北朝鮮では男性は60歳、女性は55歳から老齢年金がもらえるようになっている。その額は人によって異なるものの、最低でも月700北朝鮮ウォン(約11円)だ。極めて少額だが、食糧や生活必需品が安価で配給されていた時代には、生活に問題はなかった。

ところが、1990年代に全国的な配給システムが崩壊し、すべてのものは市場価格で買うことを余儀なくされた。700北朝鮮ウォンでは生きていけないため、定年を迎えた老人も様々な商売をして生き抜くことを強いられている。

ところが、極端なゼロコロナ政策で国境が封鎖され、貿易も止められてしまったため、北朝鮮は深刻な経済難に襲われている。貿易は段階的に再開されつつあるが、人々の暮らしは未だにコロナ前のレベルに戻っていない。

そんな中、支給が滞った年金の支払いを求めて行政機関を訪ねた老人が、抗議の末、自ら命を絶とうとする事件が起きた。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

事件が起きたのは、年も押し迫った12月中旬のこと。道内の金策(キムチェク)市に住むある老人が、洞事務所(末端の行政機関)を訪れた。老人は「もう死にそうだ」「どうせ死ぬなら餅何個かを食べて死にたい」などと訴えて、6カ月分の年金の支払いを求めて抗議した。

コメ1キロも買えないほどの少額の年金すら支給しようとしない当局の姿勢に、怒りのあまり抗議を行ったのだが、通報を受けてやってきた保衛員(秘密警察)に「社会の反抗者」だとして、連行されてしまった。

老人は、取調べ中に保衛員が席を外したすきに、部屋にあった戸棚からナイフを取り出して自ら命を絶とうとしたが、病院に搬送され、一命はとりとめた。

経済的に困窮しているのは、年金生活者だけではない。

障害を持ったある市民が家人の留守中、空腹のあまり台所で気絶して倒れているところを発見された。容態は明らかになっていない。

事件の報告を受けた市党(朝鮮労働党金策市委員会)は、老人と障害者に対する救済事業を行うように指示した。住宅、食糧、燃料の問題を、彼らが以前、務めていた工場や企業所、行政機関と洞事務所が共同で解決するという。つまり、市民から食糧や燃料などを少しずつ徴収して、貧困家庭に分け与えるのである。

その一方で、「老人も障害者も社会の一員として、自らの価値を知り幸せな暮らしを送れるように党と国が面倒を見なければならない」として、新年の贈り物を用意したという。つまり、大部分の支援は住民に押し付けた上で、そこに少しだけプラスして「党と国のありがたみを感じよ」とプロパガンダの材料に使っているということだろう。

経済的に苦しいのは、まだなんとか生活を維持できている他の市民とて同じだ。市党は「このようなよからぬ事件は絶対に起きてはならない」などと口ばかりで、根本的な対策は何も取っていない。