多くの銀河の中心部には、非常に重い「超大質量ブラックホール」があると言われています。特に重いブラックホールは、太陽の数百億倍の質量があるとされていますが、計測方法の問題から、その正確な質量は分かっていません。


リオ・グランデ・ド・スル連邦大学のCarlos R. Melo-Carneiro氏などの研究チームは、「宇宙の馬蹄(コズミック・ホースシュー / Cosmic Horseshoe)」という愛称が付いた構造物を調べ、その構造を作る主体となる銀河「LRG 3-757」の中心部にあるブラックホールの質量を計算しました。その結果、ブラックホールの質量は太陽の約363億倍(229〜562億倍)であると推定されました。これは、精度の良い方法で推定された、最も重いブラックホールとなります。


今回の方法による精度の高いブラックホールの質量の推定は、新たな望遠鏡の活躍次第では、さらに事例が増える可能性があります。


ブラックホールの重さを量るのはけっこう大変

多くの銀河の中心部には、太陽の数百万倍から数百億倍もの質量がある「超大質量ブラックホール」があるとされています。これほど巨大なブラックホールがどのようにしてできたのか、銀河の形成や進化とどのように関わっているのか……超大質量ブラックホールにまつわる謎は多くあり、現在でも研究が進められています。


超大質量ブラックホールの研究において大きな障害となっているものの1つは、正確な質量を推定するのが難しいことです。特に「最も重いブラックホールランキング」の上位にあるようなブラックホールの多くは、正確な質量が測定できていないと考えられています(後述する図3も参照)。大半の超大質量ブラックホールの質量は、ブラックホールの周辺でどれくらい恒星が一掃されているかや、ブラックホールが物質を吸い込む際に放出される放射エネルギーの強さのような、間接的な手段によって推定されています。


しかし、極端に重力が強い場所での天体やエネルギーの振る舞いは、正確には理解されていません。根拠となる物理学に不確かさが強いため、ブラックホールの推定質量はさらに不確かなものとなります。このため、ランキング上位のブラックホールが、本当に重いブラックホールであるのかは定かではありません。


【▲ 図1: ハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された「宇宙の馬蹄」と呼ばれるアインシュタイン・リング「SDSS J114833.14+193003.2」。(Credit: NASA & ESA)】

一方で「重力レンズ効果」と呼ばれる現象を使えば、ブラックホールの質量を正確に知ることができます。一般相対性理論では、重力は時空の歪みとして表現されます。光は普段なら空間をまっすぐ進みますが、重力による時空の歪みは光の進路を曲げます。光の進路の曲がり具合は、重力源の強さと距離から決定されますので、曲がり具合からの逆算で重力の源となる質量を推定することができます。


例えば、観測者の視線に沿って2つの銀河が重なるように位置している場合、奥側にある銀河の光は手前側の銀河の重力によって進路を曲げられます。まるで、凸レンズが光を集めるかのような効果を発揮するため、奥側の銀河の像は歪んだり分裂したりします。逆に言えば、像の変形を詳しく知ることで、重力源の天体の質量だけでなく、分布や大きさを知ることすらできます。精密な観測と計算を行えば、銀河の中心部にあるブラックホールの質量を、銀河本体の質量から切り離して推定することもできます。


このような精度の高い方法で計測された、最も重いブラックホールは、「エイベル 1201 BCG(Abell 1201 BCG)」という銀河の中心部にあるとされる超大質量ブラックホールで、その推定質量は太陽の約327億倍でした。


これに加えて、「恒星運動学」と呼ばれる手法もブラックホールの質量の推定に役立ちます。恒星の運動速度の上限は、ブラックホールの重力が強いほど高くなります。この手法はブラックホールの質量をかなり精度よく推定することができます。しかしこの手法は、恒星の動きが見分けられるほど解像度の高い撮影が可能な近くの銀河に限られており、何十億光年も離れた銀河に適用されたことはほとんどありません。


「宇宙の馬蹄」の中に巨大ブラックホールを発見!

リオ・グランデ・ド・スル連邦大学のCarlos R. Melo-Carneiro氏などの研究チームは、この研究手法を「宇宙の馬蹄」という愛称が付けられている天体に適用しました。地球から見てしし座にあるこの構造物は、2007年にスローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)によって発見されたことから、カタログ名である「SDSS J114833.14+193003.2(SDSS J1148+1930)」とも呼ばれています。


【▲ 図2: 宇宙の馬蹄の構造。中心となる銀河には「LRG 3-757」という別名があります。(Credit: NASA, ESA & Tian Li(University of Portsmouth))】

この宇宙の馬蹄は、少なくとも3つの銀河の複合的な構造であることが分かっています。(※)


・主レンズ(primary lens): 宇宙の馬蹄の中央に位置する、重力レンズ効果の源である銀河。「LRG 3-757」という独自の名前がついています。推定質量は太陽の約5兆倍。地球からの距離は約57億光年。
・接弧(radial arc): LRG 3-757の重力によって像が歪んだ銀河。宇宙の馬蹄の由来であるU字構造をしています。地球からの距離は約190億光年。
・放射弧(tangential arc): LRG 3-757の重力によって像が歪んだもう1つの銀河。すぐ近くにある弧と、その反対側の離れた位置の2つの像に分裂しています。地球からの距離は約171億光年。


※…地球からの距離は、全て「共動距離」(光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した距離)で表しています。距離の計算に使用したハッブル定数などの物理定数は、元論文の内容に基づいています。


特徴的なのは、中心の光を囲むようなU字構造の接弧であり、馬の蹄鉄に見えることが宇宙の馬蹄という愛称の由来です。このU字構造は、重力レンズ効果によって銀河の像が輪っかやそれに近い形状に歪んだものです。このような輪っかやそれに近い構造は「アインシュタイン・リング」と呼ばれています。宇宙の馬蹄は、発見当時は見た目の大きさが最大のアインシュタイン・リングだったことでも知られています。


しかし今回の主役は、目立たない像である放射弧と、中心部にあるLRG 3-757です。放射弧は、重力源であるLRG 3-757のすぐ近くにあるものと、遠くに離れたものとに分裂しています。この構造は、LRG 3-757の本体だけでなく、その中心部にあるブラックホールの重力によっても大きく変化するため、ブラックホールの質量の推定に大きな影響を及ぼします。


Melo-Carneiro氏らは、「ハッブル宇宙望遠鏡」による撮影画像を元に、通常の計算や理論モデルによるシミュレーションを行い、重力源の質量を推定しました。


これに加えて、「超大型望遠鏡VLT」に搭載された観測装置「MUSE(Multi Unit Spectroscopic Explorer)」による追加観測を行い、LRG 3-757にある恒星の運動速度を観測しました。今回の観測では、恒星の運動速度が平均して366±6km/sにも達していることが示されました。LRG 3-757は地球から約57億光年離れた位置にあることを考えると、この観測精度は驚くべきものがあります。


Melo-Carneiro氏らは、放射弧の像の分析と、LRG 3-757の恒星の運動速度に基づき、LRG 3-757の中心にあるブラックホールの質量を太陽の約363億倍であると推定しました。これはエイベル 1201 BCGの記録を上回り、精度の高い方法で計測されたものの中では最大のブラックホールとなります。また、LRG 3-757本体に対するブラックホールの質量の大きさも、他の銀河と比べてかなり大きなものとなります。


太陽の約363億倍という質量から計算すると、ブラックホールの直径(事象の地平面の直径)は約2150億kmにもなります。もしも太陽系におけば、冥王星が太陽から最も離れた距離(約74億km)のさらに14倍以上もの範囲が、ブラックホールの中に納まってしまうことになります。


巨大ブラックホールの発見は珍しくなくなる?

【▲ 図3: 重いことが推定されているブラックホール(BH)の一覧。ランキング上位に位置するブラックホールのほとんどは、その推定方法に由来するに大きな不確かさがあります。(Credit: 彩恵りり / タップまたはクリックで拡大)】

今回の研究結果は、活発に活動していない遠方のブラックホールの質量を正確に計測できたという点が重要です。銀河中心部にあるブラックホールは、活動していないことが多いため、放射の強さをもとにした精度が高くない推定すらされていないものが多くあります。


特に、今回観測されたLRG 3-757のような銀河は、周辺の銀河が全て合体してしまってそれ以上変化しない、銀河とブラックホールの進化の最終段階にあると考えられています。太陽の何百億倍もある超大質量ブラックホールは、銀河同士の合体で形作られたと考えられています。


この進化段階に達したブラックホールは、物質を吸い込んで活動を再開する見込みがありません。このため今回の研究は、今まで推定することができなかったブラックホールの質量を推定したという点で意義深いものがあります。


そして、LRG 3-757で見つかったブラックホールの記録は、案外すぐに更新されるかもしれません。たとえば、観測を開始したばかりの宇宙望遠鏡「ユークリッド」は、今後5年間で数十万個の重力レンズ効果による像を発見すると考えられています。また、建設中の「欧州超大型望遠鏡(E-ELT)」は、数多くの銀河の恒星の運動速度を精度よく計測できることが期待されています。新しい望遠鏡の活躍により、宇宙には巨大なブラックホールがゴロゴロ転がっていることが明らかにされるでしょう。


ひとことコメント

今回見つかったブラックホールは精度の高い計測方法では最大だけど、こんな発見が珍しくなくなるかもしれないよ!(筆者)


 


文/彩恵りり 編集/sorae編集部


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