「父親(玲奈さんの祖父B)と僕と○○(交際相手A)と3人で内緒にしておこうと約束したので……。父親が会わせるなとも言っていたので」

 玲奈さんが死亡する2か月前にも、飯森被告は会っていた。

「(玲奈さんの母親は)毎年、誕生日プレゼントを買ってきて渡してくるので」

「玲奈に会いたい」と飯森被告は懇願されたというが、「会わされへん」と言って断っていた。

「会えないなら写真だけでも」とお願いされたこともあったが、飯森被告は「渡されへん」と断った。

 玲奈さんの母親は、この時点で違和感を察したのだろうか。飯森被告によると、それ以上追及してくることもなかったという。最後まで玲奈さんの母親には、実子の命が絶たれてしまった事実を伝えられることはなかった。

◆祖父の影響か、責任転嫁か…供述に残る闇

 一方で飯森被告は、死体遺棄事件については不起訴になった「Bの指示によるものだ」と繰り返し供述している。この裁判で、Bの証人尋問は行われておらず、真相は定かでない。

 事件当時、「出頭しようと思う」とBに表明していた飯森被告。しかし、さらなるBの遺体処理の指示を断ることはできなかったのか--。その背景には「ネグレクト」が影響しているのかもしれない。飯森被告は明かす。

「母と僕を全裸でベランダに出すと、父親から水をかけられたりしたことがあります」

 さらにBも「暴力的な人物だ」と、やや諦めたような口調で若い頃の記憶を振り返る。

「父親も短気な人で怒りのコントロールができないので、手の出し合いになることもありました」

◆少女が“存在しない子”となった衝撃の経緯

「(処理)平成16年9月2日 事実調査による職権消除」(開示文書から)

 翻って、この事件は「社会の責任」も浮き彫りにした。

 玲奈さんの出生届が提出された八尾市は、居住実態が認められないとして、住民基本台帳から職権で抹消されていた。わずか3歳で、行政上の“存在しない子”とされていたのだ。

 住民基本台帳法に基づいた手続きだが、抹消されると、自治体からは健康診断や公立小学校の就学通知などの行政サービス全般が受けられなくなる。

 当初は「大好きな姪だ」と感じていた飯森被告。玲奈さんが置かれた状況を案じて「市役所に相談しよう」とも考えたが、結局しなかった。

「相談するところがわからなかったので。父親に(相談するように)言ったことはありました。まとめて一回聞いてくれると約束してくれたんですけど、結局聞くことはありませんでした」

◆飯森被告は「家」という漢字すら書けなかった?

 さらに、飯森被告は中学校を卒業しているものの、ほとんど登校しなかったとのこと。それが相談できなかった一因でもあると話す。

「自分は学がないので、字を書いたりするのが苦手で……。(届出などの)手続きするのが苦手という面がありました」

 実際、裁判中に法廷のモニターに、飯森被告が手書きした地図が映し出されたが、「家」という簡単な漢字すら書けないのか「○○のいえ」と記載されていたほどだった。

 ネグレクトに社会問題など、“負の連鎖”が交錯しつづけた事件。残忍な犯行は、どんな理由があろうと許されない。飯森被告は、最終陳述で「罪を償い、玲奈のことを思い忘れずに生きていきたいと思います」と更生の意欲をみせた。

文/学生傍聴人

【学生傍聴人】
傍聴歴7年、傍聴総数1000件超。 都内某私立大の大学院に在籍中の現役大学院生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴をはじめ、有名事件から万引き事件など幅広く傍聴している。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行なっている。