ぬいは、あなたの家になる。鼻の下で幸せの匂いを嗅ぐ、新井素子とぬいぐるみの愛しい共同生活
4,000匹以上のぬいぐるみと暮らす小説家・新井素子さんの日常がここに。「ぬい活」が一般化するはるか以前、「ぬい」という呼称を生み出し、社会からずっと変人扱いされてきた新井さん。「ぬいぐるみは生きている」と本気で確信し育んだ「ぬい」たちとの生活には、ただごとではない発見と幸せのヒントが詰まっていました。
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ぬいぐるみの魅力
って……なんかいきなり大きなテーマになってしまいましたが。
ぬいさんのどこが魅力的で何が素敵なのか……これは、書くまでもなく、ぬいぐるみに触れたことがあるひとなら、全員、了解でしょう。(自明にも程があろうというものだ。)
まず、可愛い。
これに文句があるひとは、いないだろうと思います。まあ、ひとの好みというものはありますけど……原則的にぬいぐるみって、必ず可愛く作られています。いや、存在意義が、そういうものだから。
うちでは、ずっと後に書くつもりですが、とある事情があって、今、ぬいさんの産児制限をしております。「とにかくうちの子を増やさない!」、これをスローガンにして、ぬいさんとの同居をやっております。
けど。これがほんとに難しいんだよー。
だから、今では私、昔は大好きだった、おもちゃ屋さんとかデパートとかぬいぐるみ専門店なんかには……行きません。(いや、行かないようにしてます。なるたけ、避けてます、甥っこの子供の為にベビー服なんか買う時も、ぬいぐるみ売り場が視界にはいったら、できるだけ踵を返します。まあ、でも、こういう売り場って、結構交差していますので、場合によっては、ぬいぐるみ売り場に近づいてしまうこともあるんですが……でも……できるだけ、そっちに近づかないといいなあって思いながら人生過ごしてます……って、どんどん言葉が弱くなってしまうのですが。)
いや、だって。ほんとのこと言って、行きたいんだよ、そういう処に。見たいんだよ、そういう処にいるぬいぐるみ達。そういうの、見ることができたら、それはどんなに楽しいだろう……って思うんだけど、同時に思ってしまうこと。
そういう処に行ってしまって、そこにいるぬいぐるみと目と目があってしまったら……きっと、アウトだ。そこで目と目があってしまうぬいぐるみがいて、「うわ」っとか思ってしまったら……きっと、私、その子を買ってしまう。買わずにはいられない……ような気がする。だって……本当に、すべてのぬいぐるみって、とんでもなく“可愛く”できているんだもん。ぬいぐるみって……存在論的に、そもそも、可愛いに決まっているんだもん。
ああ、ほんっとに、何だって、すべてのぬいぐるみは、あんなに可愛いんでしょう。これが、ぬいぐるみの最大の魅力であることは、論を俟たないと思います。
鼻の下で味わう“ぬい触り”
そして、それから。
肌触り。ふわふわ、ふかふか。とっても触り心地がいい。ぬいさんをほっぺたに押しつけた時の、あのふわふわ感、ぬいぐるみの種類によってはぷにぷに感。あああああ、この魅力に対抗できるひとなんて、まずいないんじゃないのか?
鼻とか。鼻の下とか。ここに、ぬいぐるみをあてがう。鼻の下って、手で触ってもそんなに敏感な感じはないのですが……ぬいぐるみをここにあてがうと、押し当てると……そして、ぬいぐるみの肌触りを、鼻の下の部分で味わうと。(ここ、人中っていうらしいです。多分人体の急所の一つなんじゃないかと……。)
ここ、人体の急所であるだけじゃなく、もの凄く、ぬいぐるみに対しての弱点みたいな気がしておりまして……ここに“ぬい”が来たら、もう、終わりだ。ここに、ぬいぐるみが来て、そのぬいぐるみの肌触りを味わってしまったら……これはもう……至福、です。
しかも、この肌触り。(私は、ぬいぐるみの肌触りのことを、“ぬい触り”って呼んでいるんですが。)
これがまた、変化するんだよなー。
最初にうちに来た時には、どの子だって、ふかふかでふわふわです。そういう“ぬい触り”です。でも、時間がたつと、それにつれて……。
まあ、あんまりふかふかじゃなくなってきますよね。ふわふわの毛が、何となく丸まってきて、ふかふかのぬい触りが、段々、ちょっとずつ、硬い感じになってきて……。
この変化が、また、愛しいんだよお。
それと。
鼻の下にぬいさんを押しつけると……まったく違う要素も発生してしまいます。
ぬいぐるみの匂い。
これまた、ぬいさんの魅力の一つです。
“携帯できる家”
私は。ぬいぐるみのことを、“携帯できる家”だって思っています。
普通のひとは、自分が生まれ育った家が、大体、好きだよね。(すみません、自分の家が嫌いなひともいるってこと、判ってはいます。けれど、そういう方は比較的少数派だと思うので、この場合、話題から外させていただきます。)そして、家には、“匂い”があります。たとえどんなに掃除が行き届いている家であっても、何となく、“そのひとの家の匂い”っていうものがある。そしてこれは、家によって、どこがどうって指摘できないんですけれど、まったく違う。これはもう、“悪臭”とか“いい匂い”なんてものとは違う……その家にだけ、ある、特別な“匂い”。
そして……これは、この特別な匂いは、その家に住んでいるひとが嗅ぐと安心できる匂い……なんじゃないでしょうか。
でも、家って、普通携帯できるものではないんです。
ところが。ぬいぐるみは、ほぼ、携帯できます。(実は、正確を心がけるのなら……携帯できないサイズのぬいさんもいます。うちの最大のぬいさん、ネプチューンという鯨は、全長二メートル半、ひれをいれた最大横幅一メートル五十で……うちのソファより大きいです。まあ、重さはそんなにはないんですが、それでも、私では持ち上げるのがしんどい重さ。まあ、ウェイトリフティングやってる方なら、ひょいって持ち上げることはできると思うんですが……とはいえ、このサイズのものを、携帯して歩くのは、どんなスポーツ選手でも、かなり不可能に近いのではないかと。)
そして、携帯できるという特徴を持ったぬいぐるみには、もう一つ、自分がいる場所の匂いを吸ってしまう、自分がいる場所の匂いになってしまうという特徴があって……ぬいさんがいて、そのぬいさんを鼻の下に押しつけ、その匂いを嗅ぐと……それは、ああ、“うちの匂い”だ。
これ、つまり。
携帯できる“家”ですよね。
私が旅行する時、ぬいさんを必ず携帯しているのは、これが理由です。
まあ、私は、実は自分の実家がそんなに好きではなかったのですが、その反動でか、結婚してからは、自分の家が、もう、大好き。好きすぎて好きすぎて、できることならずーっと家にいたいって思っちゃって、実際に結婚してからずっと、今でも、ずーっとずっと家にいて、旦那に“家虫”って呼ばれるようになってしまいました。だから、仕事でどこかに行く時、誰かぬいさんがついてきてくれると、これはもう、本当に嬉しい。
だって、ぬいさんに顔を埋めて、あるいはぬいさんを鼻の下にあてて、そこで匂いを嗅ぐと。そこにあるのは、大好きな、安心な、私の家の匂いなんだもん。
ぬいは、あなたの家になってくれる
あと、ちょっと。
話は違ってくるのですが、これ、一番感じたのは、“入院”した時でした。
私が最初に入院したのは、胸の手術をする為でして……。
これ、嫌だよね。そもそも、“入院”という事態が、嫌だ。できるなら、したくない。それに、手術というのも、とってもとっても嫌でした。これまた、できるならしたくないよね。
でも、手術をしなきゃいけないから、それがマストだから、私、入院することになった訳でして……。
まあ、五、六日くらいの入院でしたが(胸の手術って書いたけど、肺とか心臓とか、そういう生命維持に必需な器官の手術じゃなくて、乳腺関係のものだったのね。いや、これだって大切な器官なんだけどね)、この時私、うちのぬいさんを同伴しました。
入院して。「明日手術だから、今日お風呂にはいってね」なんて言われて、病院の浴室で体洗っている時、もう私には不安しかなくって。
けれど。十人くらいがはいっている大部屋だったんだけど、一応カーテンで仕切られている自分のコーナーにはいって。そこで自分のベッドにはいったら。そこにいるのは、私のぬいさん。
で、その子に顔を埋めて、その子の匂いを嗅いだなら。
……ああ。
ああ、これは、“うち”、だ。
これ程素敵なことって……他にはもうないと思います。
そのくらい。
ぬいぐるみって、素敵なものなんです。
だって、携帯できる、あなたの“家”なんですもの。
そうなんです。
可愛くて。
肌触りが最高で。
その上、あなたの家の匂いを保持してくれている……携帯できる、我が家。
それが、ぬいぐるみなんです。
ここまで魅力的な存在、他にある訳がないでしょう?
これが、ぬいぐるみの魅力です。
