「優勝に向けて落とせない」町田MF下田北斗が古巣の甲府戦に意気込み! 元同僚で新人時代の伊東純也を回想「変わらないと思うけど...」
青森山田を高校サッカー屈指の名門に育てた黒田剛監督を迎えた初年度で、いきなり躍進。台風の影響で10月14日に延期になった秋田戦が未消化で1試合少ない状況で、2位の磐田に勝点6差をつけて、首位に立っている。
クラブ初のJ2優勝とJ1昇格がはっきりと視界に入るなかで、10月8日に第38節で6位の甲府と対戦する。秋田戦を含めた残り6試合のうち、本拠地の町田GIONスタジアムで戦えるのは、甲府戦と同29日開催の40節・金沢戦の2戦のみだ。
2ボランチの一角で、精度の高い左足のキックを武器に、ゲームメイクやミドルシュートを披露し、豊富な運動量を活かした献身的な守備でも貢献。ここまで25試合で2得点をマーク。36節の長崎戦(6−0)では、豪快なミドル弾を叩き込んでいる。
そんな31歳の経験豊富なレフティに、2年間在籍した甲府でのエピソードを訊いた。
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――甲府加入のきっかけを教えてください。
オファーをもらったのが、大学4年生になる年でした。そのシーズン前のキャンプに参加して、キャンプ後にオファーをいただきました。森淳さんという甲府を知っている人ならば誰でも知っているような有名なスカウトの方に、評価していただきました。
その時の監督は今、(東京)ヴェルディを指揮している城福(浩)さんでした。練習に参加した時にサッカーが面白くて、ボールをつなぐ感じで。 僕に合っていると判断して、決めました。
――当時からボランチだったのですか?
大学の時は、ボランチをやっていました。プロに入って、甲府は当時、5−4−1のシステムで、ボランチで出ることもありましたけど、シャドーでも出ました。
――“プロの洗礼”は浴びましたか?
当時の甲府にはベテランの選手が、たくさんいました。今も現役の山本英臣さん、石原克哉さん、土屋征夫さん。35歳とか、さらに年上の選手たちです。そういった選手から、サッカーに対する向き合い方を学び、当然、ピッチ上でも上手でした。衝撃、刺激をたくさん受けましたね。
――2年目は、伊東純也選手ともチームメイトでした。
純也は、僕の1個下で入ってきた。その時から、今も多分変わらないと思うのですけど、飄々としていて。自分ができることを、ちゃんと理解して、そこに対しての絶対的な自信がある。天狗になっている感じではないものの、自分への自信は、すごくあったという印象です。プレーする時には、足が速いので、パスを出しやすかったです。
――甲府での2年間で得たものを教えてください。
プロとしての基礎、サッカー選手はこうあるべき、というか。たくさんの経験をしてきた選手がいっぱいいたので、そういった方々から学ぶものはたくさんありましたし、僕の基礎を作っていただいたという感じですね。
――甲府のファン・サポーターへの思いを教えてください。
0−1で敗れた11節のアウェーでの試合でも、甲府のゴール裏に挨拶に行った時に、温かい拍手や言葉をいただきました。僕自身も、感謝の気持ちを伝えられました。今度の試合でも、まだまだやれるというか、甲府を離れても、成長できている姿を見せたいです。
――クラブを離れて時間が経っていますが、今でもゴール裏に行かれるのですね。
