両親を看取り、ひとり暮らしの72歳。物忘れが増えてきた。ある日、銀行でおろした生活費を封筒に入れ、テーブルの上に置いておいたら…
厚生労働省が65歳以上の高齢者を対象にした令和4年度(2022年度)の調査によると、認知症の人の割合は約12%、認知症の前段階と考えられている軽度認知障害(MCI)の人の割合は約16%とされ、3人に1人が認知機能にかかわる症状があることがわかっています。この忘れっぽさは加齢によるものか、生まれ持った性質か――。木島慶子さん(仮名・高知県・無職・72歳)は、ある日、銀行で生活費を引き出した後……。
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ずぼらな性格と相まって悲惨な事件が勃発
古希を迎えて間もなく、同居していた両親が相次いで他界した。私は一人っ子で未婚。いとこたちはみな遠方で身近に頼れる者はおらず、独居となって話し相手もいなくなった。そのせいか以前に比べて物忘れが増え、将来が不安でたまらない。
定年退職したのは、今から12年前になる。趣味の旅行や美術館巡り、講習会への参加など、この先の人生を思い切り楽しむ計画を立てていた。
その矢先、足腰に少し不安があった父が車で自損事故を起こし、大腿部を骨折して入院。手術、リハビリの手続きや見舞いなど、高齢の母に代わって私が請け負うことになり、夢の計画は吹き飛んでしまったのだ。
ある日、面会に行くと介護士さんから、「お父さま、まだ要介護認定を受けていないの?」と言われた。父に尋ねると、「受けたほうがいいと前にも言われたことがあったけど、忙しくて時間がなかった」。
80代半ばの父が忙しいなんてことはないので、実際は忘れていたのだろう。すぐに要介護認定を申請してリハビリに励んだ結果、自宅に帰ることができ、杖をつけば近所のスーパーに1人で買い物に行けるまでに回復した。
この苦い経験を味わったせいか、母は父に「慶子が一人残されたら大変だから、この際、自分の荷物はきちんと片づけなさい」と、口を酸っぱくして何度も言った。父は「まだ早い」の一点張りで、その後も転倒や内臓疾患などで入退院を繰り返し、生前整理なんてすっかり忘れたままあの世へと旅立った。
そして母自身も、遺影だけは私の知らない間に写真館で素敵に撮ってもらっていたが、日記帳や衣類などもろもろの荷物は、物忘れを装ってか、すべて残したまま風のごとく去っていった。なんともお気楽な人たちである。
70歳を過ぎた私は体力も気力も衰え、病院にも通い、そして物で溢れた家を見渡すたび頭を痛めている。
足腰を鍛えるために、できるだけスーパーや量販店へ歩いて買い物に出かけているが、必ずと言っていいほど何かしら買うのを忘れ、帰宅してから思い出す始末。家を出るまでは覚えていたのに、とショックを受けることも多くなった。
母が健在の頃は「買い物はメモを持って行きなさい」とよく言われたものだが、面倒臭さが先立ち、いまだ実践せず、このありさま。
ただ一つ、物忘れの対策に繋がっている私の相棒が「日記帳」だ。これは日記とは名ばかりの備忘録で、日々の出来事以外に、病院の予約日や町内会の行事、来客のスケジュールなど先の予定も書いておく。
それでも昨今は、どうかすると書き忘れてしまうこともあり、先日もやらかしてしまった。買い物に行こうと玄関を出ると、同じ自治会の組の人たちが草むしりをしているではないか。
「アレ?」と不思議に思い尋ねると、「今日はうちの組の清掃活動日よ」とのこと。日記につけ忘れたせいで、まったく頭になかったのだ。慌てて途中から参加したが、危うく罰金を徴収されるところだった。
そんななか、最大の悲劇が訪れる。私はお金にずぼらな面があり、物忘れと相まってとんでもない事件を起こしてしまったのだ。
ある日、銀行のATMで生活費をおろし、使い古した封筒に入れて持ち帰った。そして封筒をテーブルにポンと置いたまま一休み。のんびりお菓子を食べている間にお金のことはすっかり忘れ、「なんでこんな汚い封筒が置いてあるの?」と、半分に破ってゴミ箱に捨ててしまったのだ。
しばらくしてハッと気づいたときには、大切な生活費は見るも無残な姿。銀行で交換できたのでことなきを得たが、以来、おろしたお金はすぐ財布にしまうように心がけている。
一人暮らしの友人と励まし合いながら
振り返れば、両親も私も昔から物忘れがひどかった。「言った」「言っていない」、「頼んだ」「頼まれていない」などと、よくケンカしたものである。
3人とも日記は几帳面につけていたのに、「今日は何をしたっけ」と、両親から聞かれるのはしょっちゅうだった。年を重ね、認知症を発症するのではないかと不安が募る日々。
時々連絡を取り合う友人やいとこには、「私が変なことを口走ったら遠慮せずに教えてよ」と頼んでいるが、「お互いさまよ、みんないい年なんだから」と笑って流される。私にとっては笑いごとではないのに。
そんななか、先日、友人のMちゃんが「物忘れがひどすぎて自分に自信をなくした」と、悲しそうに言った。彼女は買い物に行く途中、お気に入りの漬物を路上販売しているところに遭遇して購入、包んでもらった漬物を自転車のカゴに入れてスーパーへ。
買い物を終えて自転車に戻ると、見覚えのない袋が入っている。「誰かが間違えて入れたに違いない」と考え、スーパーに落とし物として届けた。
家に帰って「今日は美味しい漬物があるぞ」と機嫌よく夕食の準備を始めたものの、肝心の漬物がない。そこでやっと、「あの袋こそ、私の漬物だった!」と気づいたという。
話を聞いて思わず笑ってしまったが、ほんの少し心配になった。3歳年上のMちゃんも私も、お互い一人暮らし。主治医からは「会話をすることも認知症予防になりますよ」とアドバイスされるが、家族でもない限り、そうそう頻繁に他人に電話をかけるのも憚られる。Mちゃんとは時々励まし合いつつ、物忘れ対策は今も模索中だ。
病院から帰宅したらすぐに次の予約日時を日記帳に書き留めるなど、小さなことからコツコツと。でも、そばに一人でもいいから誰かがいてくれたら、物忘れも減るのでは――と、ふと叶わぬ願いを抱く、72歳の私である。
認知症かな?と思ったら…
木島さんは70代になり、物忘れが進んできたかなと感じつつ、予定を日記帳に書き留めるなどの対策をしています。
ただ、「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」は違います。
認知症の早期診断・早期治療につなげるために、自分自身のほか、家族・同僚・友人など周りの人について「もしかして認知症では」と思われる症状に気付いたら、一人で悩まず専門医や専門家などに相談しましょう。
<認知症に関する主な相談先>
●地域包括支援センターなど
市町村などに設置されている地域包括支援センターなどの認知症に関する相談窓口を検索できます。
・厚生労働省「介護事業所・生活関連情報検索「介護サービス情報公表システム」」
https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/
●かかりつけ医
適切な専門医療機関への受診を誘導してもらうため、日頃から受診しているかかりつけ医に相談しましょう。
●医療機関のもの忘れ外来
かかりつけ医がいない場合は、医療機関のもの忘れ外来を受診する方法もあります。
・公益社団法人認知症の人と家族の会「全国もの忘れ外来一覧」
https://www.alzheimer.or.jp/?page_id=2825
●認知症の人と家族の会
・公益社団法人認知症の人と家族の会
https://www.alzheimer.or.jp/
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