日本人初の女優賞受賞も結果は“保守的”? 大作不在の第79回カンヌ国際映画祭を振り返る
第79回カンヌ国際映画祭の主要なトピックのひとつは、ハリウッドのメジャースタジオの大作が不在の年となったこと。三大映画祭自体がアート系映画を中心とした祭典と思われがちな節があるが、夏の終わりに開催されるヴェネチアが近年ではアカデミー賞レースを目指すスタジオ映画のお披露目の場として機能しているように、初夏に行われるカンヌはサマーシーズンの娯楽大作のお披露目の場としての側面も有していた。
参考:第79回カンヌ国際映画祭、『急に具合が悪くなる』が女優賞受賞 岡本多緒は日本人初の快挙
もっとも、ヴェネチアでは映画祭の花形といえるコンペティション部門に積極的にスタジオ映画が選出されるのに対し、カンヌの場合はアウト・オブ・コンペティションとしてプレミア上映されることがほとんどなので、扱われ方には大きな違いがあるわけだが。何はともあれ、そもそもハリウッドのメジャー大作が少なくなっていること、海外の映画祭で華々しくお披露目するための資金面での問題、あとは北米でのヒットを目指すうえでのマーケティング的な都合など、いくつかの事情が絡み合った結果、“不在”というかたちに落ち着いたものと見受けられる。今後もスタジオ側がこうしたヨーロッパなどの国際映画祭への参加に慎重な姿勢を示す可能性は否めないが、映画祭側のスタンスが変わったわけではないという点は頭の片隅に留めておきたい。
それよりも昨今カンヌで注目すべきことは、ハリウッドメジャーではないインディペンデント作品や非英語圏の作品のなかからアカデミー賞レースに駒を進める作品が現れるかどうかという点である。『パラサイト 半地下の家族』以降、コロナ禍の2020年の開催中止を挟んで6度の開催があり、最高賞であるパルムドール受賞作も6本。そのうち4作品がアカデミー賞作品賞にノミネートされ、『パラサイト 半地下の家族』と『ANORA アノーラ』が同賞を受賞。昨年の『シンプル・アクシデント/偶然』も国際長編映画賞と脚本賞にノミネートされているように、やや特殊なチョイスだった第74回の『TITANE/チタン』以外は製作国や言語の壁を超えて賞レースに進出しているのである。
今回パルムドールに輝いたのは、ルーマニアのクリスティアン・ムンジウの『Fjord(原題)』。ノルウェーの小さな村に移り住んだ家族を描く物語であり、ムンジウは『4ヶ月、3週と2日』以来19年ぶりのパルムドール受賞。これまでパルムドールを2度手にした監督は10組いるが、おおむね10年以内に2度目の受賞を果たしている。19年ぶりというのは、今村昌平の14年を上回る最長のスパン。その間も『汚れなき祈り』で脚本賞と女優賞、『エリザのために』で監督賞を受賞している。
主演には『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』のセバスチャン・スタンと『センチメンタル・バリュー』のレナーテ・レインスヴェと、近年のオスカー候補者が並ぶ。しかも北米配給を務めるのは前段で触れた近6回のパルムドール受賞作をすべて担当しているNEON。これはもはや賞レース参戦は当確状態といってもいいかもしれない。ただこのNEON、ほかにも多くの作品の北米配給権を今回のカンヌで獲得している。多くの作品を獲得した結果、年内の公開スケジュールが過密になってしまい、「ある視点」部門で好評を集めた『Club Kid』の入札から撤退したと報じられているほどである(同作はA24が獲得)。
現にコンペティション部門の出品作だけでも、ナ・ホンジンの『Hope(英題)』、アメリカ映画ではあるがジェームズ・グレイの『Paper Tiger』(原題)、アルチュール・アラリの『The Unknown(英題)』、そして日本から出品された濱口竜介の『急に具合が悪くなる』と是枝裕和の『箱の中の羊』がNEON配給で北米に紹介されることが決まっている。そう考えると近年のカンヌは、NEONが賞レースに多様性をもたらすための作品選びを行なう場としての意味合いが強くなっているようにも思えなくもない。
一方で、次点であるグランプリに輝いたアンドレイ・ズビャギンツェフの『Minotaur(英題)』と、監督賞タイ受賞のパヴェウ・パヴリコフスキの『Fatherland(原題)』、男優賞ダブル受賞のルーカス・ドン監督の『Coward(原題)』はMUBIが北米配給権を獲得している。NEONかMUBIか、作品の多様性は増す代わりに配給会社の多様性は乏しくなりつつあるようだ。ここで挙げた3本の監督名を見てすぐにピンと来る人もいると思うが、パルムドールのムンジウを含め、今年の受賞結果はカンヌ受賞経験者の作品が中心に構成されている。
ズビャギンツェフはムンジウがパルムドールを獲った年に『ヴェラの祈り』で初コンペながら男優賞をもたらし、続く『エレナの惑い』がある視点部門の特別審査員賞。コンペに戻ってきた『裁かれるは善人のみ』で脚本賞に輝き、『ラブレス』が審査員賞。そして今回グランプリと、百発百中で順調に階段を登ってきている。パヴリコフスキは『COLD WAR あの歌、2つの心』で監督賞に輝き、そのまま同年のアカデミー賞監督賞候補にも挙がっていた。そしてドンは前作『CLOSE/クロース』がグランプリ受賞作。こう考えると、かなり保守的な結果といえよう。
日本から出品され、見事に主演女優2人が女優賞を獲得した濱口の『急に具合が悪くなる』。いわずもがな濱口も『ドライブ・マイ・カー』で第74回脚本賞を獲得しているカンヌ受賞経験監督である。岡本多緒の受賞は、カンヌでは初の日本人女優の戴冠となる。三大映画祭全体で見ても、左幸子と田中絹代、寺島しのぶ、黒木華(いずれもベルリン)に続く史上5人目の快挙。先述の通り、同作の北米配給はNEONが務めるので、今回も賞レースをにぎわす可能性は充分に考えられるだろう。
同じくコンペに日本から参加した是枝の『箱の中の羊』と深田晃司の『ナギダイアリー』は無冠。映画祭の開催期間中に各国のメディアが公開する批評家陣の星取表を見る限り、あまり評価が伸びていなかった印象だ。他の部門にも目を向けてみると、カンヌ・プレミア部門で黒沢清の『黒牢城』が上映され、ある視点部門には岨手由貴子の『すべて真夜中の恋人たち』、ギリシャと日本などの合作であるコンスタンティナ・コヅァマーニの『タイタニック・オーシャン』の2本が選出。
また、併行部門である「監督週間」には門脇康平の『我々は宇宙人』と矢野ほなみの『エリ』の2本のアニメーションが選出され、学生映画を対象としたラ・シネフ部門には日大芸術学部の黄周行が手掛けた『まだ雨降るかな』が選出されていた。目立った受賞結果がないと埋もれてしまう傾向にあるためこうして羅列したが、新たな才能との出会いも映画祭では忘れてはならないことだ。
この13年間でカンヌのコンペに選出された日本人監督は今回の3人(深田は初コンペとなったが、過去に「ある視点」部門受賞経験がある)のほか、河瀬直美と昨年の早川千絵のみ。キャリアを考えれば深田や早川はまだまだ“新たな才能”と呼べるところだが、そろそろ新顔が現れてもいい頃合いである。(文=久保田和馬)
