じつは、ビッグバン後に数十万年も続いた「暗黒時代」…黎明期の宇宙から放たれた電磁波「21cm線」をたぐる、日本人研究者が語る「宇宙の謎」
著者に聞く第16回
「21cm線」で読み解く誕生後の空白「宇宙暗黒時代」とは
宇宙には、最初から星や銀河が輝いていたわけではない。ビッグバンの後、星も銀河も存在しない「宇宙暗黒時代」が長く続いていた。光がない宇宙を探る唯一とも言える手掛かりは「21cm線」。これは、宇宙初期に宇宙を満たしていた中性水素から放たれる、独特の電磁波だ。
21cm線はどのようなメカニズムで放射されるのか。なぜ、21cm線は初期宇宙を調べるのに適しているのか。21cm線から宇宙の何がわかるのか。21cm線研究の最前線で活躍する島袋隼士氏(雲南大学中国西南天文研究所(SWIFAR)副教授)に話を聞いた。
今回お話を聞いた方と、話題の著書
島袋 隼士(しまぶくろ・はやと)
1987年、沖縄県生まれ。雲南大学中国西南天文研究所(SWIFAR)副教授。2011年、東北大学理学部宇宙地球物理学科天文学コース卒業。2016年、名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻修了(理学博士)。フランス・パリ天文台、中国・清華大学でのポスドク研究員、雲南大学中国西南天文研究所副研究員を経て、2022年より現職。
専門分野は観測的宇宙論、特に宇宙暗黒時代から宇宙再電離期の21cm線に関する理論的研究。趣味は将棋、雲南省の名産である、きのこの食べ比べ。著書に『宇宙の謎に迫る! 中学生からわかる現代天文学』(技術評論社)。
*本記事で、インタビュー全編を収録した動画をご紹介します*
「宇宙暗黒時代」とは、いつ頃のことなのか
本書のタイトルは『宇宙暗黒時代の夜明け』です。「宇宙暗黒時代」とは、いつ頃の宇宙のことを指しているのでしょうか。
島袋隼士氏(以下、島袋):夜空を見上げればわかる通り、現在の宇宙には、たくさんの星や銀河が光り輝いています。
けれども、インフレーションやビッグバンといった宇宙誕生イベントの直後、さらにはビッグバンから約38万年後(宇宙が中性化した頃)でも、まだ星や銀河は存在していませんでした。
光を発する天体がなかったため、当時の宇宙は闇に包まれていました。そのため、ビッグバン直後の宇宙の時期を「宇宙暗黒時代」と呼びます。
中性水素が放つ電磁波「21cm線」
島袋先生は、宇宙暗黒時代などの探査のために、21cm線に関する理論的研究をしています。21cm線とはどこから発せられるどのような電磁波なのですか。
島袋:21cm線はその名の通り波長が21cmの電磁波です。中性水素から発せられる、ということが大きな特徴の一つです。
中性水素とは?
島袋:「水素」と言うと、水素原子が2つ結合した水素分子のH₂を思い浮かべる人が多いかもしれません。
中性水素は、一つの陽子と、そのまわりを回る一つの電子から成り立っています。宇宙暗黒時代の水素は、中性水素として宇宙空間全域に存在していました。
どのようにして、中性水素ガスから21cm線が放出されるのでしょうか。
島袋:陽子と電子は、どちらも「スピン」と呼ばれる量子力学特有の性質を持っています。
スピンは、しばしば上向き・下向きの矢印で表現されます。陽子と電子のスピンが同じ向きを向いている場合と、互いに逆向きの場合とでは、水素原子全体のエネルギーがごくわずかに異なります。
スピンが同じ向きにそろった状態は「トリプレット状態」と呼ばれ、逆向きになった状態は「シングレット状態」です。この2つを比べると、トリプレット状態のほうが、ほんのわずかですがエネルギーが高いことが知られています。
自然界では、よりエネルギーの低い状態のほうが安定です。そのため、水素原子は時間の経過とともに、スピンが平行な状態から反平行な状態へと移ろうとします。このとき、余分に持っていたエネルギーを外に放出しなければなりません。
中性水素原子の場合、そのエネルギーは電磁波として放出されます。その波長は約21cm。これが、「21cm線」と呼ばれる電波なのです。
水素の姿は宇宙の進化とともに変化してきた
21cm線は、宇宙の歴史を知る上で非常に重要な役割を担うそうですね。
島袋:水素は、宇宙で最も豊富に存在する原子です。銀河の内部はもちろん、銀河と銀河のあいだ、さらには一見すると何もないように見える宇宙空間にも広く分布しています。だからこそ、水素原子から発される電磁波は、宇宙空間全域を調べるのに適しているのです。
しかも水素は、宇宙誕生直後から現在に至るまで、ほぼすべての時代を通して存在し続けてきました。つまり、水素を観測することは、現在の宇宙だけでなく、過去の宇宙の姿を探ることにもつながります。
さらに重要なのは、「水素の姿は宇宙の進化とともに変化してきた」という点です。
ビッグバンの直後の暗黒時代には、水素は、陽子と電子が結びついた中性水素原子として存在していました。けれども、宇宙に星や銀河が誕生すると、それらが発する強力な電磁波により中性水素原子の電子が引きはがされ、水素は電離した状態へと変化していきます。水素が電離していく時期のことを「宇宙再電離期」と呼びます。
ここでポイントとなるのは、「21cm線を放射するのは中性水素原子のみ」という点です。電子が引きはがされた電離水素からは、この特徴的な電波は生まれません。
ところが、逆に言うと21cm線が観測されないことや、弱まること自体が、貴重な情報になる。宇宙のある特定の場所や特定の時代で21cm線が検出されなければ、そこには中性水素が存在していなかった、つまり水素が電離しているということが分かるのです。
宇宙の進化を一本の曲線としてあらわす
書籍の中に「21cm線グローバルシグナル」という単語が出てきました。
島袋:21cm線グローバルシグナルは、宇宙全体に広がる中性水素が放つ21cm線を「宇宙全体の平均」として捉えた信号のことです。これは個々の天体を観測するのではなく、宇宙そのものの状態を一括して読み取ろうとする発想に基づいた手法です。
通常の天文学では、星や銀河といった個別の天体を詳細に観測します。一方、21cm線グローバルシグナルでは、あらゆる方向から届く21cm線を平均し、その時代の宇宙全体に広がる中性水素ガスがどれほど冷えていたのか、あるいは温められていたのか、さらに最初の星やブラックホールといった光源が出現したかどうかをまとめて探ります。
この方法によって、宇宙暗黒時代から、宇宙に最初の星が誕生した宇宙の夜明け、そして宇宙再電離期に至るまでの変化を、21cm線の強弱として捉えることができます。すると、宇宙の進化を一本の曲線としてあらわすことができるのです。
たとえば、水素原子の電離が進めば、21cm線を放つ中性水素そのものが減少し、電波は次第に弱まっていく、という具合です。
* * *
宇宙誕生から最初の星が生まれるまでの「空白の時代」は、長らく人類にとって観測不可能な期間だと考えられてきた。しかし、21cm線という新たなツールを使うことで、暗黒の宇宙は次第に輪郭をあらわしつつあることが、本稿を読んでお分かりいただけたと思う。
続いては、21cm線を用いた具体的な宇宙探査の最前線や、ダークマターとの関係、そして、島袋氏が描く研究の目標について、話を聞いた。
続く後編では、21cm線を用いた宇宙探査の具体的例や、21cm線グローバルシグナルの観測最前線で起こった謎について、引き続き島袋氏に語っていただいた。
>>>*前編はこちら
21cm線を用いた宇宙探査の具体的な事例を教えてください。
島袋:21cm線は、とくに宇宙暗黒時代の探査で大きな力を発揮します。この時代の宇宙には、まだ星や銀河が存在しておらず、明るい「光源」がなかったからです。それでも、この時代の宇宙には、ビッグバンでつくられた大量の水素が満ちていました。
宇宙暗黒時代に夜明けをもたらす宇宙最初の星・ファーストスター誕生より前には、この水素のほとんどは中性水素として存在していました。そして、特徴的な電波、すなわち21cm線を放射しています。
つまり、宇宙暗黒時代には星や銀河からの光はありませんでしたが、中性水素から出る21cm線が存在していたのです。
ダークマターはこの時代にすでに存在していたと考えられています。その正体は依然として謎に包まれていますが、21cm線を観測することで、その分布や性質を間接的に探ることが可能です。
ダークマターの密度が高い領域では、重力によってさらにダークマターが引き寄せられ「ダークマターハロー」と呼ばれる天体が形成されます。ダークマターハローの重力に引かれて中性水素も集まっていきます。
ダークマターそのものは電磁波を出さないため直接観測できませんが、中性水素が放つ21cm線を通して、その背後にあるダークマターの分布を浮かび上がらせることができると考えられます。
ダークマターの候補としては、WIMPや原始ブラックホール、アクシオン、ALPなどが挙げられます。これら異なるモデルは、それぞれ宇宙に異なる「密度の揺らぎ」を生み出すと考えられています。そして、その揺らぎは中性水素ガスの分布にも反映されます。
もしダークマターの密度揺らぎが抑制されていれば、その領域では宇宙の構造形成が抑制され、中性水素ガスも集まりにくくなります。その結果、観測される21cm線の信号も弱くなると予想されます。
2025年11月には、東京大学の戸谷友則教授が、ダークマターが放出した可能性があるガンマ線を検出したという論文を発表して話題になりました*。21cm線研究と関係はありますか。
*東京大学発表「天の川銀河のハローから高エネルギーガンマ線放射を発見」
島袋:たとえば、WIMPのようなダークマターは対消滅により消失します。相対性理論的な考え方に基づくと、物質が消えたら、その消えた分のエネルギーが電磁波として放出されます。
戸谷先生の論文は、ダークマターが対消滅したときに生成されたと考えられるガンマ線を使って、ダークマターに間接的に迫るという手法を論じています。
このガンマ線はエネルギーが高い電磁波でもあるため、中性水素を温めます。すると、その中性水素から放射される21cm線に、ガンマ線の痕跡が残されます。
ダークマターの理論モデルによっては、放射されるガンマ線の量やその空間的な分布が変わってきます。そのため、その痕跡が中性水素に刻まれ、そこから放射される21cm線の特徴もダークマターの性質を反映させたものになります。
このように、21cm線に「揺らぎ」があるということは、それを逆算することでダークマターの性質に迫ることができる、ということに他なりません。
21cm線はファーストスターの性質を調べるのにも有効、と書かれていました。
島袋:ファーストスターは、宇宙に最初に誕生したとされる星のことです。
ファーストスターは、非常に強い紫外線を放ちます。この光は、宇宙空間に広がる中性水素に作用し、その性質を変化させます。その結果、中性水素から発せられる21cm線にも変化が及びます。
さらにファーストスターが一生を終えたあとに、その残骸として生まれたブラックホールや初期の銀河からは、X線が放射されます。これは、非常に強いエネルギーの電磁波で、周囲のガスを温めます。これもまた、21cm線の様子を大きく変化させる要因となります。
こうした紫外線による影響と、X線による加熱が組み合わさることで、21cm線グローバルシグナルには特徴的なくぼみ、いわば「谷」のような形が現れます。近年の研究では、このグローバルシグナルに現れる谷、すなわち強い吸収の深さや出現時期が、ファーストスターの典型的な質量や質量分布に強く依存していることがわかってきました。
たとえば、質量の大きなファーストスターが多い場合には、紫外線やX線の放射が強まり、グローバルシグナルの谷はより深く、しかも早い時期に現れます。逆に、軽いファーストスターが主流であれば、放射は弱くなり、谷は浅くなったり、出現が遅れたりすると予測されています。
21cm線を用いた宇宙探査研究で、現在わかっていることや最も謎とされる点について、教えてください。
島袋:21cm線をつかって宇宙再電離期や宇宙の夜明け、宇宙暗黒時代を探るという試みは、現在、理論的な研究が先行している状態です。まずは、それら時代の21cm線を観測する、というのが大きな目標となっています。
実は、21cm線グローバルシグナルを検出したかもしれないという報告が、2018年に米国のEDGESグループによってなされました。しかし、これが本当に21cm線グローバルシグナルかどうなのかは、今でも議論が続いています。観測装置の誤差や地上ノイズの影響ではないか、という指摘も少なくありません。
もしEDGESの検出が本物だとすれば、その意味はきわめて重大です。というのも、観測された信号の特徴が、私たちがこれまで築いてきた標準的な宇宙論や天体物理学の理論では説明できないからです。場合によっては、宇宙の基本的な理解そのものを見直さなければならなくなる可能性すらあります。
私としては、やはり根本の問題として、EDGESが検出したシグナルが本当に21cmグローバルシグナルかという点は考えなければいけないと思っています。
今後、研究で実現したい夢や目標がありましたら教えてください。
島袋:現時点では、初期宇宙で放たれた21cm線が本当に検出できているのか、確証はありません。ですので、やはり「これぞ21cm線グローバルシグナルだ」というデータが得られることが望ましいと思っています。
もし初期宇宙からの21cm線が観測できれば、それを手がかりに、宇宙暗黒時代や宇宙の夜明けに何が起きていたのかを、宇宙論の視点からも天体物理学の視点からも詳しく読み解くことが可能になります。
21cm線の観測は、ビッグバンから現在に至る約138億年の宇宙史を一貫してたどることができる、きわめてユニークな手段です。宇宙がどのように始まり、どのように形づくってきたのか、その全体像を把握できることに大きな魅力を感じています。
これからも、観測と理論の両面から21cm線の追究を続けていきたいと考えています。
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