アマゾンはなぜ世界最先端の企業になれたのか。立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏は「アマゾンには進化のカギが3つある。そのうち最も重要なのは『地球上で最も顧客第一主義の会社』というビジョンとカスタマーエクスペリエンスへのこだわりだ」と分析する――。

※本稿は、田中道昭『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。

■ベゾスとアマゾン「3つの進化のカギ」

私は大学教授として経営コンサルタントとして、その時々の世界最先端企業をウォッチし徹底的に分析しています。なかでもアマゾンについては、長年にわたって、CEOであるジェフ・ベゾスの動画や発言をフォローし、同社サイトでプレスリリースのチェックも欠かしません。このように丁寧に情報を追い続けているからこそ見える、ベゾスとアマゾンの「進化のカギ」を3点、指摘していきます。

1つ目は「地球上で最も顧客第一主義の会社」というアマゾンのミッション・ビジョンと、それと表裏の関係にある同社のカスタマーエクスペリエンスへのこだわり。2つ目は、高度化する消費者ニーズへの徹底的な対応。3つ目は、「大胆なビジョン×高速PDCA」という考え方です。以下、順に説明します。

カギ1「顧客第一主義」――顧客の経験価値が上がるサイクルがある

「地球上で最も顧客第一主義の会社」というアマゾンのミッション・ビジョンについて理解するには、ベゾスがアマゾンを創業するときに紙ナプキンに描いたビジネスモデルの図を見てみる必要があります。図表1をご覧ください。

ベゾスが描いたビジネスモデル(図表=『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』より)

この図表では、「セレクション(品揃え)」を増やして顧客の選択肢が増えれば顧客満足度が上がり、「カスタマーエクスペリエンス(顧客の経験価値)」が高まること、そして顧客の経験価値が高まると「トラフィック」が増え、アマゾンのサイトに人が集まること、すると「セラー(販売者)」がアマゾンのサイトでモノを売りたいと考えて集まってくること、それによって「品揃え」が増えて「顧客の経験価値」が上がるというサイクルが描かれています。

しかしこのサイクルだけでは「グロース(事業成長)」は成り立ちません。ここに「ローコストストラクチャー(低コスト体質)」と、「ロープライス(低価格)」が必要だというのがベゾスの考えです。「顧客の経験価値」の1つ手前に、「低価格」と「品揃え」が置かれているところに、「顧客は第一に低価格と品揃えを求める」というベゾスの認識が示されています。そして「低価格」の1つ前に「低コスト体質」が置かれているのは、低コスト体質を構築することによって低価格な商品を継続的に提供できるからです。この図は非常に完成度が高く、またアマゾンが目指す世界をよく示していると感じます。

カギ2「高度化する消費者ニーズへの徹底的な対応」――先行してサービスを進化させる

ベゾスは長年にわたり、消費者には3つの重要なニーズがあると言い続けています。それは「低価格」「豊富な品揃え」「迅速な配達」です。そしてベゾスは「消費者が昔も今も将来も、これらのニーズを求めることは変わらない」とも述べています。

見逃せないのは、これら3つのニーズが時代と共に先鋭化してきているということです。消費者は、どんなにアマゾンがサービスを充実させても「もう十分に安くなった」「これ以上の品揃えは要らない」「商品の配達は今のままでいい」と満足することはありません。人は、利便性が高まれば高まるほど、それまで感じていなかったはずの不便を感じ取るようになるからです。

たとえば、スマホで何でも手元で調べられるようになった今、少しでも通信が遅ければ人はストレスを感じます。あるいは電子マネーを使って一瞬で支払いが完結するようになったことにより、レジに並んでいて前の人が現金で払っているのを見ると、小銭を数えるのに少々時間がかかっている程度のことでイライラする人もいるはずです。

つまりアマゾンがどれだけ「低価格」「豊富な品揃え」「迅速な配達」について改善しても、消費者はニーズをさらに先鋭化させて「もっと低価格に」「もっと豊富な品揃えを」「もっと迅速な配達を」と望み続けるわけです。アマゾンはそれがわかっているからこそ、これまで消費者ニーズの先鋭化に先行して商品やサービスを進化させてきたのでしょう。そしてこれからも、その目指すところは変わらないはずです。

カギ3「大胆なビジョン×高速PDCA」――速く失敗して速く改善する経営

アマゾンの進化のカギとして最後にご紹介したいのが「大胆なビジョン×高速PDCA」です。ビジネスにおいて重要なのは、最初に「大胆なビジョンを立てる」ことです。そしてビジョンを打ち立てたならば、次に問題になるのは「それをどう実現するか」です。アマゾンでは、その実現方法として「高速なPDCA」が徹底されています。つまり、大胆なビジョンから逆算して「今日は何をすべきなのか」を明確にし、高速のPDCA(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)サイクルを回して効率を高めながらビジョンに向かって邁進していくのです。

もともとウェブの世界では「何人の客がサイトを訪れたのか」「そのうち何人がボタンをクリックしたか」「そのうち何人が購入したのか」といったユーザーの行動を分析し、サイトのデザインや商品の配置を変えるといった「PDCAの高速回転」が根づいています。アマゾンでは、大胆なビジョンを「今日、何をするか」までブレイクダウンした上でこの高速PDCAを回すという「合わせ技」を使い、速く失敗して速く改善する経営、それによってイノベーションを何度も起こし急成長する経営を実現しているのです。

■アマゾンで多用する「スケーラビリティ」

図表2は「大胆なビジョン×高速PDCA」によるアマゾンの成長イメージです。

「大胆なビジョン×高速のPDCAへのこだわり」(図表=『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』より)

カギになるのは、ベゾスが口癖のように言っているという「スケーラビリティ」という言葉です。アマゾンでは、事業プランをチェックするときはもちろん、社員のミーティングでもスケーラビリティという言葉が多用されると聞きます。

スケーラビリティとは「拡張性」のことです。目先の利益は大きくても成長の余地が限られ、すぐ天井にぶつかってしまうような事業はスケーラビリティがないといえます。

逆に、スタート時はごく小さな事業であっても、ひとたび軌道に乗ればエキスポネンシャル(指数関数的)に急成長する事業はスケーラビリティがあるということです。

アマゾンはすでに世界でも指折りの大企業に成長を遂げていますが、その中身はいまだにスタートアップ企業的です。新しい事業は、大胆なビジョンを立て、スケーラビリティを重視して決定します。そしてリーンスタートアップ(無駄のない起業)、つまり小さく効率よくスピーディに始めます。その上で高速PDCAを回しながら事業を改善していくわけです。デジタル化された事業は、潜行段階を経ると指数関数的に爆発的な拡大を見せうるという特徴があります。紙の本に対するキンドル・ブックスの成長速度のグラフは好例といえるでしょう。

2011年9月28日、ニューヨークでのキンドルの新製品発表におけるベゾス。キンドル・ブックスの売り上げ(右側のほぼ一直線のグラフ)が爆発的に拡大する様子が見て取れる(写真=AFP/時事通信フォト)

■「創業日」「初日」を意味する「Day1」

アマゾンがスタートアップ企業的であるということを強く示すのは、これもベゾスが繰り返し口にしている「Day1」という言葉です。

田中 道昭『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)

「Day1」とは「創業日」や「初日」という意味で、ベゾスのオフィスがある建物はすべて「Day1」という名前がつけられているほか、アマゾンの公式ブログのメインタイトルも「The Amazon Blog: Day One」となっています。ベゾスがどれほど「Day1」にこだわりを持っているのかがうかがえます。

ベゾスは「Day1」という言葉と並べて「Day2」という言葉もよく使います。「Day2」とは、日本語でいえば「大企業病」という意味です。2017年のアマゾンのアニュアルレポートには、「Day2」からアマゾンを守る4つの法則として「本物の顧客志向」「『手続き化』への抵抗」「最新トレンドへの迅速な対応」「高速の意思決定システム」が挙げられています。

ベゾスがこれほどまでに「今日がアマゾンにとって創業日だ」と言い続け、大企業病から逃れようとしているのは、スタートアップ企業的なDNAが消えてしまえば破壊的イノベーションを継続し続けることはできないという強い危機感があるからでしょう。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 写真=AFP/時事通信フォト)