音を上げたりしない? 企業が新入社員研修に自衛隊「体験入隊」を取り入れる理由

入社式を無事終え、新入社員は研修の真っ最中かもしれません。この新入社員研修では、自衛隊への体験入隊をプログラムに取り入れる企業が毎年一定数あります。今どきの新入社員は厳しいことを避けたがるイメージがあり、自衛隊への体験入隊は逆効果のような気もします。企業が、新入社員研修で体験入隊を理由とはどのようなものでしょうか。その内容とともに取材しました。
5年前から600件も増加
まず、防衛省の広報担当者に、体験入隊でどのようなことをするのか聞きました。
Q.自衛隊は、なぜ体験入隊を受け入れているのですか。
担当者「防衛省では、体験入隊のことを『隊内生活体験』と呼んでいます。自衛隊のありのままの姿や現場の自衛官の素顔にじかに接してもらうことで、自衛隊へ関心を持ってもらうとともに、防衛政策や自衛隊について正しい知識を身に付け、理解を深めてもらうためです。始まった時期は定かではありませんが、確認できる中では、1961年度に行われたという記録があります」
Q.研修目的で行う企業は、どのくらいあるのでしょうか。
担当者「研修目的の件数や参加者数は分かりませんが、2017年度の隊内生活体験の総件数は約1900件、総参加者数は約2万4000人で、総件数は5年前に比べて約600件増えました」
Q.最も多い時期は。
担当者「2017年度の実績では、4〜6月が最も多かったです」
Q.陸上、海上、航空のそれぞれの自衛隊で受け入れるのですか。体験内容は。
担当者「陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊のそれぞれで実施しています。一般的な体験内容は、まずは『基本教練』と呼ばれる、個人や集団の行動に関する基本動作を行います。これは、気をつけ、休め、右(左)向け右(左)、回れ右、敬礼や、集団での行進などです。腕立て伏せや腹筋、懸垂、持久走といった体育のほか、防衛問題に関する説明、自衛隊の現況説明、隊内見学および装備品などの見学、隊員との懇談も行います」
Q.企業の要望を取り入れて訓練内容を決めるのですか。日程は。
担当者「細部については、依頼する企業と受け入れ部隊との調整で決定します。日程は、一般的には2〜3日程度となっています」
Q.体力的、精神的に厳しそうなイメージがあるのですが、ついてこられない人がいた場合、どう対応するのでしょうか。
担当者「訓練内容は、依頼者と受け入れ部隊との調整で、参加者にとって無理のない範囲で決定し、参加してもらっています」
音を上げさせることも目的?
次に、企業が体験入隊を取り入れる背景について、企業研修に詳しいキャリアコンサルタントの小野勝弘さんに聞きました。
Q.なぜ、新入社員研修で自衛隊への体験入隊を行う企業があるのでしょうか。
小野さん「社会人になる第一歩として、団体意識を持つことを徹底することが、一つの大きな目的だと考えます。団体意識とは、上下関係の徹底や相手への配慮、社会人としての生活習慣などを指します。そのような団体意識の向上を、自衛隊体験入隊の中で徹底するために導入しているように思います。
企業を“軍隊化”したくて導入しているわけではありません。もしかしたら『イエスマンを育てたい』という企業ニーズも一部にあるかもしれませんが、ほとんどの企業は、体験入隊の中で何を体験し、そのとき、どう考える自分がいるのかを参加者一人一人が見つめ直すことで、これからの社会人生活へのエールとしたいと考えています」
Q.最近の新入社員は、厳しいことを嫌う傾向があると思います。ハードな自衛隊の体験入隊は逆効果では。
小野さん「最近の新入社員が厳しいことを嫌う傾向があり、体験入隊をさせることが逆効果であるという見方も、ある面では正しいと思います。ただ企業は、そうしたリスクも当然、検討した上で体験入隊させていることがほとんどではないでしょうか」
Q.体験入隊で音を上げる新入社員もいるのでは。
小野さん「もしかしたら、企業は、音を上げることを一つの目的にしているのかもしれません。現実の仕事においても、できないことを引き受けてしまってつぶれてしまったり、できることでも量が増えすぎて手に負えなかったり、理不尽な要求につぶれそうになったりして、音を上げることがあるかもしれません。それを体験学習させるために、あえて体験入隊を行うという可能性もあるのではないでしょうか」
Q.実際に体験入隊を取り入れた企業は、どのような効果があったのでしょうか。
小野さん「私がキャリアコンサルタントとして企業の担当者から聞いた話から考えると、2つの効果があったと思います。
1つ目は、団体行動を徹底させる効果です。学生時代は、個人が自由に自分の時間を使えましたが、社会人になると、時間を共有することが増えてきます。遅刻者が出ると全員が叱責されるような研修で、時間意識を徹底させることが『自分の時間はみんなのために』といった学びにつながると考えられます。
2つ目は、研修に参加した人の連帯感が高まり、離職が減るという効果です。厳しいといわれる研修を合宿形式で共有させることで、一人一人の間につながりが生まれたのではないかという話を聞いたことがあります」
Q.自衛隊研修は、これからも増えそうですか。減りそうですか。
小野さん「どちらの可能性もありますが、なくなることはないと思います。なぜなら、自衛隊研修は手段の一つに過ぎないからです。増えるということは、現場の成果に大きく寄与することにつながっているということに他なりません。逆に、きついだけで成果が出ない場合はもちろん減っていくのではないでしょうか。ただ、現在も企業に選ばれ、続いていることを考えると、体験入隊がとても厳しいものだとしてもなくなることはないと思います」