声優として、『この世界の片隅に』『機動戦士ガンダム・鉄血のオルフェンズ』など、さまざまなアニメや洋画で活躍している細谷佳正さん。普段、ビジネスパーソンにとってはあまり馴染みのない「声優」という職業。自分とは違うキャラクターを「声」だけで演じるというのは、“好きを仕事にする”という昨今のビジネスパーソンの憧れを具現化した仕事のように思えます。しかし、細谷さんには病気で商売道具である大切な「声」を失ってしまった過去がありました。代替不可能なたったひとつの武器を失ったとき、彼が気付いた大切なこととは…?細谷さんの経歴を含め、当時のことを振り返っていただきました。〈聞き手:いしかわゆき(新R25編集部)〉

細谷佳正さんのプロフィール・経歴



本名:細谷 佳正(ほそや よしまさ)生年月日:1982年2月10日年齢:36歳(2019年1月時点)出身地:広島県尾道市血液型:B型職業:声優・ナレーター代表作:『機動戦士ガンダム・鉄血のオルフェンズ(オルガ・イツカ)』(2015年)『この世界の片隅に(北条周作)』(2016年)『メガロボクス(ジョー/ジャンク・ドック)』(2018年)経歴:1997年 高校時代、演劇と出会い『機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-』にて山寺宏一演じる北辰がワープをするシーンを観て、「自分もワープをしたい」と声優を志す2002年 東京アナウンス学院卒業、マウスプロモーション附属俳優養成所に入所2007年 OVA『テニスの王子様 Original Video Animation 全国大会篇Semifinal』にて白石蔵ノ介を演じて大ブレイク2010年 キャラクターソングアルバムを2ヶ月連続でリリースし、『POISON』でオリコン初登場6位を記録。同年夏、『テニスの王子様 白石蔵ノ介 Special Live Tour 2010』では4公演で9000人を動員した。2014年 第8回声優アワード助演男優賞受賞2016年 第10回声優アワード助演男優賞受賞2017年 喉の治療のため、休業を発表

「声優」は誰でもできる。でも、“普通じゃない何か”がいる仕事

いしかわ:
…新R25はエンタメメディアではないですが、インタビューを受けてくださりありがとうございます!

細谷さん:
「人気声優」で検索かけても僕の名前は出てこないんですよ(笑)。

それなのに一般のライターの方が自分に興味を持って下さったことが嬉しかったし、面白そうだなと思って。こちらこそありがとうございます。

いしかわ:
まず、「声優」という職業について触れたいのですが、細谷さんは「声優」という職業についてどう思っているですか?

細谷さん:
これは僕の個人的な意見ですけど、声優というのは「一生主観的になれない職業」だと思っています。自分が声を担当したキャラクターが「今すごく人気なんですよ」なんて言われても、なんとなく僕は一歩引いてしまうというか。

たとえば、そのキャラクターの「キャラクターソング」のセールスが上がっても、「作品」と「キャラクター」というフィルターがかかっているから売れるわけであって、自分の功績ではないわけでしょ?

いしかわ:
何をやっても、どこか自分の功績じゃないような気になるってなんだか複雑…

細谷さん:
これも、「僕はそう思う」っていう話ですけど、声優って誰でもできる職業だと思うんですよ。


そんなことはないと思いますが

細谷さん:
声優って「ただしゃべっているだけ」の仕事に見えませんか?

身を晒してるわけじゃないし、自分の身体が芝居をする代わりに、画面の中にキャラクターや俳優が芝居をしてくれる。そのなかで僕らが貢献しているのは「声」だけなんです。

いしかわ:
まぁたしかに、アニメを観ているときは声優の姿は見えませんからね…

細谷さん:
何なら、滑舌が悪くても、声がカスカスでもやれます。ただ、作品としてできあがったときに、見てる人を安心させるようなクオリティにするには、ちょっと大変だったりします。

苦労をわかってほしいとは死んでも思わないですけど、ている人が普通に何も気にせず観られるようにするためには、普通じゃない何かがいるんですよ。それは、うまく言語化できないけれど(笑)。

いしかわ:
プロフェッショナルの言葉だ…。やっぱり誰にでもできる職業ではないと思いますよ…

声優になりたいと思ったきっかけは「ワープ」したかったから!?

いしかわ:
そもそも、細谷さんはどうして声優という職業を志したんですか?

細谷さん:
大きなきっかけは高校生のときですね。もともと僕は声が大きい方ではあったんですけど、世界史の先生に、「君はハキハキしゃべるから、文化祭の芝居を一緒にやらないか?」と言われて、たしか『ライアーライアー』って言う法廷劇みたいなものを文化祭でやりまして。

それがすごく楽しくて、そのあと先生が立ち上げた演劇同好会に入り、どんどん演劇にのめり込んでいったんですね。

いしかわ:
世界史の先生が細谷さんを発掘したんですねぇ…

細谷さん:
発掘って言うと僕がすごい才能溢れる感じの人みたいですけど、ただ声が大きかったからだと思いますよ(笑)。それで3年間舞台をやって、卒業時も舞台が楽しかったから、ずっと舞台をやりたいなぁ、と思っていました。

だから、その世界史の先生みたいに、大学に行って、教員になって、学生劇団を立ち上げれば一生演劇が続けられるな…と考えていたんですけど、受けた大学には全て落ちてしまったんですね(笑)。


完全に道を閉ざされた細谷少年

いしかわ:
…演劇をやりすぎましたね。

細谷さん:
そうですね(笑)。

そのときに、先生の知り合いが「大きな企業に就職が決まったのに、それを蹴って、東京で芝居をやっている」という話をたまたま聞いて、「あっ、そういうのもアリなんだ!」と思ってそのまま上京しました。

いしかわ:
決断が早すぎる!! あれ、でも舞台俳優じゃなくて声優を目指したんですね。

細谷さん:
そうなんです。そのとき、同じくらいのタイミングでたまたま『機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-』という映画の、山寺宏一さんが演じる“北辰”がワープをするシーンを観たんです。それにものすごく感動しまして。

舞台ではこういうワープはできないし、多分ドライアイスとか照明で…程度だろうなと。でもアニメだったらド派手にワープできるだろうなと思って。

いしかわ:
ワープがしたくて声優を志す。なんだか夢があるなぁ…!

細谷さん:
あとは、高校生のときから、青くさい話ですけど、自然でリアリティのある芝居をやりたかったんですよ。舞台は客席にセリフを届けないといけないから、「小さいつぶやきみたいなセリフは聞こえないだろうな」と思って。でも、「声優ならマイクがあるからそういう表現もできるだろうな」と思っていました。

あと何となく、舞台じゃ食べていけないだろうなとも思ってましたね。

いしかわ:
高校生にして達観していますね…

好きな芝居ができているから、何も辛くはなかった。けれど…

上京し、東京アナウンス学院で声優になるべくレッスンに励んだ細谷さん。しかし、なかなか芽が出ずに日々の生活は苦しく、水道やガスを止められてしまいます…。

いしかわ:
水道やガスを止められた…とのことですが、そんな状況でどうやって生きていけばいいんですか…。辛くはありませんでしたか?

細谷さん:
辛いとは思いませんでしたね。お風呂を借りたり、スタジオに行くまでの交通費を借りたり、友だちにすごく助けられていました。

なのに変な話、のときは「売れたい」って気持ちはなかったんですよ。


そんな声優、います!?

細谷さん:
ずっと芝居ができたら、それで良いと思ってたんですよ。きれいごとじゃなく、本当に。

ただ、事務所に所属が決まったときの話なんですけど、当時の社長に「あなたを指名したマネージャーは誰もいなかったわ。頑張りなさい」 と笑顔で言われました。

いしかわ:
…随分とストレートに言われるんですね。

細谷さん:
だから、最初から自分に仕事があるとは思わないじゃないですか?(笑)

でもそこは、またバカなんですけど、仕事がしたいわけじゃなくて、芝居がうまくなりたかったんで、とりあえず所属すれば教育や稽古は受けられるから、それを頑張ろうと思ってました。

いしかわ:
そこからはやはり辛い時期が続いたんですか?

細谷さん:
それがまったく辛くなかったんですよね(笑)。好きなことなので。下積み時代も、「売れてなくて辛い」とかは思わなかったです。

先ほどの社長からもらった言葉があったので、「仕事はなくて当たり前か」くらいに思っていたと思います。それでも楽しかったから、バカだったんでしょうね(笑)。

大事な声が出なくなって気付いた「自分軸」で生きること

下積み時代を経て、さまざまな作品に出演し、忙しい日々を送っていた細谷さんでしたが、2017年、喉を壊したことで休業を決意することに。大事な商売道具を失った彼のなかには、大きな葛藤がありました。



いしかわ:
「声優」が「喉」を壊す、というのは「ビジネスマン」が「脳」を失う、のような感覚に近いというか、もはや絶望的だと思うのですが…壊してしまった時はどういった心境だったのでしょう?

細谷さん:
人生で初めて後悔をしました。

僕がいわゆる声優として売れた」と言えるようになったのは、フリーになってからだったんですけど、フリーって守ってくれる会社がないから、自分で自分を守らなきゃいけないじゃないですか。

それは「失敗してはいけない」とか「ダメだったら次はない」みたいに強く思い込むにはちょうどいい環境だったというか…

いしかわ:
後ろ盾がない状態というか…

細谷さん:
とにかく与えられた仕事は全て引き受けなければいけない、選ぶことは許されないんだなと、義務みたいに感じるようになっていったんですね。そこに自分の感情や意思はなかったです。

自分は何が好きで、何が嫌いかを考えることは僕には許されなかったし、その答えすらわかってなかった。

与えられる仕事に対して「NO」と言うことは、悪いことだと思い込んでいたと思います。

いしかわ:
なるほど、どうしてそんなふうに思い込んでしまっていたんですかね?

細谷さん:
僕、小さい頃のトラウマみたいなのがあって…(笑)。

友だちと遊ぶのが楽しくて、夢中になっていたら、帰りが遅いと怒った父親が自分を叱りつけて家に連れて帰るんですよ。それが子供心に強烈に残ってて、大人になっても「楽しんでいたら、手痛いしっぺ返しを喰らうもの」と思うようになっていたんですね。

だから、芝居やアフレコや、仕事が楽しいと感じなくなっていました。楽しいと感じたら、それは危険だから。



いしかわ:
楽しんでやっていると、トラウマが蘇ってしまうんですね。

細谷さん:
そうやって、他人の顔色や機嫌を推し量った気になって、その他人の機嫌を損ねないようにと行動を選択した結果、「自分の人生楽しかった」と思えないうちに、「職業人として自分は今、終わろうとしているな」と。

当時、そのときまで生きてきたなかで最悪なくらい僕は怒り狂ってしまいまして(笑)。ものすごく荒れました。

世の中には、なんとなく辛いことに耐えて頑張るのが美徳」みたい風潮があるじゃないですか。そういう努力信仰や、辛くても、とにかく頑張りつづければ奇跡みたいなことが起きてウンタラカンタラ」みたいなものを信じている人は少なくないけど、それは、そうしたら都合のいい人間がいるからそうなってるだけだなと思ったんですね。

いしかわ:
…なるほど。でも、たしかに何かを成し遂げたいなら歯を食いしばって頑張れ、みたいな風潮はありますよね。

細谷さん:
ただ、こう言うと、「すべて他人のせいにしてる人」ですけど、他人の意見をすべて良しとしたのは自分なんですよね。自分の人生なのに「他人軸」で生きてたんですよ。

本当にそれが死ぬほど嫌なら、それに抵抗すべきなのに、それをしなかった、それを許したのは自分だな、と。



いしかわ:
サラリーマンでいう「上司の言いなりみたいなことが声優でも起きてしまうんですね…。

それに気付いてからはどうなったんですか?

細谷さん:
「やーめた」ってなりました(笑)。これからは、自分がやりたいようにやって、好きに生きていこうと。

そこから、楽しくなければ人生じゃない。楽しくなければ仕事じゃない」と思うようになりました。

なんか座右の銘みたいな硬い感じがして嫌ですけど(笑)。



いしかわ:
仕事は楽しくあるべきだ、と。

細谷さん:
僕はそう思ってますね。今は。

たとえば、自分が「不正解だ」と思ったことに対して、周りが「正解だ」と言い、それが結果正解になったとしても、それすごくモヤモヤしませんか?

いしかわ:
そうですね。それで、「他人が『いい』と思っているのならいいか」なんて自分を誤魔化すことも「あるある」だと思います。

細谷さん:
たしかに、それをやることでまわりは幸せかもしれません。でも、自分が後悔したくないなら、そこで終わっちゃいけないし、自分の思っていることを伝えないといけないと思うんです。それで離れていく人がいてもいいし、嫌われてもいい。

仕事を、「他人の評価と他人の意思に応えていくサービス業」と捉えるのもある種プロフェッショナルだと思います。でも、他人のハンドリングに身を任せて、言われるがままに舵を切った結果、自分の望んでいないゴールにたどり着くこともある。そして、そんな望んでいない事態になったとき、他人は責任を取ってくれないんです。

いしかわ:
わかります…。いざ窮地に陥ると、「自己責任でしょ」なんて言われちゃいますよね。

細谷さん:
尻拭いは自分でするしかない。

だったら、自分で自分をハンドリングするのが1番後悔しないし、自分が納得して進むことができる。喉を壊して、休業を経験して、それを強く思いました。

「他人じゃなくて、1番自分に優しくしてほしい」

いしかわ:
とはいえ、いきなり「自分軸で生きなくちゃ!」と言われても、なかなか難しい気がします。どうすれば良いのでしょう?



細谷さん:
まず、「他人への優しさ」を捨てることだと思います。「他人を攻撃しろ」とか「他人に冷たくなれ」と言うことではなく、いい人になる必要はまったくない」という意味です。人の目を気にしたり、人の機嫌を伺って行動したりする必要はないです。

「優しい人」は尊いし、素晴らしいと思います。でもそれを都合よく利用する人もたくさんいます。

いしかわ:
たしかに、「優しくあれ」とされる世の中なのに、「優しい人」ほど損をしてしまいがちですよね。

細谷さん:
そうなんです。優しい人って責任感が強い場合が多いと思います。他人に対して常に「YES」だった人が、苦しくなって「NO」を言うとき、そんな自分を不誠実に感じてしまうことがあると思う。

でも、他人のために生きているわけではないのだから、「NO」を言う勇気を持って欲しいんです。

いしかわ:
「ここからは自分で歩いてね」って突き放すことも大事というか。

細谷さん:
すべてに誠実にとか、すべてに全力で、とかやっていたら自分の身が持ちませんからね。なので、自分を最優先して、物事や、自分に関わる人々に対して、優先順位をつけてほしいんです。それは不誠実ではありません。

自分が思っているほど、他人は自分に興味なんてないんです。だから、「NO」と言っても大丈夫なんです。それで離れていく相手は追わなくていいし。それで嫌われても、自分とは合わない人として距離を置けばいい。

他人じゃなくて、自分を1番大事に考えてください。



いしかわ:
優しさを搾取されがちな人はたくさんいるので、この言葉は沁みますね。

細谷さん:
だから、R25世代の皆さんには、早いうちから自分勝手に、自分の好きなように生きてほしいですね。「年功序列の縦社会的な考えとか休む事に後ろめたさを感じさせる会社の雰囲気」とか、そういう古い考えが権力を持っている状態ってまだあるじゃないですか。

でも、そういう先人達の言うことは聞かなくていいと思います。聞いたフリだけうまくやればいい。

いしかわ:
「聞いたフリ」だけ。



細谷さん:
いいとされているもの、こういうものだとされている、権威」のようなものに対して「本当にそうなのかな?」と疑う意地悪な思考」を持ってほしい。

そして自分が好きなことや、自分が正しいと思うこと、自分がやりたいことに没頭してほしいと思います。



「声優」という夢を叶えた細谷さんは、一見「『好き』を仕事にした」幸せな人なのだと思っていました。「好きなこと」は仕事にできるけど、「好きなように」仕事をするのは自分次第。憧れの職業に就いたとしても、それはあくまで「形」でしかない。自分の好きなようにやれていないのであれば、それは本質的に「好きなことをしている」状態ではないのかもしれません。ライターになったあなたは、本当に好きなものが書けていますか?エンジニアになったあなたは、本当に好きなものが作れていますか?一度立ち止まって考えてみてください。〈取材・文=いしかわゆき(@milkprincess17)/撮影=長谷英史〉

お知らせ

細谷さんが出演している朗読劇『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』が2019年3月12日(火)〜3月17日(日)にて公演決定。チケットは2月10日(日)から一般発売予定。細谷さんの出演日は3月13日(水)なので、ぜひお見逃しなく!!

恋を読む「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」
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