母親に娘の死を18年隠し「最大80万円」の仕送り受領も…6歳女児コンクリ詰め事件の“惨すぎる真相”
筆者は、前編・後編に分けて、悲惨な事件の一部始終を紐解いた。しかし、この裁判で明らかになった事実は、現代社会に課題を残すものでもあった--。
改めて事件を簡単に整理する。事件は約19年前の、2006年12月下旬から翌年1月上旬頃に起きた。被害者は岩本玲奈さん。2000年10月26日生まれで、当時6歳だった。
事件の約3か月前から、玲奈さんの叔父にあたる飯森被告に引き取られ、交際相手のA(死体遺棄の罪で公判中)らと一緒に生活していた。玲奈さんと母親は、飯森被告の父親のB(死体遺棄の罪で不起訴)の家で生活していた。だが、2004年に玲奈さんの母親が消費者金融からの借金を返済するために、働きに出ることに。Bだけでは、玲奈さんを育てきれなかったことから、飯森被告が引き取ることになった。
「かわいい、大好きな姪でした」(被告人質問から・以下同)
しかし飯森被告は、徐々に玲奈さんの生活態度などに嫌気がさしてきた。
「愛情はあるんですけど、(玲奈さんが)いるのがしんどくなってきました」
飯森被告は、玲奈さんに対する苛立ちを抑えきることができず、自宅で暴行を加えて、死に至らしめた。その後、飯森被告の供述によると、玲奈さんの祖父にあたるBから「お前が処理せえ」「コンクリートに詰めようか」と遺体の処理を指示されたという。
八尾市内にあるBの家の2階で、玲奈さんの遺体をコンクリ詰めにして長年放置。それから約18年が経過した2024年11月。飯森被告によると、ふたたびBの指示で、新たに借りた長屋に運んだ。
その後、管理人が不審なコンクリの塊を発見し、警察に通報したことで事件が明るみに出た。
◆同情論を覆す“金銭受領”の衝撃事実
一見すると、飯森被告が玲奈さんの母親やBから翻弄されていたようにも感じる。実際、SNS上では飯森被告に同情する声もあった。しかし、法廷で検察側が強く追及した、“まったく同情できない事実”もあった--。
「『風俗店で働くことは父親に黙っていてほしい』と言っていました。住み込みで働くと聞きました」
そう言い残して、玲奈さんをBの家に置いて一人で家を出て行った母親。飯森被告によると、2〜3か月後に「仕送りをしたい」と連絡がきたという。その後も、何度も会っていたようだ。
「会った時には、お金と(玲奈さんの母親が)玲奈に服や物を買っていて、それを預かっていました」
玲奈さんの母親は、働きに出た後も実の子供を気遣っていたように感じる。そのペースは「2〜3か月に1回だった」とのことだが、その額も明らかになった。
「少なくとも28万円くらいで、多いと80万円くらいでした。80万円は1〜2回です。(玲奈さんに)洋服を買ったり、遊びに行ったり、病院代にしていました」
検察側は、飯森被告の犯行後の悪質性を立証するためなのか、その後も法廷で強く追及する。
「玲奈ちゃんが亡くなった後も、お金は受け取っていましたか?」(検察官)
「受け取っていました」(飯森被告)
◆玲奈さんの写真は「渡されへん」
飯森被告が玲奈さんの母親と会っていた際に、交際相手のAも一緒だったこともあったという。仕送りは2018年頃まで続いた。玲奈さんが生きていれば18歳、成人になる年だった。
飯森被告は、一度も玲奈さんが亡くなっていることを伝えたことがなかった。
