W杯メンバー落選から1か月…パスポート持ち歩いたFW町野修斗、数多の思い背負う緊急合流「町野でよかったと思える大会に」
北中米ワールドカップに臨む日本代表に追加招集されたFW町野修斗(ボルシアMG)が13日、グループリーグ初戦オランダ戦(14日)の前日練習に合流し、初めて全体練習に参加した。練習終了後、報道陣の取材に応じた町野は「前回大会でチームとしても個人としても悔しい思いをしているので、戻ってこられたのでピッチの上で僕が招集された意味を示すだけ」と意気込んだ。
町野は今月11日、左足首の負傷でチーム離脱が決まったMF遠藤航に代わる選手として追加招集。2022年のカタールW杯に続き、2大会連続で追加招集によるW杯メンバー入りが決まった。「何か引き寄せるものがあったのか、どういう星に生まれたのか……」(町野)。出場ゼロに終わった前回大会から3年半後、またも異例の立場でアメリカ・ダラスの地に乗り込んだ。
前回大会はチーム始動前の追加招集だったため、大会途中からの招集は初めて。まさに“スクランブル合流”だった。
町野によると、協会スタッフから電話を受けたのはプライベートで関東に滞在していた日本時間11日午前中。「来たか、と」。すでにバックアップメンバーへの打診を受けていたことから、パスポートは「常にどこに行っても持っていた」。電話を受けてから7時間後には飛行機に乗り、W杯への旅が始まった。
5月15日のメンバー落選から27日後に舞い込んだ吉報。それまでの間、ブンデスリーガのシーズンが終わっても地道に身体を動かしていた。
「外れてメンタル的に難しい状況の時もあったけど、次に向かうしかない考えもあった。ただW杯の情報を目にするたびに悔しさがあった」。その間は家族をはじめとした周囲の存在が励みになった。「家族とか応援してくれる人の中にも『僕がいないとW杯を見たくない』という人もいたので、嬉しい気持ちがあった」。人知れず励んでいた空白期間のぶんまで戦う覚悟は決まった。
追加招集が決まった後、志半ばでチームを去ることになった遠藤から個人的に連絡があった。もらったのは「ポジティブな言葉」(町野)。湘南ベルマーレでキャリアが花開いた町野にとって、遠藤は直系の偉大な先輩。登録変更によって受け継いだ「6番」の思いも背負い、「責任がのしかかってくることはあるけど、恥じないプレーをしたい。航くんが僕のプレーを見て、『町野でよかったな』と思える大会にしたい」と強く誓った。
アメリカ入りの道中も順風満帆ではなかった。度重なる航空機の欠航に阻まれ、ナッシュビルでの合流が叶わず、足止めされたシカゴのホテルで身体を動かした日もあった。「航くん、(負傷した南野)拓実くん、(三笘)薫くん、(サポート選手として支える吉田)麻也さん、いろんな思いを背負って戦う大会になるので、(一人でも)いくらでも追い込めるなと思った」。約40時間の長旅となったが、「疲れは全くない」と言い切った。
カタール大会以降、W杯のために過ごしてきた3年半だった。
2023年夏、町野はW杯出場時に在籍していた湘南を離れ、W杯で結果を残すためにドイツ移籍を決めた。ブンデス2部ホルシュタイン・キールからのスタートとなったため、その後は長らく代表から離れたが、1部昇格に導く活躍が評価されて25年3月に代表復帰。今季も高いレベルに身を置くため、ボルシアMGに完全移籍した。そこで出場機会を減らしたことが一旦はW杯落選につながったが、果敢なキャリアを描いてきた男に最後はチャンスが訪れた。
願ってやまなかった絶好機。全てを尽くすつもりだ。「やっぱり前の選手なので得点だったり、起点になるところだったり、アシストはもちろんだけど、それ以外にも走って戦う部分、戻ってセカンドボールを拾うところ、球際は気持ちの面でも見せられる部分。そういった面を見せたい」。2大会連続の“27番目”。森保一監督からの確たる期待を背負う男が今度こそW杯の舞台で真価を示す。
(取材・文 竹内達也)
町野は今月11日、左足首の負傷でチーム離脱が決まったMF遠藤航に代わる選手として追加招集。2022年のカタールW杯に続き、2大会連続で追加招集によるW杯メンバー入りが決まった。「何か引き寄せるものがあったのか、どういう星に生まれたのか……」(町野)。出場ゼロに終わった前回大会から3年半後、またも異例の立場でアメリカ・ダラスの地に乗り込んだ。
町野によると、協会スタッフから電話を受けたのはプライベートで関東に滞在していた日本時間11日午前中。「来たか、と」。すでにバックアップメンバーへの打診を受けていたことから、パスポートは「常にどこに行っても持っていた」。電話を受けてから7時間後には飛行機に乗り、W杯への旅が始まった。
5月15日のメンバー落選から27日後に舞い込んだ吉報。それまでの間、ブンデスリーガのシーズンが終わっても地道に身体を動かしていた。
「外れてメンタル的に難しい状況の時もあったけど、次に向かうしかない考えもあった。ただW杯の情報を目にするたびに悔しさがあった」。その間は家族をはじめとした周囲の存在が励みになった。「家族とか応援してくれる人の中にも『僕がいないとW杯を見たくない』という人もいたので、嬉しい気持ちがあった」。人知れず励んでいた空白期間のぶんまで戦う覚悟は決まった。
追加招集が決まった後、志半ばでチームを去ることになった遠藤から個人的に連絡があった。もらったのは「ポジティブな言葉」(町野)。湘南ベルマーレでキャリアが花開いた町野にとって、遠藤は直系の偉大な先輩。登録変更によって受け継いだ「6番」の思いも背負い、「責任がのしかかってくることはあるけど、恥じないプレーをしたい。航くんが僕のプレーを見て、『町野でよかったな』と思える大会にしたい」と強く誓った。
アメリカ入りの道中も順風満帆ではなかった。度重なる航空機の欠航に阻まれ、ナッシュビルでの合流が叶わず、足止めされたシカゴのホテルで身体を動かした日もあった。「航くん、(負傷した南野)拓実くん、(三笘)薫くん、(サポート選手として支える吉田)麻也さん、いろんな思いを背負って戦う大会になるので、(一人でも)いくらでも追い込めるなと思った」。約40時間の長旅となったが、「疲れは全くない」と言い切った。
カタール大会以降、W杯のために過ごしてきた3年半だった。
2023年夏、町野はW杯出場時に在籍していた湘南を離れ、W杯で結果を残すためにドイツ移籍を決めた。ブンデス2部ホルシュタイン・キールからのスタートとなったため、その後は長らく代表から離れたが、1部昇格に導く活躍が評価されて25年3月に代表復帰。今季も高いレベルに身を置くため、ボルシアMGに完全移籍した。そこで出場機会を減らしたことが一旦はW杯落選につながったが、果敢なキャリアを描いてきた男に最後はチャンスが訪れた。
願ってやまなかった絶好機。全てを尽くすつもりだ。「やっぱり前の選手なので得点だったり、起点になるところだったり、アシストはもちろんだけど、それ以外にも走って戦う部分、戻ってセカンドボールを拾うところ、球際は気持ちの面でも見せられる部分。そういった面を見せたい」。2大会連続の“27番目”。森保一監督からの確たる期待を背負う男が今度こそW杯の舞台で真価を示す。
(取材・文 竹内達也)
