韓国「尹錫悦」前大統領に“無期懲役”判決の衝撃…大統領の命運を“選挙”ではなく“裁判”が握る「司法統治」の危うさ
刑法上最も重い罪
韓国のソウル中央地裁は19日、2024年12月3日の“非常戒厳宣布”をめぐり、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領に内乱首謀罪で無期懲役を宣告した。検察は死刑を求刑していた。武装蜂起も国家機関の完全占拠も生じていない政治危機対応が、韓国刑法上最重犯罪の一つである「内乱」と認定されたのだ。韓国憲政史の転換点といってよいこの判決は、韓国社会に何をもたらすのか――。【在韓ジャーナリスト/吉田賢司】
***
【写真を見る】「50代でこの美貌!」とネットが騒然となった尹前大統領の妻、キム・ゴンヒ氏のビフォー&アフター。旧統一教会から高級バッグなどを受け取ったとして“実刑判決”が下された。
本来、内乱とは武装勢力が国家を転覆する行為を指す。韓国刑法も歴史的には軍事クーデターなどを想定してきた。

韓国刑法87条は、国家権力の排除・簒奪または憲法秩序侵害の目的で暴動を起こした者を処罰し、首謀者を死刑または無期懲役に処すると定める。91条は憲法秩序の侵害を、実力行使で国家機関の機能を消滅させたり、転覆を企てたりする行為を定義する。
要するに、憲法秩序侵害の「目的」と、暴動という「腕力」が結合して成立する犯罪なのだ。
ところが今回、裁判所はこの暴動要件を拡張したと言える。戒厳軍が国会に投入され、議員や補佐陣と物理的衝突が生じた事実、それ自体を「暴動」と認定したのだ。さらに軍出動の目的を国会機能の制圧にあったと認め、憲法機関機能侵害の故意を認定した。
この瞬間、韓国の内乱概念は「クーデター」から「権力行使の逸脱」へと転位した。
前述の通り、内乱は刑法上最も重い罪の一つで、当然、それに見合う明確な故意の証拠が必要とされる。だが裁判所の認定構造はそれとは異なった。決定的だったのは推認の積み重ねであった。
判決は、国会への兵力投入は憲法機関を麻痺させる意図の表れで、非常措置をめぐる言説は民主的手続きを迂回する計画を示し、指揮系統の配置は国家機関制圧準備を意味するという解釈を重ね、大統領の内乱意思を導いた。
そしてこれらの推認は、多くの争いのある証言証拠に依拠していた。
「朴槿恵弾劾」をめぐる既視感
検察側が描いたシナリオの核心は、戒厳下で国会を封鎖し、尹氏が自身の政敵を拘束する計画にあったとされる。
特に、核心証拠として引用された郭種根(クァク・ジョングン)前特殊戦司令官の証言は、先の憲法裁判所や刑事裁判で全体の筋書きは支持されたものの、逮捕の指示対象が「人員」か「議員」かという認識部分、上層部との通話経緯や指示表現の具体性、さらには尹氏による政治家の逮捕・射殺命令の有無などで供述が段階的に変化および拡張してきた。
もっとも、同一状況について他の軍指揮官が、「議員を引きずり出せとの指示はなかった」と反対証言を行っており、刑事法廷では郭証言の信用性が主要争点となった。
前707特殊任務団の金鉉泰(キム・ヒョンテ)大佐の供述も、部隊投入が国会封鎖を目的としていたとの主張を裏づける根拠として引用されてきたが、その後の証言では、国会内議員の逮捕について大統領からの命令は一切なかったと述べている。
ここに既視感がある。朴槿恵弾劾と後の刑事有罪である。
当時、「国政壟断」の核心証拠とされた一つが、朴氏の知人である崔順実氏が大統領演説などの機密文書をタブレット機器で受信し、国政に介入したという構図だった。その認定の主要根拠となったのが側近秘書官・鄭虎成の証言である。彼が崔に文書を送ったという供述は、国政介入の直接証拠として採用された。
ところが後の刑事裁判で行われた国立科学捜査研究院のデジタル鑑定は、崔氏が機密文書などをタブレットを介して直接受信していたとする構図は、技術的に裏付けることができないと結論づけられた。
また、最大の刑量を占めた「贈収賄罪」では、大手企業から直接受け取っていない財産であっても、大統領と関係のある第三者を介して提供された場合には、従来より広く「贈賄の対価」と見なされた。法理上の「不正な請託(黙示的請託)」の概念も、企業からの明示的な要求や物理証拠がなくとも、状況や関係性から利益供与がなされ、朴氏が実質的に利益を享受したと認められた。
もちろん朴政権をめぐる不正疑惑全体が虚構だったわけではない。だが憲法秩序破壊の象徴とされた核心証拠の確実性は、後に大いに揺らいだ。
政治権威が有権者から裁判所へ
ここには構造的な問題が潜んでいる。国家が危機的状況にあるとき、一貫性に欠ける証言や推認に基づく証拠であっても、判断の材料として採用されやすく、法理も柔軟に解釈されやすくなる。一度弾劾という政治的判断が確定すれば、後に証拠評価の妥当性が見直されても、その制度的帰結が覆ることはほとんどない。
尹氏の裁判では、同様の現象が再現された。
より深い変化は制度的仕組みにあると言える。韓国ではいま、大統領の政治生命が選挙ではなく裁判で決まりつつある。
朴氏は憲法裁判で弾劾され刑事裁判で有罪となり、約5年間にわたり自由を制限された。尹氏は刑事裁判で内乱の首謀者と断定された。そして現職の李在明大統領さえ、複数の刑事事件の帰趨に政治的運命を左右され続けてきた。
ここで押さえておくべきは、2025年5月、韓国大法院は当時、共に民主党の大統領候補であった李在明氏の公職選挙法事件において、無罪の原審を破棄し、ソウル高等裁判所に差し戻した。しかし、高等裁判所は公判を延期し続け、結局、判決を下さなかった。
さらにさかのぼれば、2023年、当時党首でであった李氏に対する偽証教唆関連の逮捕同意案が国会を通過したものの、裁判所は逮捕状を却下した。またもや、政治の命運を握ったのは選挙ではなく、司法の判断であった。
尹氏の内乱判決は、現職大統領も刑事捜査の対象となると判断した。在任中の刑事責任追及が可能という解釈は、李在明政権にも直接及ぶ。
比較政治学はこれを「司法統治(juristocracy)」と呼ぶ。政治権威が有権者から裁判所へ移る現象である。
韓国はついにその段階に入った。
国際比較でも韓国は特異だ。多くの民主主義国家では、違憲的権力行使は弾劾や職権濫用罪で処理される。民主体制が維持されたまま、選出大統領に内乱終身刑を科した例はほぼない。今回の事案では、武装蜂起も国家機関の完全占拠も憲法秩序崩壊も生じていない。それでも内乱無期となった。
憲法の限界への挑戦
判決を支持する側は「誰も法の上に立たない」と言う。だが法の支配は概念の厳密性も要請する。内乱と統治権力の逸脱を同一視すれば、刑法は政治闘争の最終兵器となる。そして一度拡張された犯罪概念は、ほとんど縮小しない。未来の政権も同じ基準で裁かれる。12・3戒厳令は、疑いなく衝撃的で、政治的安定を揺るがした。そして韓国憲法裁判所によって最終的に違憲と判断された。
しかし民主国家では、緊急権限の濫用という問題に繰り返し直面する。国内への軍投入、非常措置の発動、憲法の限界への挑戦――。そうした事例は、今日の米国を含め各国で見られる。特検側は死刑を求め2月25日に控訴した。
尹前大統領はすでに弾劾により職を失している。拘留されたまま数カ月にわたる精緻な捜査を受け、関連する軽微な罪では1月に有罪判決をうけている。
内乱罪は、暴力的な憲法秩序破壊という高い基準が満たされ、その意図が合理的な疑いを超えて証明された場合にのみ適用されるべきである。さもなければ、憲法危機は事実上、犯罪として定義されかねない。そしてその先例は、将来の政権にも受け継がれることになる。
吉田賢司(よしだ・けんじ)
「JAPAN Forward」ソウル駐在記者、翻訳家。米ウィリアム・アンド・メアリー大学で政治学専攻。
デイリー新潮編集部
