話した。

寿司店に何を求めるか──。もちろん、それぞれの自由であり、静かにいぶし銀の男性板前さんに握ってもらった1カンを、ちょいと醤油皿に触れさせてから、口に運ぶ粋な空間を楽しむのもアリだ。その時には、決して女性の接客を好まないだろう。

一方、千津井さんが言う「談笑」「接客」に向いた女性職人が寿司を握り、会話を楽しみながら寿司を頬張るというのも、新しい寿司の食べ方であり、唯一無二の女性職人専門店として、なでしこ寿司がアキバをはじめ各地で人気を博してほしいと思う客も、決して少なくないのではないか。

なでしこ寿司(千代田区外神田3-12-15 チチブ電機ビル2F)
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