「NTT」「KDDI」「ソフトバンク」同業なのに財務指標は全く異なる…決算書から読み解く通信3社の〈経営戦略〉の違い
企業の経営状況やビジネスモデルの「真の実力」を見極める際、単に売上高や利益の数字を確認するだけでは不十分。重要なのは、複数の数字を組み合わせた「財務比率」を読み解くことにあって--。本記事では、西山茂氏の著書『会計クイズで学ぶ財務分析&ファイナンス 決算書の読み方を「資本コスト時代」にアップデートする』(日経BP)より、大手通信三社の財務データを例に、ROEやROAといった重要指標の本質的な意味と使い分けを解説する。
投資家が気にする指標とは?
企業の財務諸表を分析する時に、数字そのものを見るだけでなく、いろいろな数字と数字の関係を意味する財務比率を使うことで、企業の状況がより深く見えてくる。
企業を評価するために理解しておくべき重要な財務比率について、ROEとROAを中心に解説していく。ROEなどを財務目標として定める場合も、それぞれの財務比率の意味や活用方法を理解しておくことが欠かせない。
主要数値から、ほぼ同じ事業を営む日本の上場公開企業3社の経営状況を評価する
[Q]図表1は、ほぼ同じ事業を営んでいる日本の上場公開企業3社の連結財務諸表から、主要な数値を抜き出したものである。
[図表1]財務数値をもとに企業を評価するクイズ 出典:『会計クイズで学ぶ財務分析&ファイナンス 決算書の読み方を「資本コスト時代」にアップデートする』(日経BP)より抜粋
それぞれの企業の経営状況をどう評価するか。また、あなたが経営者であったら、どの企業の財務状況を目指したいと思うか。また、各社の課題は何だろうか。それぞれ考えてみてほしい。
この3社は、それぞれに特徴がある。数値そのものを見ることに加えて、それぞれの数字から計算できるROEやROAなどの財務比率を比較すると、3社の違いがより見えてくる(解答は後ほど)。
財務比率が映し出す「企業の目指す方向性」
財務比率は、事業の内容や状況、また市場環境などを表すが、それに加えて「どういう会社を目指してきたか」ということを表している面もある。目指す方向については、決まった「正解」があるわけではない。事業内容や経営状況を把握した上で目指すべき方向を定め、経営計画を立て、目標を設定する際には何を重視するかを考えることが重要である。
では、企業の経営者は、企業の状況を把握したり、将来の目標を設定する際に、財務比率をどのように活用すればいいのだろうか。財務比率の中核であるROEとROA、またそのベースとなる収益性、効率性、安全性、さらに成長性に関連する財務比率について学んでいく。
経営目標としてよく使われる3大財務指標…ROE、ROIC、ROA
1.株主から見た投資収益率を表す「ROE」
ROEは、Return On Equityの頭文字である。株主の資金であるEquity(自己資本:ほぼ純資産)に対して、株主にとっての儲け(Return)である当期純利益が何パーセント生み出せているのかを計算したものである。ある意味で株主から見た投資収益率を表すものである。
これは以前から知られていた指標ではあったが、日本では株主をはじめとする投資家が、企業に対して一定の儲けを期待し要求する傾向を強める中で、最近注目されている指標である。
特に2014年に発表された「伊藤レポート」の中で、ROE8%以上が求められるという提言が出てきたことをきっかけにして、その後かなり意識されてきている。株主のことを意識し、株主から見た投資収益率を高めていくことを重視する企業は活用する意味がある。
2.調達した資本に対し、どれだけ利益を出しているかをを示す「ROIC」
ROICは、Return On Invested Capitalの頭文字である。外部の資金提供者が株式や社債・借入金という形で企業に投下している資金を意味するInvested Capital(投下資本)に対して、事業の儲け(Return)が何パーセント生み出せているのかを計算したものである。ある意味で、企業に対する資金の提供者から見た投資収益率を表すものである。
これは、東京証券取引所が2020年頃から、株主や借入金・社債などの資金提供者が期待要求する儲けを意味する資本コストを重視する方向を促す中で、毎年の業績が資本コストと比較して十分かどうかを評価し確認するための指標として、多くの企業で採用されるようになっている。
実質的には資金提供者の期待・要求する儲けを意味する資本コストを毎年の業績の評価に活用していくためのツールである。資本コストを意識し、それに見合う業績を確保することを重視する企業は活用する意味がある。
3.現場が理解しやすく事業の質を評価する「ROA」
ROAは、Return On Assetの頭文字であり、事業のために保有している資産(Asset)に対して、事業を中心とした儲け(Return)が何パーセント生み出せているかを計算したものである。ある意味で、事業の投資収益率を表すものである。
これは、資産を効率よく使って儲けを生み出しているかという観点から、質の良い事業、投資収益率の高い事業を行っているかを評価する指標として以前から活用されてきた。
また、ROEやROICとある程度連動する傾向があるため、ROEやROICの向上の方向を現場につなげるために、現場が理解しやすい目標として活用されることもある。事業の投資収益率を高めることを重視し、またそれを組織全体に共有することを重視する企業は活用する意味がある。
このように、3つの指標にはそれぞれ意味があり、活用する意義がある場合にも違いがある。各企業の目指すべき方向、重視する方向に合わせて、適切な財務指標を活用することが望ましい。また、1つの財務指標だけでは掲げている目標を実現できない場合は、複数の財務数値や指標を組み合わせながら使っていくことも考えられる。
ROEとROAについて解説しながら、財務指標を経営目標として利用する場合の注意点について考えてみよう。
ROEの算出方法
ROEは、前述のように、株主が出した資金(Equity)に対する(On)儲け(Return)の率を計算したものである。株主から見た企業に対する投資収益率を評価した指標であり、日本語では自己資本利益率と呼ばれている。
具体的には、株主にとっての儲けである当期純利益を、株主が企業に対して投入している資金を意味する自己資本(純資産とほぼ同じ)で割って次のように計算する。
[図表2]ROEの計算式 出典:『会計クイズで学ぶ財務分析&ファイナンス 決算書の読み方を「資本コスト時代」にアップデートする』(日経BP)より抜粋
[図表3]ROEの計算式と2つの決算書の関係性 出典:『会計クイズで学ぶ財務分析&ファイナンス 決算書の読み方を「資本コスト時代」にアップデートする』(日経BP)より抜粋
日本の上場企業の平均ROEは約10%が水準
このROEは、10年ほど前から、日本の上場公開企業の間でかなり注目されている。これは、経済産業省が主導して2014年8月に発表された「伊藤レポート」と、株主総会の議決権行使の助言会社であるISS(Institutional Shareholder Service)が2014年11月に発表した議決権行使基準の影響が大きい。
「伊藤レポート」では、日本企業は8%のROEを最低水準として収益力を高めることが提言されている。また、ISSは2015年から過去5年間の平均のROEが5%未満で改善傾向にない場合は、経営トップ(通常は会長および社長)の選任案件について反対を推奨するという基準を設定している。
その結果、最低でも5%以上、基本的には8%以上のROEを確保しようという企業が多くなっている。
日本企業の上場公開企業の平均ROEはこのところ約10%の水準となっており、大手企業の平均が約20%である米国と比較するとやや低めとなっている。平均値は「伊藤レポート」、ISSの基準を上回っているが、海外企業と比較するともう少し高めることが望ましい状況にある。
なお、ROEの各企業の基準は、あえていうと株主資本コストになる。なぜなら、株主資本コストは株主が期待・要求している儲けの率のことであり、株主から見た投資効率を意味するROEはその水準を上回る必要があるからである。
ROEを向上させるには
ROEが高い、あるいは低い理由、またそれを向上させるポイントを把握するために、ROEを次のように3つの比率に分解する分析方法がよく使われる。この分解式は、もともと米国のデュポン社が使い始めたことから、デュポンシステムと呼ばれている。
[図表4]デュポンシステム 出典:『会計クイズで学ぶ財務分析&ファイナンス 決算書の読み方を「資本コスト時代」にアップデートする』(日経BP)より抜粋
このうち、最初の項は「売上高に対する最終利益率」を意味する売上高当期純利益率、2番目の項は「資産をどの程度効率よく使って売上高に結びつけているか」を意味する総資産回転率である。
最後の項の財務レバレッジは、「借入金や社債といった借りた資金をどの程度活用しているか」を表す比率である。借りた資金が多いと、分母の自己資本は小さくても、分子の資産をたくさん持てるため、財務レバレッジは高くなる。
逆に、無借金に近い場合は、自己資本でほとんどの資産を持っていることになるため、分母の自己資本に比較して分子の資産がそれほど大きくならないので、財務レバレッジは低くなる。
この分解式から考えると、ROEを高めるためには、この3つの比率を高めていけばいいことになる。
売上高当期純利益率は収益力の高さ(収益性)を示している。総資産回転率は資産をいかに効率よく活用して売上高に結びつけているか(効率性)を示している。この2つを向上させることは、企業が通常目指している方向と一致する。
判断が難しいのは財務レバレッジである。財務レバレッジは、基本的に借りた資金の活用状況を示しており、借りた資金など負債が少ない安全性の高い状況とは望ましい方向が逆になる。つまり、借りた資金の多さを意味する財務レバレッジが高いことは安全性が低いことにつながり、逆に財務レバレッジが低いことは安全性が高いことにつながる。
そのためROEを高めようとして財務レバレッジを高めると、安全性が低下してしまうので注意が必要になる。
なお、デュポンシステムの分解式をもとに、日本企業のROEの平均が欧米の企業の平均よりも低い理由を見てみると、一般に売上高当期純利益率の低さが最も大きなポイントになっていることが多い。
[図表5]デュポンシステムと収益性・効率性・安全性との関係 出典:『会計クイズで学ぶ財務分析&ファイナンス 決算書の読み方を「資本コスト時代」にアップデートする』(日経BP)より抜粋
また、ROEを向上させている企業の場合も、やはり売上高当期純利益率の向上がポイントになっているケースが多い。このような点から考えると、ROEを高めるためには、売上高当期純利益率の向上を中心に具体策を考えていくことが重要といえそうである。
そのための施策としては、「伊藤レポート」でも指摘されている低価格競争の回避、他社との連携も活用する過度な自前主義からの脱却、AIを含むDXの活用による業務効率化、標準化の推進をはじめとするさまざまな効率化、過度な多品種化の回避などが考えられる。
[A]
A社はNTTである。NTTは日本の情報通信業界の雄として、3社の中で規模が最も大きく、財務的な安全性もしっかりとしている。また、同社は2025年9月末にNTTデータを完全子会社化するなど、AIサービスも含めたITサービス事業を中心とする成長戦略を打ち出している。この成果が出てくれば、課題のように見える収益性の改善もかなり期待できそうである。
B社はKDDIである。KDDIは、3社の中で利益率に表れる収益性が最も高く、これがROEとROAの相対的な高さにつながっており、全体としてバランスが取れている。同社は今後の方向性として通信事業を中核にAIも活用し、金融やエネルギーをはじめとする付加価値分野との連携による成長戦略を打ち出している。これが実現すれば資産の利用効率も高まり、売上収益も拡大し、全体として非常に良好な状況に到達できそうである。
C社はソフトバンク(通信事業)である。ソフトバンクは、利益率に表れる収益性や資産の利用効率は一定水準で確保しており、高い財務レバレッジによって3社の中でも最も高いROEを確保している。同社はさまざまな分野でのAIの活用を中核に据え、LINEヤフーなどのメディア・EC事業、PayPayを中心としたファイナンス事業とも連携した成長戦略を打ち出しており、事業の方向性はかなり期待できそうである。今後、やや高めの財務レバレッジをもう少し低くし、財務的な安全性をある程度高めていくことができれば、全体としてバランスの取れた良い状況になるといえそうである。
西山 茂
早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール) 教授
公認会計士
