経済の危機的状況で多くの企業や労働者が苦しんでいる。どうすればいいのか。駒澤大学経済学部准教授の井上智洋氏は「ベーシックインカムを導入するべきだ。ピンポイントでの支援策では、すべての生活困窮者を救済できない」という--。

※本稿は、井上智洋・小野盛司『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/loveshiba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/loveshiba

■全員がより豊かになり、ほとんど誰も損をしない経済政策

コロナ禍で、多くの企業や労働者が苦しんでいます。失業者は増え、中小企業を中心に倒産が相次いでいます。GDPは激減し、日本経済が疲弊しています。コロナ対策としてさまざまな補助金や助成金が配られ、さらには特別定額給付金の10万円が全国民に配られましたが、まだこれだけでは全然足りません。そもそも、コロナ以前から日本経済の危機的状況は起こっていました。

コロナ禍によって、さらにそれが進行したということです。2020年末には、コロナの第三波がきました。2021年は、このままいけば悪化の一途をたどることは明白です。廃業する人や自殺する人もさらに増えていくでしょう。

この状況を打開するには、個人への継続的な直接給付「ベーシックインカム(※)」の導入が必要だと、本稿の共著者である日本ベーシックインカム学会理事の小野盛司先生と私は主張しています(支給額などについては、若干の相違がありますが)。赤ちゃんからお年寄りまですべての国民に、無条件にお金を配るという政策です。しかも特別定額給付金のように1回配ったきりではなく、継続して配る。

(※)ベーシックインカム(BI):政府がすべての国民に対して、就労や資産の有無にかかわらず、生活に最低限必要な所得を無条件に直接給付する政策。欧州では18世紀末から議論されてきたが、近年は既存の社会保障から漏れてしまう人々を救済し、格差貧困の深刻化への対応、近い将来に人工知能(AI)の発達で仕事が減少しうることなどに対する政策として世界的に注目を集めている。BIの導入に向けた社会実験も各国で行われている。

生活が苦しい人も、お金持ちも、中間所得層も、みんながより豊かになる。ほとんど誰も損をしない。しかも日本経済が復活する。そんな可能性を秘めているのがベーシックインカムです。

「国がすべての国民に直接お金を配る」ということは、どういうことなのか。配られたとしたら、どういう効果が期待できるのか。そして、それは実現可能なのか。これから順を追って説明していきます。

■企業より家計の収入を上げたほうがうまくいく

本稿で主張しているような「お金を新たに作って個人に直接配る」というのは「ヘリコプターマネー」などと呼ばれることもありますけれども、文字通りヘリコプターからお金をばらまくようなイメージです。そういう政策が必要だという話なんですね。

写真=iStock.com/flyparade
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/flyparade

個人に直接配れば、賃金が増えなくても収入が増えているから、生活は苦しくならない。しかもばらまくことによって個人の収入が増えるわけですけれども、その収入の増え方よりもインフレがひどくなることは一般的にはありえません。

なぜなら、配ったお金が全部使われるわけではなく、貯蓄に回す人もいるからです。その分、物価に対する上昇圧力というのは減ります。ですから「お金をばらまいたら、インフレが起きて生活が苦しくなる」という心配はありません。もちろん、ハイパーインフレを起こすほどばらまいてはいけません。

「企業の収入を上げるよりも、家計の収入を上げたほうがうまくいく」ということも言えます。企業の収入が上がっても、結局は内部留保などとして貯め込んでしまう。企業の持っているお金がどんどん増えても、人々の生活には反映されないという状況が、このところずっと続いていたわけです。

もっとも、今はコロナ不況で企業に対する支援も必要なんですが、そこをちょっと抜きにして考えると、いかに企業を支援して政府がお金を配ったとしても、結局はただ貯め込むだけで、賃金を引き上げる方向には向かないんですよね。デフレマインドが企業に染みついていますから。

■人々に直接お金を配ったほうが個人消費は伸び、実体経済が動く

ベーシックインカムや、今回みたいな現金給付といった政策に対する批判として「ばらまきは良くない」といった批判が出てきます。でも政府はこの間ずっと、企業に対してはばらまきをやってきているんです。日銀やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がETF(上場投資信託)を買って、株価をつり上げて……というようなことをやっているわけです。

それならば、人々に直接お金を配ったほうが個人消費は伸びます。実体経済は、そちらのほうがちゃんと動くでしょう。

日銀のETF買いを私は全面否定しませんが、あまり筋のいい政策ではないと思います。なぜなら、投資は儲かるも儲からないも自己責任ですよね。それを政府が儲かることを保証するのはいかがなものかと思います。それはちょっと不公平なんじゃないか。だったら、そのお金を普通の家計、人々の生活を守るほうに使うべきではないでしょうか。

もちろん「株価がダダ下がりして、マクロ経済が破壊されて、もう日本全体が立ち行かない!」というところまで行ったら、それはちゃんと救済するべきだと思いますけれども。そこまでいかないのであれば、ETF買いは実態をごまかしているだけ。温度計をゴシゴシこすって温めて、それで示す温度がギュッと上がって、「ほら、部屋が暖かくなったでしょ」と言っているようなものです。

要するに、順番が違うんですよ。実体経済が良くなれば株価も上がります。それなのに、株価だけ上げてどうするの? ということです。「温度計の温度だけ上げてどうするの? 室内をちゃんと暖かくしないと、どうしようもないじゃないか」ということです。

■ピンポイントではなく全体の救済から

一方、個人に対してはコロナ後に10万円の一律給付はやりましたが、今のところ1回だけで終わっています。2020年度の第1次補正予算には10万円の一律給付、特別定額給付金が含まれていました。しかしその後の第2次補正予算の中身を見てみると、生活を支えるための給付というのは、一律ではなくピンポイントでやっているんですね。

例えば、シングルマザーの家庭や、生活が苦しい学生、主にこの2つだけだったんですよね。私は「ピンポイントで困っている人だけ救済する」というのは非常に難しいことだと思っています。そうすると、政府が想定しているような“困っている人”以外は救済されないからです。

政府はそんなに万能でも、全知全能の神でもありません。救済漏れはいくらでも起きます。例えば生活に困っている一人暮らしのフリーターは、コロナによる休業手当てがもらえない場合も結構あるんですよね。正社員であれば、企業の要求で休まされた場合には、給料の6割以上の休業手当を払わなければいけないという決まりがあります。

しかし、フリーター、アルバイト、パートの場合は、そもそもシフトが入っていない状態にされて、休業手当てがもらえないケースも多い。その場合に、労働者が直接申請して支給を受けられるようになりましたが、手続きが難しいと思います。

それから、美容師さんやタクシー運転手さんなど、歩合制の仕事をしている人もコロナの大きな影響を受けました。失業はしていないものの、お客さんが来なくなって生活が苦しい。そういう人たちに対する支援策もない。

初めからピンポイントで狙い撃ちして救済するなんて無理な話です。包括的にまず救済してから、それでも救済しきれない人、困っている人がいたら、そこにピンポイントで行う必要があると思います。

これが、私がベーシックインカム導入を主張する最大の理由です。ピンポイントの救済は難しい。まず包括的な救済を行えば、ピンポイントで救う必要のある人の数もかなり減らせるでしょう。

■非常時ですら緊縮的なスタンスを拭いきれていない

それを今回のコロナのケースにあてはめると、追加の10万円給付を第2次補正予算にも盛り込むべきだったのです。この追加給付を政府が行わなかった理由というのは、“ケチケチ病”です。「お金をムダに使ってはいけない」といった気持ちが政府側の人々にあるのではないでしょうか。

“ケチケチ病”というのは、嘉悦大学の高橋洋一先生がよく使っている言葉で、もう少し真面目な言い方をすると「緊縮財政主義」です。緊縮的な考え方が染みついていて、こんな非常時ですら緊縮的なスタンスを拭いきれていない。「政府の借金が気になってしょうがない……!」という感じです。

これもマインドの問題なのでしょうか。個人にお金を配ることに対する抵抗感が、政府だけでなく一般の人たちにもあります。例えば「お金を配ったら、ムダづかいするに決まっているじゃないか」といった言い方をするわけですけれども、ムダづかいしてもいいんです。個人消費が伸びれば、消費が拡大して経済が回っていきます。しかも本人にとってはムダではなく、ほしいものを買うわけですから。

■お金を使っても消えてなくなるわけではない

政府が企業にお金を使うことに対してはあまり抵抗感がなくて、むしろいいこと、まともな経済政策だと思われています。それなのに、人々にお金を渡すことは「それは経済政策じゃなくて、ばらまきだ」と、とても悪いことのように思われています。そこのところから、まず考え直してみることが必要なのかもしれません。

「お金を使うと、消えてなくなっちゃう」と思っている人はかなり多いです。「お金は使ってもなくならない」ということを私はよく言うのですけれども、それに多くの人が驚きます。

石油などの資源と同じようにお金を考えてしまうタイプの人が、政治家や官僚の中にもいるんですよね。石油資源だったら使えばその分は消えてなくなります。でもお金は、使ってもなくなりません。マクロ経済について知識のある人は、一瞬「うん?」と思っても、すぐに「それはそうだよね」と理解してくれます。

私がお金を使ったら、私の手元からはなくなるけれども、そのお金は誰かの収入になります。カネは天下の回りものということで、どんどん所有者が移っていくだけで別にこの世からなくなるわけではないですよね。

■個人への直接給付はムダづかいではない

ですから「お金を使う」ということに関して、個人にとってのムダづかいというのは存在しますが、国全体がお金をムダに使うということは基本的にできません。国の中でお金の所有者が移っているだけで、消えてなくなってしまうわけではないんです。

井上智洋・小野盛司『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』(扶桑社)

そういう意味では金や銀にある意味近いですね。実際、金や銀がお金の役割を果たしていた時代もありました。しかし、今のお金は金や銀とも大きく違う特色があるんです。

それは、「お金は無から作れる」ということです。

つまり、紙幣を印刷すれば済む話です。そもそも今は紙幣ですらなく、ほとんどがコンピュータ上のデータでしかありません。「キーストロークマネー」と呼ばれることもありますが、キーボードを叩けばお金は作れてしまうものなのです。

でもそれができるのは、政府中央銀行と民間銀行だけです。個人はできません。あるいは、できたとしても普通は流通しません。日本円を作れるのは、政府中央銀行と民間銀行だけです。

金や銀ですらないただのデータなのですから、お金も無から作り出してどんどん使ってもらえればいい。それによってみんなが使いすぎればインフレになるので、「じゃあインフレにならない程度にしましょう」と調整すればいい。そもそも、国の目標として緩やかなインフレ好況にしたいという状況です。

----------
井上 智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部 准教授
早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』(日経BP)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版)、『MMT』(講談社)など。
----------

(駒澤大学経済学部 准教授 井上 智洋)