米国向けマツダ・サバンナも発見 乾燥した大平原で見つけた日米欧の廃車 40選(中編) ジャンクヤード探訪記
マツダRX-3
マツダRX-3は1972年から1978年まで米国で販売され、同社のロータリーエンジンの評価を確固たるものにした。日本ではサバンナとして知られるモデルで、高回転型12Aロータリーエンジンを搭載。1970年代にモータースポーツでの実績を築いた。米国政府が義務付けた時速5マイル対応の安全バンパーから、この個体は1974年以降の生産されたものと推定される。現在特に人気が高く、リアの損傷が惜しまれる。レストア候補というより、部品取り車として使われる運命にあるだろう。
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マツダRX-3
リンカーン・コンチネンタル(1973年)
1973年、リンカーンは4ドアのコンチネンタルを4万5288台販売した。価格は約7230ドル。同じ金額でフォルクスワーゲン・ビートルを3台半買えた計算になる。だが、リンカーンには標準装備でエアコン、パワーウィンドウ、パワーシートが付いていた。それに加えて、全長約5.8mのアメリカンなボディが備わっているのだ。

リンカーン・コンチネンタル(1973年)
フォード・サンダーバード(1977年)
この1977年式フォード・サンダーバードは翼を折られた状態だ。フロント部分が隠れているため、どの程度のコンディションか判断しづらい。このモデルが登場した頃、サンダーバードは本格的なパーソナルラグジュアリークーペとなっており、後方から見てもその重厚感は十分に保たれている。

フォード・サンダーバード(1977年)
AMCイーグル
こちらもまた飛べない鳥、AMCイーグルのステーションワゴンだ。1998年以来走行していないが、驚くほどきれいな状態だ。厚い埃も頑固な汚れもなく、驚くべきことに塗装の褪色もさほど進んでいない。長年放置されたクルマであふれるヤードの中で、この1台だけは昨日停めたばかりのように見える。

AMCイーグル
インペリアル(1972年)
ウォラー・オートパーツの敷地全体が、適正価格なら一括で売却可能だという。この1972年式インペリアルも、その背後に広がる車両群も例外ではない。将来のオーナーがスクラップとしての価値だけでなく、歴史的価値も認めてくれることを願う。というのも4ドアのインペリアルは約5000ポンド(2273kg)の重量があり、かなりの量のリサイクル可能スチールになるからだ。

インペリアル(1972年)
シボレー・サイテーションX-11
シボレー・サイテーションX-11は、GMの前輪駆動コンパクトカーのスポーティ版だ。標準車よりシャープな走りを求めるドライバー向けに、硬めのサスペンションとV6エンジンを搭載している。X-11はサイテーション全体の生産台数のごく一部で、現存するものは少ない。この個体は、ここから約150km離れたカンザス州レオティのウェスタン・モーター社が新車時に販売したもので、驚くほどコンディションが良い。しかし、希少性が必ずしも価値に直結するわけではない。

シボレー・サイテーションX-11
シボレー・インパラ(1971年)
このV8エンジン搭載の1971年式シボレー・インパラ4ドア・セダンが今日まで残っているのは、地理的な条件によるところが大きいだろう。コロラド州ラマーの年間降水量はわずか15.9インチ(約400mm)で、全米平均の約38インチ(約965mm)、ニューヨーク市の約49インチ(約1245mm)と比べて極めて少ない。もっと湿潤な気候なら、このシボレーは数十年前に腐食していただろう。塗装は剥がれているが、車体構造は驚くほど無傷だ。

シボレー・インパラ(1971年)
ダットサン510
ダットサン510は、米国人の日本メーカーに対する見方を変えたクルマの1つだ。1968年に米国で発売されたこのクルマは、シャープな欧州風スタイリングに後輪駆動と独立懸架式リアサスペンションを組み合わせ、多くの米国産コンパクトカーを凌ぐハンドリング性能を実現した。手頃な価格、高い信頼性、そしてこのクラスとしては驚くほど精巧な造りが特徴だった。こうしたクルマこそが、日本ブランドを米国市場における有力な存在として確立する一助となったのだ。

ダットサン510
ダッジ・オムニ
この茶色のダッジ・オムニほど「クラシックカー」と呼ぶに値しないクルマも少ないだろう。欧州のクライスラー/タルボット・ホライゾンを米国向けにアレンジしたモデルで、1978年にクライスラーが前輪駆動コンパクトカー市場に参入した際の先駆けとなった。実用的で経済的、そして大量生産されたこのクルマは、憧れの対象というより日常の足だった。シートはすでに別の車両に移されている。どこかで誰かがオムニをまだ評価している証拠だ。残りの部分は、おそらく長い間引き取りを待つことになるだろう。

ダッジ・オムニ
フォード・フィエスタ
コロラド州の廃車置き場に1970年代のフィエスタがあること自体が珍しいのに、同じ黄色のフィエスタが2台並んでいるのは、ほとんど奇跡的だ。1978年から1980年まで米国で販売された初代フィエスタは、欧州で生産されたものの、米国主導によるグローバル・コンパクトカー計画の下で開発され、発売時には「驚きのクルマ(ワンダーカー)」と称された。軽量でシンプル、そして真に経済的なクルマだった。

フォード・フィエスタ
ポンティアック・ルマン(1966年)
この1966年式ポンティアック・ルマン・コンバーチブルは、同年に生産された1万5763台のうちの1台だ。ボンネットの下には、当時としては先進的なベルト駆動カムシャフトを備えたポンティアックの230立方インチOHC直列6気筒エンジンが搭載されていた。これは、ほとんどの購入者が選んだV8エンジンとはまったく異なる性格のエンジンだった。結果として、現存するOHC直列6気筒車は非常に希少である。

ポンティアック・ルマン(1966年)
プリマス・バラクーダ(1967年)
この1967年式プリマス・バラクーダ・ファストバックは、第2世代モデルの中で最も一般的なバージョンであり、同年に約3万5000台が生産された。したがって珍しいクルマではないが、この個体は驚くほど良好なコンディションに見える。リアフェンダーに錆穴はあるが、トリム、ガラス、メッキ部品はすべて揃っているようだ。1978年に事故車としてドンさんが購入し、現在の保管場所まで自走させた。

プリマス・バラクーダ(1967年)
オペル・カデット
コロラド州ラマーには当時、羽振りのいいオペルのセールスマンがいたに違いない。ウォラー・オートパーツの在庫車両を見る限り、その人はかなりのインセンティブを稼いでいたはずだ。筆者はさまざまな年代のオペルを少なくとも20台確認した。この1960年代後半のカデット2ドア・クーペもその1つだ。欧州のGMブランドであるオペルは、一部のビュイック販売店を通じて販売されていた。表面の錆はさておき、これはかなり状態の良い個体に見える。しかし、一般的なコレクターよりも特定の愛好家の間で人気があるため、まだ長期間保管されるだろう。

オペル・カデット
フォルクスワーゲン・ビートル
米国のどのジャンクヤードにも、フォルクスワーゲン・ビートルが少なくとも1台はある。ウォラー・オートパーツも例外ではなく、雑草の中に数台が点在している。この個体は屋根に重い物を載せたのか、大きなへこみがあるが、それ以外は比較的きれいな状態だ。
パネルの表面には錆が見られる。他の地域ならとっくに腐食してしまっているだろうが、乾燥したコロラドの空気の中では、朽ちるというより単に経年劣化しているだけだ。

フォルクスワーゲン・ビートル
(翻訳者注:この記事は「後編」へ続きます。)
