社員による「不祥事」が起きた時、企業はどう処分を下すのか。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「企業は関係者から綿密にヒアリングして情報を集めます。そのうえで本人に尋問する。雰囲気は重苦しく、途中で泣き出す人もいる」という――。
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■「社員の不祥事」で会社が静かに下す処分のプロセス

企業の不祥事は今や日常茶飯事である。

最近では、背任容疑で逮捕された日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告をはじめ、銀行の不正融資や住宅メーカーの違法建築問題などが話題になった。また、社員が性的暴行事件や児童買春事件などの刑事事件で逮捕され、メディアに報じられることもある。

報道されるのは犯人・容疑者が大企業や知名度の高い企業の社員のケースがほとんどだ。「どうしてあんな大きな会社の社員が……」と、世間の耳目を集めやすいからだろう。

じつはメディアで取り上げられず、表に出ることがない社員の犯罪も多く発生している。

企業側はそうした犯罪や不祥事が事業活動に支障を与えることのないよう、また企業に損害を与えることのないように「規定」を設けている。未然防止の方法や事後の処罰に関するルールだ。

セクハラ、パワハラ、サービス残業強制……

どんな犯罪にどんな罰則を下すのか。それを定めたのが企業の法律である「就業規則」だ。罰則には一番重いものから懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、降格、減給、譴責(けんせき)などがある。

懲戒解雇は刑法その他の刑罰規定の行為に該当する行為をし、その犯罪事実が明白なときに適用される。新聞に児童買春で社員が逮捕された記事が載ることがあるが、会社のコメントとして「厳正な処分を下します」という言葉が出てくる。厳正な処分とは「懲戒解雇」を意味することが多い。

では、実際にどのような犯罪・不祥事が社内で起きているのか。大手食品メーカーの法務担当役員はこう語る。

「会社の金を着服したり、取引先からお金などの便宜供与を受けたりする不正はたまにありますが、最も多いのはハラスメント系と労務管理系のトラブルです。ハラスメント系で最も多いのはパワハラ、続いてセクハラ。労務管理系では『サービス残業を強制された』という告発もあれば『不当な人事異動をさせられた』という告発もあります。最近多いのは取引先とのトラブルです。取引先の情報をネットで流したとか、酒席で暴行したという案件もありました」

■証拠を提示すると「しどろもどろになります」

こうした犯罪・不祥事に関わる情報は社内通報窓口などのホットラインや内部監査、外部の第三者の通報によって知ることになる。

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例えば、労務関連の通報が入ると人事部が事案の信憑性や調査すべきかどうかを判断し、社内の委員会に報告する。会社によって「人事委員会」「企業倫理委員会」「懲罰委員会」と呼ぶところもある。

では事実関係を確認するための調査はどのように行われるのか。前出の食品メーカーの法務担当役員はこう語る。

「当社では、パワハラの通報がくると倫理委員会で取り上げて調査することになります。その際、いきなり加害者に接触するのではなく、まずは被害者本人と面談して状況を確認します。次に、それを裏付ける周囲の信頼できる人間に話を聞いて、かなり信憑性があり明らかにパワハラだという場合は、情報を収集・精査したうえで、加害者に聞きます」

「ほとんどの加害者は否定します。『僕はそんなことは言っていません、ハラスメントの指導する立場ですから』と。その場合、具体的な事実関係の証拠を提示していきます。そうすると相手もしどろもどろになり半ば認める発言を始めます。そして被害者、加害者、周囲の発言などを含めた報告書を倫理委員会に提出した後、加害者が委員会に呼ばれて再び尋問されることになります」

■過去の処分例を参考にしながら罰則が下す

倫理委員会で一つひとつ事実関係について聞かれ、明らかに事実と判断した場合は過去の処分例を参考にしながら罰則が下される。

この法務担当役員は「パワハラで懲戒解雇ということはありませんが、継続的に暴言を吐き、周囲もその人の言動に対して嫌な思いをしている人もいるなど、被害者だけではなく周りにも悪影響を与えている場合は、出勤停止や減給もありますし、降格して異動させるケースもあります」と語る。

■尋問中は体を震わせ途中で泣き出す社員もいる

一方、大手医療機器メーカーでは調査の方法が2つあるという。

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1つめの方法は、パワハラなどの場合。人事部が被害者と加害者、そして加害者の上司など4〜5人の社員にヒアリングする方法。前出の食品メーカーと同じやり方だ。

もう1つの方法は、“被疑者”が部長職など上級幹部やグループ企業の役員の場合。このケースでは監査部が調査に乗り出す。調査結果は社長が指名した役員による「懲罰委員会」に報告され、処罰の判断が下される。

同社の人事担当役員は委員会の様子についてこう語る。

「加害者本人から弁明を聞く機会を設けていますが、実際には被告人扱いです。居並ぶ役員の前で本人が社員番号と氏名を述べた後に、議長が事実関係について尋問します。最終的に事実認定をして処分を下します。重苦しい雰囲気の中で、途中で泣き出してしまう社員もいます。最初から恐れおののいて体を震わせている社員もいます。パワハラやセクハラの場合、初犯なら情状酌量の余地があり、罰則としては譴責程度の処分となりますが、弁明中に『二度とやりません』と泣きながら訴える社員もいます」

■パワハラ役員が懲罰委員会で完全に凍り付いた

場所は違うが、裁判所と同じ光景である。

同社では最近、出世し、本社からグループ会社の役員として赴任したものの、パワハラを繰り返したことで処分されたケースもあったという。

「この役員は部門の管理職に対してことあるごとに暴言を吐き続け、周囲の社員にも多大な迷惑をかけていました。ひとりの社員から通報を受けて監査部が調査に入りましたが、役員本人は、最初は頑として事実を認めません。しかし、社員にヒアリングしていくと、パワハラ被害を受けた社員が多数に上ることがわかりました。証言者の多さからしても、役員の『暴言を吐いていない』という発言が真実ではないことは明白でした。最終的に監査部の要請で懲罰委員会が開かれましたが、委員には加害者の上司もおり、役員は最初から完全に凍り付いていました」(人事担当役員)

結局、この役員は降格された上、出勤停止を命じられた。もちろん、今後の出世の芽も絶たれたといってよい。

■大目に見るのは昔の話、近年では厳罰化の傾向

多くの企業では今もセクハラやパワハラが後を絶たない。昔は大目に見られていた時期もあったが、近年では厳罰化の傾向にある。

5月下旬、国会では「パワハラ防止法」が成立した(大企業には2020年4月から、中小企業は22年4月から適用される予定)。前出の食品メーカーの法務担当役員は、今後もさらに厳しく処分するようになるだろうと指摘する。

「昔は体育会系の風土ではないが、怒った上司が部下に手を上げることもあれば、女性社員にコミュニケーションの一つとして体にタッチすることも珍しくありませんでした。しかし、今では到底許されません。パラハラやセクハラの言動はすぐに外部に発信されて、会社の名誉を著しく傷つけてしまいます。昔なら同じ行為でも譴責程度の処分ですみましたが、今は事実が認定されれば降格のうえ、即異動、出勤停止になるなど1〜2ランク重い処分が下される傾向にあります」

今国会で成立したパワハラ防止法には、行為者の具体的処分は規定されていない。だが、企業はすでに先取りして重い処分を下し始めている。心当たりのある人はくれぐれも用心してほしい。

(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)