「あなたのため」が人生を壊す凶器に…池袋の惨劇から見えた、真面目な人ほど抜け出せない”善意の侵略”

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警察官を装って不安をあおる古典的な手口が横行する現代の詐欺だが、SNSを通じて、悩みや孤独に入り込むスピリチュアル系の高額商法も目立つようになっている。

前編記事『「肩が痛いのは、霊の仕業」診断開始わずか2分で“59.8万円の水晶”を販売…高齢者を狙い撃ちにする《SNS占い師の実態》』では、SNSをきっかけに相談者へ近づき、「救済」を装って高額な商品へ誘導するスピリチュアル系の高額商法について見てきた。

「肩が痛いのは霊の仕業」と不安をあおり、診断開始からわずか数分で80万円の水晶を勧める。さらに、相談者同士をつなげず、家族や友人、外部の専門家にも相談しにくい状況をつくっていく。

そこにあったのは、不安や孤独を利用して相手を囲い込む仕組みだった。

では、人はなぜ、そこまで極端な話を信じ込んでしまうのか。この問題は、スピリチュアル系の高額商品だけに限らない。

強い思い込みに支配され、ほかの選択肢が見えなくなったとき、人はときに周囲が理解できない行動へ進んでしまうのだ。

人を追い詰めるのは、悪意だけではありません。怖いのは、本人の中で“これしかない”と思い込んでしまうことです」そう語るのは、法廷臨床心理学博士の遠藤貴則氏だ。

“アドバイスのふり”をした支配の始まり

2026年3月26日、東京・池袋の商業施設「サンシャインシティ」内で、元交際相手の女性が刺殺される事件が起きた。現場は、多くの家族連れや観光客も訪れる「ポケモンセンター」だった。

亡くなった女性は21歳。以前から望んでいた職場で働き始めたばかりだったと報じられている。一方、加害者の男は26歳。交際中から、女性の夢に対して否定的な言葉を向けていたという。

「お前には向いていない。今すぐやめろ。」一見すると、アドバイスのようにも聞こえる。だが、その奥には、相手の人生を自分の思い通りにしたいという支配の感情がにじんでいる。

人間の脳、とくに衝動のコントロールや論理的な判断に関わる前頭前野は、20代半ばから後半にかけても成熟が続くとされています。もちろん、脳の発達だけで事件を説明することはできません。ただ、衝動を抑える力がまだ揺らぎやすい段階で、強い所有欲や執着が重なると、視野は一気に狭くなります」(遠藤氏、以下「」も)

警察の介入や接近禁止命令も、本来は被害者を守るための措置であるはずだ。ところが、本人の中では「自分を拒絶した」「自分を犯罪者扱いした」という物語にすり替わってしまう。

一度、頭の中が「これしかない」という方向に固まってしまうと、そこから抜け出すのは簡単ではない。

それは、前編で見た高額商法にも通じる。

「この水晶を買えば救われる。買わなければ不幸になる」。そんな極端な二択を突きつけられたとき、人は冷静な判断を失っていくのだ...。

「自分だけが真実を知っている」という危うさ

この「一度信じた物語から抜け出せなくなる」という状態は、陰謀論にもよく見られる。遠藤氏が例に挙げるのが、ヨルゴス・ランティモス監督の映画『Bugonia』(ブゴニア)で描かれる極端な思い込みの世界だ。

劇中ではある男たちが、巨大製薬会社の女性CEOを「地球を侵略する宇宙人」だと信じ込み誘拐する。本人たちは、自分たちの行動を犯罪ではなく、世界を守るための行動だと考えている。

周囲から見れば、明らかに行き過ぎた被害妄想だ。だが本人の中では違う。相手を攻撃することさえ、尊い使命に置き換わってしまう。

ここで起きているのは、“他に何があり得るか”を考える力が落ちている状態です。本来なら、目的と手段は切り分けて考えられるはずです。でも、思考が固まってしまうと、『相手を排除する』以外の方法が見えなくなるのです

また、注目すべきは「侵略」という言葉が使われている点だ。

侵略とは、相手の境界線を無視して、その領域をじわじわと塗り替えていく行為を指します。これは池袋の事件にも通ずる、非常に危うい心理でして。加害者の男は、元交際相手の主体性を認めず、彼女の人生そのものを自分の色に染め上げようとしていました。自分の信じる『正しさ』という名のもとに、土足で相手の聖域を侵食していく。その一方的な支配欲こそが、悲劇を招く引き金になるのです

例えば、「孤独を埋めたい」という欲求があるなら、その方法は一人の相手に執着することだけではない。友人関係、コミュニティ、治療、仕事、趣味など、別の道はいくつもある。 ところが、思考が狭まると、「この人でなければだめだ」「この商品を買わなければ不幸になる」「この先生だけが正しい」といった極端な結論へ向かってしまう。

前編のスピリチュアル系高額商法でも、相談者は「霊がついている」「水晶を持たないと危ない」と言われるうちに、ほかの見方を失っていった。「いわば、自らの平穏な日常が未知の恐怖によって侵食され、占拠されてしまった状態です」と遠藤氏。

家族や友人、寺院、医療機関など、外に開かれていたはずの相談先が、少しずつ遠ざけられていくのだ。

AIによる、占い師を必要としない占い

この構造を、いまさらに広げつつあるのがAIだ。前編で取り上げた悪質な占い師の手口は、少なくとも人間が相談者に向き合う形を取っていた。

ところが、現在は占いの知識や経験がない人でも生成AIを使えば、それらしい鑑定文を作れるようになっている。

いま、ChatGPTなどを使った『AI占い副業』を勧める情報が、ネット上で目立つようになっています。問題は、占いの技術も、相談者を支える知識もないまま、AIの回答をそのまま送っているケースがあることです

やり方は、至ってシンプルだ。マーケティングに詳しい人が「売れやすいプロンプト」をつくり、AIが相談者に合わせたような文章を生成する。それをオペレーターが機械的に送る。

一見すると、相談者に寄り添った鑑定に見える。遠藤氏は、こうした言葉の危うさについて次のように語る。

仮に『あなたは本当は優しい人です』『今は苦しい時期ですが、運気は変わり始めています』と言われれば、弱っている人ほど心を動かされやすいものです。さらに『あなたを傷つけた人にも意味がありました』と言われれば、つらい経験まで肯定されたように感じてしまう。

しかし、そこに本当に相談者の人生を見ようとする姿勢があるとは限りません。AIは、相手が求めていそうな言葉をすばやく組み立てる。その言葉が、『自分は間違っていない』『あの人が悪い』『自分だけが特別だ』といった思い込みを、むしろ強めてしまう場合もあります

人間の占い師なら、表情や声の調子から危うさを感じ取り、ブレーキをかけられることもある。だが、AIが作った文章をそのまま送るだけなら、そのブレーキは働きにくい。

前編で見た「使い回されるオーラ診断」は、実際にはテンプレート化されたものだった。AI占いは、それがさらに進んだ形ともいえる。

なぜなら、一人ひとりに合わせたように見える言葉が、ほぼ無限に作られていくからだ。

合理的な人ほど、AIの回答を盲信してしまう理由

意外に思えるかもしれないが、こうしたAI占いに引き込まれやすいのは、いわゆる情報弱者だけではない。遠藤氏は、むしろ社会的に成果を出してきた人ほど、AIの回答を過大に信じてしまう危うさがあると分析する。

仕事で成果を出してきた人や、自分の判断力に自信がある人ほど、AIの回答を過大に信じてしまうことがあります。『AIは最新技術だから、ある程度は正しいはずだ』『自分は冷静に使いこなせている』『人間の占い師より、AIのほうが客観的』と考える人ほど、AIが出す言葉への警戒心は薄くなりやすいのです

前編のスピリチュアル系高額商法では、「自分にしかわからない不調を見抜かれた」と思った瞬間に、相談者の警戒心が下がっていた。

AI占いでも、似たことが起こりうる。「自分だけに向けた答えだ」と感じた瞬間、人はその言葉に心を預けてしまう。何度も同じ方向の答えを受け取るうちに、自分の考えはさらに強化されていく。

気づけば、AIの言葉が“外からのアドバイス”ではなく、“自分の正しさを証明してくれるもの”になってしまうわけだ。

では、こうした時代に、私たちはどう身を守ればよいのか。遠藤氏は、強い思い込みの中にいる人をいきなり否定しても、必ずしも効果はないと話す。

『それは間違っている』と正面からぶつけても、相手はさらに閉じこもってしまいます。その人にとっては、その物語が自分を支える最後の柱になっている場合があるからです

もちろん、危険な行動がある場合には、法的な対応や距離を取ることが欠かせない。そのうえで必要なのは、まず相手の話を聞き、「その人は本当は何を求めているのか」を見ていくことだという。

例えば、ストーカー化している人が求めているものは、特定の相手を支配することではなく、孤独を埋めることかもしれない。自分を必要としてくれる場所がほしい。その感情が、一人の相手への執着として表れている場合もあるのだ。

最後に、遠藤氏はこう語る。

大切なのは、自分の判断にも限界があると知っておくことです。人は疲れているときや孤独なときほど、都合のいい言葉を信じたくなります。だからこそ、『本当にそうなのか』『誰かに相談すべきではないか』と立ち止まれるかどうかが、搾取や洗脳から身を守るポイントになります

前編で見たスピリチュアル系高額商法も、後編で見たAI占いも、入口はどちらも“救い”に見える。苦しいときに、「あなたは間違っていない」と言われれば救われた気持ちになる。

だが、その言葉は本当に自分を自由にしているのか。それとも、別の誰かや仕組みに依存させているだけなのか。

そう考える余裕を残すことが、自分の心を守るための現実的なリテラシーになるだろう。

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