「悔しがり方は高校時代と変わってない」恩師が見た鈴木誠也の成長度
日本シリーズでソフトバンクに敗れたとはいえ、鈴木誠也は”カープの4番”として打率.455、3本塁打、6打点と存在感を見せつけた。今やプロ野球でも数少ない「4番らしい4番打者」と言えるのではないだろうか。
まったく無名だった高校球児の頃から見てきた者としては、「二松学舎大付の鈴木誠也がこれほどの選手に……」と思うと、なんだか感慨深い。
当時はエースで4番。バッティングは粗かったが、タイミングの取り方はうまかった。いや、うまかったかどうかはわからないが、相手投手の投げてくるボールにタイミングを合わせようとする意識は旺盛だった。

日本シリーズでも3本塁打を放つなど大活躍した鈴木誠也
打ち損じが多く、それはボールの”高低”を間違えてのケースが多かったように思う。とはいえタイミングはしっかり取れていたので、打ち損じたとしても打球はすごかった。
忘れられないシーンがある。東京の高校選抜の一員としてアメリカの高校選抜チームと戦った時だ。たしか当時、創価高校の池田隆英が先発で、鈴木は外野を守り、4番を任されていた。
最初の打席で、打球が見えなくなるほど高く上がった内野フライを打ち上げた。ややアッパー気味のスイング軌道からの渾身のフルスイング。初夏の青空に吸い込まれるように打ち上げられた打球は、猛烈な日差しも手伝って完全に見失ってしまったが、相手チームの三塁手は頭上を見上げながらことなげもなく捕球した。
驚いたのは、打ち損じの内野フライにも関わらず、スタートから三塁打を狙うような全力疾走で、捕球の瞬間には三塁ベース付近まで達していたことだ。その走塁意欲と走る勢いの凄まじさは、今でもはっきりと覚えている。
「絶好球でした。それを打ち損じて、すごく悔しかったのと、その一方でチャンスだと思いました。あの高さのフライならボールは見えづらい。悪くてもツーベースにはしてやろうと思って走りました」
試合後、当たり前のようにそう語る鈴木の横顔が、じつに精悍だった。「こういうヤツがプロに行くんだろうな……」と、その時は漠然とそんな印象を持っていたが、まさかここまでプロ野球界を代表するほどのプレーヤーになるとは思ってもみなかった。
また別の日、相手は忘れたが練習試合のグラウンドでのことだ。投手として試合に出ていた鈴木が、試合後半からセンターを守ることになった。たしか、試合序盤で3〜4点奪われていて、投手としてはさほど芳(かんば)しいものではなかった。
強豪校のエースで4番である。多少の落胆や苛立ちはあるのだろうと見ていたら、颯爽とセンターのポジションに向かっていく鈴木の姿があった。その足どりはとにかく軽快だった。
「やっとオレの出番が来たぜ!」とでも叫んでいるようにセンターのポジションに向かっていくうしろ姿を見ながら、「コイツはピッチャーじゃないな……」と勝手につぶやいていたものだ。
「体が強く、スピードも飛び抜けている。だからケガも多かった。ケガをすると大きかったので、ケガをさせないように、私も気をつけていました。内転筋の肉離れは結構長くかかりました。ケガさえなければ、もっと活躍できたでしょうね。誠也のなかでは、もしかしたら負けた記憶の方が多いかもしれない」
鈴木が高校を卒業して6年経った今でも、二松学舎大付の市原勝人監督は残念そうに語る。
「誠也のことで思い出すのは、やっぱり負けて悔しがっている姿ですね。誠也の場合は公式戦だけじゃないですから。練習試合だって、変な負け方をすると、そりゃもう悔しがっていました」
時には何かに当り散らすこともあったという。
「高校生でしたからね。感情のコントロールはなかなかね……でも、それが彼のエネルギーになっていた部分もあったし、私はそこが好きでした。逆に今の高校生は、妙にわかりがよすぎて、物足りない部分があります」
おそらく、それが実感なのだろう。
「”牙(きば)”の部分はつぶさないように……一方で、人間として当然のマナーとか常識は教えなきゃいけない。そのバランスを取ることをいつも考えていました」
今年、ペナントレース大詰めの頃、こんなエピソードを教えてもらった。
前日のナイターで4三振を喫した鈴木に、翌日の試合前、ある雑誌の取材が入っていた。前夜の悔しさを引きずった表情で球場にやって来た鈴木は、間に入った広報にはひと言も口をきかなかったのに、取材には懸命に気持ちを立て直すように、きちんと応じていたという。
その話を市原監督に伝えると、こんな答えが返ってきた。
「優勝を争うチームの4番バッターなんですから……気持ちに激しい浮き沈みがあってはダメなんだということを、少しずつわかってきたのかもしれないですね」
セ・リーグを制覇したチームの”4番”という重責をまっとうした今年の鈴木に、市原監督は大きな成長の跡を見たという。
「チャンスで打てなかった時、イメージ通りのスイングができなかった時に誠也が悔しがっている姿は、高校生の頃とまったく変わっていません。でも、それはプロで生きている部分だと思うんです。試合のあとのコメントなんかも、だいぶ落ち着いてきた。だんだん、いろんなものが見えてきたんだなぁって思います。
あれだけ大きな存在になりましたから、いろんなことを言われたり、誤解されたり、イライラすることも多くなっていると思うんです。でも、それを超えられるぐらいにセルフコントロールできる人間になることが、本当の意味で”4番”になるってことだと思うし、今の誠也にはその”宿題”をこなせるだけの人間的な力が十分備わってきていると、すごく期待しているんです」
来年こそ、真の意味での”日本一の4番”へ。鈴木の新たな挑戦が始まった。
