のどかな景色が広がる向日町駅(toshiaki / PIXTA)

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景観条例によって守られてきた京都の街に、大きな変化が訪れようとしている。

京都市に隣接する向日(むこう)市で、府内初のタワーマンション建設が進行中なのだ。完成すれば、京都タワー(131メートル)に迫る高さとなり、京都駅からの眺望が激変するといわれている。さらにはその京都駅周辺でも、建造物の高さ制限の緩和が検討されているという。

古都の景観はどこまで守られるのか。取材を進めると、京都市民と向日市民の間にある意識の差や、制度の限界が浮き彫りとなった。(ライター・倉本菜生)

京都タワーに迫る高さの“タワマン”も京都市民は「他人事」?
建設中のタワーマンション(撮影:倉本菜生)

JR向日町駅前に建設中の「ジェイグランタワー京都向日町」。完成予定は2028年7月で、分譲マンションとしては府内最高層の、地上38階建て、高さ約128メートルとなる見込みだ。JR向日町駅周辺の再開発の一環として、JR西日本不動産開発と三井不動産レジデンシャルにより建設が進められている。

JR向日町駅は京都駅まで3駅9分と近く、大阪駅へのアクセスも良い。完成予想図では、京都市内の寺院や街並みに近接してそびえ立つように描かれており、SNSで「京都らしさがなくなる」と物議を醸した。

一方、所在地が京都市外である点や、周辺地域にはすでにニデック本社ビル(約100メートル)や京セラ本社ビル(約95メートル)といった高層ビルが存在することから、景観への影響は限定的との見方もある。

では、この計画を街の人々はどう受け止めているのか。京都市内で聞き取りを行うと、「なぜ向日町なのか」と疑問視する声が目立った。

「向日町は“何もない街”という印象が強いので、そっちにタワマンができると聞いても、正直『ふーん』という感じです。どうせなら、京都駅の隣に作ってくれたらいいのに」(20代・女性)

「京都の景観が壊れると騒ぐ人もいますが、今の京都駅や京都タワーができた時点で、“古き良き京都”は終わったと感じています。それに隣の市の話だから、『好きにしたらええ』と思っている地元民は多いですよ。京都初と言っているようだけど、ほんまの京都人からしたら、向日市は京都府ではあるけど“京都”ではないですからね」(60代・男性)

また、京都市内で不動産業を営む男性(40代)はこう語る。

「タワマンも高層ビルも、どんどん建てたらいいと思っています。京都市内は高さ制限のせいで、オフィス不足が年々深刻化しているんです。『今より高いビルを建てられれば、もっと儲けられるのに』とこぼす地主や不動産業者は多いです。周辺の市に高い建物がたくさんできてくれたら、京都市も規制緩和をしてくれるんじゃないかと、淡い期待があります」

京都市民はどこか「他人事」といった様子だ。世代が若い人ほど、街が発展することを望んでいるようだった。では、当の向日市の住民たちはどうなのだろうか。「タワマンができることで人口が増え、地域がにぎわってくれたら嬉しい」と好意的な意見もある一方で、建設地周辺の住民からは悲鳴が上がっている。

公共インフラと一体化した開発のゆがみ

「今回のタワマンが建つことで、周辺住民の健康や財産に大きな影響が出るだけでなく、これまで住んでいた場所に暮らせなくなる『都市難民』が生まれてしまう恐れがあります」

そう指摘するのは、景観や公害問題を専門とする中島晃弁護士だ。昨年10月、中島弁護士が代理人を務める「住みよい向日市のまちづくりを考える会」は、タワマンの建築確認の取消しを求め、京都府建築審査会に審査請求を申し立てた。争点のひとつとなっているのが、建設計画の進め方だ。

「もともとJR向日町駅周辺では再開発が予定されていました。同駅は西側1ヵ所にしか改札がなく、東西をつなぐ通路もなかった。東側へ行くには、遠回りして踏切や地下通路を使うしかありませんでした。駅舎を挟んで市街地が分断されている状態だったんです。そこで向日市とJR西日本が共同で、東西自由通路の整備や駅舎の橋上化、駅前広場の再整備などを進める計画を打ち出しました。それが2005年から2008年にかけての話です」

西口改札を出て徒歩3~4分に位置する地下道。奥に踏切がある(撮影:倉本菜生)

向日市にとって、東西を簡単に行き来できる通路の整備は長年の課題だった。市民の多くも、この時点では計画に賛成していたという。

「2017年には駅直結の駅ビル(※上層階はマンション)を整備する計画が公表されました。ところが2020年2月、再開発事業の一環として、現在のタワーマンション建設計画が新たに発表されたのです」

この方針転換に対し、住民からは「東口の開設整備だけで十分であり、タワーマンションは不要だ」とする意見書が提出された。

しかし――。

「JR西日本からは、『タワーマンションの建設が認められなければ、東口の開設は行わない』と回答がありました。駅周辺の整備とタワーマンション建設が一体のものとして扱われたのです。公共性の高いインフラ整備と、民間の開発事業が一体化してしまっている。住民にとっては、選択の余地がない形で計画が進められたといえます」

街の富裕化・人口増加が招く「都市難民」問題
低層住宅が立ち並ぶ駅周辺、左が建設中のタワーマンション(撮影:倉本菜生)

さらに中島弁護士は、タワマンが街にもたらす影響について警鐘を鳴らす。

「今回の建設地の周辺には、木造の低層住宅が多く立ち並んでいます。そうしたエリアに大規模なタワーマンションが建つケースは、全国的にもあまり例がありません」

そのうえで指摘するのが、「ジェントリフィケーション(都市の富裕化)」の問題だ。

「今回のマンションは、低層階でも数千万円台、高層階では1億円を超える金額で販売されるでしょう。富裕層が流入すれば地価が上昇し、周辺の家賃や店舗の賃料も高騰する。結果として、もとから住んでいた中間所得層や低所得層が住めない街になってしまいます。

都市の富裕化でもっとも不利益を受けるのは、社会的弱者の人たちです。東京や大阪ですでに起こっている現象が、京都でも発生してしまう。これを見過ごしていいのかという危機感があります」

都市インフラへの影響も無視できない。タワマンによって人口が一気に増えれば、鉄道の混雑や保育所、学校の不足といった問題が生じる。実際にタワマンが乱立する武蔵小杉駅(神奈川県川崎市)近辺では、急激な人口増加にインフラ整備が追いつかず、鉄道の混雑が深刻化した。

今回の計画でも、約1000人の人口増加が見込まれており、公共施設や生活基盤の整備が追いつくのかは不透明だ。

「建物そのものの持続可能性も課題です。タワーマンションは大規模修繕や建て替えの際に住民の合意形成が難しく、長期的な維持管理に課題を抱えやすいとされています。こうした問題が十分に検討されないまま開発が進めば、都市難民を生み出しかねません」

中島弁護士は「持続可能なまちづくり」の一例として、京都から近い兵庫県神戸市を挙げる。

「神戸市は三宮周辺を『都心機能誘導地区』に指定し、高層マンションの建築を制限して、都市機能の質を高める方針を打ち出しています。このように受け皿となる街の整備を考えず、単純に人口を増やすこと自体が目的化してしまうと、都市機能はいずれ崩壊してしまいます」

自治体をまたぐ景観問題と緩和の潮流
完成予想図(J.GRAN TOWER 京都向日町公式サイトより)
完成予想図の方角を京都駅の屋上よりガラス越しに撮影。中央の建築物が東寺(撮影:倉本菜生)

今回の計画で最大の論点となっているのが、景観への影響だ。中島弁護士は「京都を象徴する眺望が大きく変わる可能性」を指摘する。

「完成予想図にも描かれている東寺の五重塔は約45メートル。一方で今回のタワーマンションは約128メートルです。京都駅周辺からの眺望は、タワマンが視界を大きく占めることになるでしょう。背後に広がる山並みの景観にも影響が及ぶおそれがあります。

しかし京都市の景観条例は、行政区域を越えての適用はできません。向日市も独自に都市計画を定める権限を持っているため、京都市が直接介入することはできないのです」

景観には境界がないにもかかわらず、規制は自治体ごとに分断されている状況。この問題に対し、中島弁護士は市民にもっと関心を持ってほしいと訴える。

「京都市民であっても、『それはおかしいよ』と声を上げる余地はあると思います。今回の審査請求は現状、向日市の住民だけで行われていますが、京都市民も、たとえば、自身の景観利益が侵害されるおそれがあることなどを理由として、審査請求を行う適格が認められる可能性は考えられます。

もっと多くの人が問題意識を持って参加することも、住みよい街を守る取り組みのひとつになると考えています」

向日市だけでなく、京都市自身も変化の途上にある。京都駅周辺の建物の高さ制限を、現行の31メートルから最大60メートルへ緩和する方針が、有識者会議の意見書として取りまとめられ、市に提出されたのだ。承認されれば、駅前開発が急速に進む可能性がある。

景観を守るための規制と、都市の発展を促す開発。そのバランスをどう維持すればよいのか。向日市で進むタワマン計画は、「京都らしさ」や「まちづくりとは何か」を改めて問いかけている。

■倉本菜生
1991年福岡生まれ、京都在住。龍谷大学大学院にて修士号(文学)を取得。専門は日本法制史。フリーライターとして社会問題を追いながら、近代日本の精神医学や監獄に関する法制度について研究を続ける。主な執筆媒体は『日刊SPA!』『現代ビジネス』など。精神疾患や虐待、不登校、孤独死などの問題に関心が高い。X:@0ElectricSheep0/Instagram:@0electricsheep0