世界最大の飲料メーカー、コカ・コーラは200以上の国で500以上のブランドを毎日19億杯以上提供している。なぜ長年、世界の市場でトップの座を守り続けられるのか。その背景には、いつ、どこで、誰が、どうやって、どんな飲み物を飲んでいるかを常に調べデータを収集するAIの存在があった--。

※本稿は、バーナード・マー、マット・ワード、安藤貴子訳『世界のトップ企業50はAIをどのように活用しているのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

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■多種多様な世界の市場を相手に今なおトップの座を守り続ける

世界最大の飲料メーカー、コカ・コーラは、ダイエットコーク、コカ・コーラゼロ、ファンタ、スプライト、ダサニ、パワーエイド、シュウェップス、ミニッツメイドをはじめ、500以上のブランドを毎日19億杯以上提供している。

この会社のすべてを動かしているのが、ビッグデータとAIだ。デジタル・イノベーション担当グローバル・ディレクターのグレッグ・チェンバーズはこんなふうに述べている。

「人工知能はあらゆる業務の基盤です。私たちはインテリジェントな経験を創出します。その経験に力を与える核となるのが人工知能なのです」(※1)。

■いつ、どこで、誰が、どうやって、どんな飲み物を飲んでいるのか

世界中でソフトドリンクを販売するための「ワイルドカード」はない。コカ・コーラ製品は200以上の国で売られているが、人気のフレーバー、好まれる砂糖やカロリーの含有量、優先されるマーケティング手法、ブランド別のご当地競合企業はそれぞれの地域によってちがいがある。

そのため、すべて地域の市場でトップを守り続けるには、膨大な量のデータを収集・分析して、500種類のブランドのうち、各地域の消費者に選んでもらえる可能性が高いものはどれかを決定しなければならない。いちばん定評のあるブランドでさえ、その味は国によって異なる場合があるのだ。そうした地域ごとの好みを知るのは、とてつもなく骨の折れるタスクだ。

コカ・コーラは毎日大量の飲料を自動販売機で提供している。最新の販売機では、まずタッチスクリーン画面にふれてほしい飲みものを選び、次に各種のフレーバーの「ショット」を追加してカスタマイズすることができる

「ある特定の設置場所で好まれそうな製品やフレーバー」を重点的に販売できるように、AIの導入を開始したのだ(※2)。味だけではない、AI自販機は、ショッピング・モールならばカラフルにして楽しい印象を与え、ジムならパフォーマンスの実現にフォーカスし、病院の場合は外観をより機能重視にするなど、設置される場所に応じて「雰囲気」を変えることだって可能だ。

■ツイッターやインスタグラムでの「コカ・コーラ」ネタを収集把握

さらにAIは、ソーシャルメディアを解析して、「顧客がいつ、どこで、どうやって製品を消費するか」や「特定の地域で人気の製品はどれか」を知るのにも活用されている。

いまや、消費者の9割以上がソーシャルメディア・コンテンツを参考に購入の意思決定をしている。そうした現状を考えれば(※3)、数十億の顧客がフェイスブックやツイッターやインスタグラムなどで、コカ・コーラ製品についてどんな話をし、どんな情報をやりとりしているかを把握することは、マーケティング戦略にとって不可欠だ。

そこでコカ・コーラは、12万を超えるソーシャル・コンテンツとのエンゲージメントを分析し、顧客のデモグラフィック情報や顧客行動、製品を話題にしている傾向についての理解を深めた。

写真=iStock.com/Rich Legg
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そのほかに、ロイヤルティ・プログラムのための確実な購入証明にもAIが用いられている。商品を買ったことを証明するのに、ボトルキャップに印字された14桁の製品コードをウェブサイトやアプリに手動で入力しなければならなかったときは、そのわずらわしさから、当然ながらプログラムの普及は進まなかった。

プログラムの参加者を増やそうとコカ・コーラは、「スマートフォンで1枚写真を撮れば購入が証明できる」画像認識技術の開発に取り組んだのだ。

■アイスティーの写真を見つけたら、アイスティーの広告を

コカ・コーラは、自社の製品がソーシャルメディアでどんなふうに取りあげられ、シェアされているかを知るために、37の「ソーシャル・センター」を設け、データを集め、分析をして知見を抽出している。目指すのは、ポジティブなエンゲージメントの創出に効果的なコンテンツをより多く作成することだ。

バーナード・マー、マット・ワード、安藤貴子訳『世界のトップ企業50はAIをどのように活用しているのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

以前なら、そうしたコンテンツをつくるのは経験豊富な人間の仕事だった。けれどもコカ・コーラは、ソーシャルメディアのデータをもとに、広告やソーシャル・コンテンツを製作できる自動システムの開発を積極的に検討している(※4)。

さらにコカ・コーラは、「潜在顧客の可能性をうかがわせるような写真」をソーシャルメディアで共有しているユーザのターゲティングを行っている。具体的な例をあげると、画像認識アルゴリズムが、「おいしそうなアイスティーの写真」を見つけたら、それらを投稿した人々がアクセスするウェブサイトやアプリに、自社ブランドのアイスティーの広告が表示されるようにしたのだ(※5)。

特定の個人がアイスティーを好み、友人と画像を共有するソーシャルメディアのアクティブ・ユーザの可能性があるとアルゴリズムが判断したなら、その人たちを広告のターゲットにすれば、広告費を有効活用できる確率が高い。

■ここでは「チェリー・スプライト」が「ペットボトル」で売れる!

自動販売機から収集されたデータをAIアルゴリズムで分析し、世界中に数十億いる顧客の購買習慣のちがいを、コカ・コーラはより正確に理解できた。

このようにして得られた知見を、コカ・コーラは新製品に関する意思決定にも活かしている。たとえば、米国で「チェリー・スプライトというテイスト」を「ペットボトルという容器」で販売すると決めたのは、その戦略が奏功する可能性が高いことがデータから明らかになっていたからだ(※6)。

写真=iStock.com/Valerie Loiseleux
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チェリー・スプライトの販売に踏みきったあとは、ソーシャルメディア投稿のエンゲージメント指標の解析によって、顧客の心に響き、製品の売り上げ増加をもたらすソーシャル広告を生みだすことができる。

それらの手法を組みあげることで、世界各国で実施されている各種ロイヤルティ・プログラムの顧客エンゲージメント率は上昇した。

▼ラーニングポイント
・複数の国で数百種類の製品を販売する場合、顧客行動は市場ごとに著しく異なると考えられる。そのちがいがわかれば、ひとつのアプローチだけに頼るのではなく、それぞれの市場にふさわしい個別のマーケティング戦略を立てるのに役立つ。
・グローバル・ブランドの場合、ソーシャルメディアから集められたデータ(ならびに、コカ・コーラの場合は自動販売機で得られたユーザデータ)は、膨大なうえに種々雑多だ。AIはそういった「膨大」「種々雑多」の構造化が得意であり、知見を抽出することが可能になる。
・AIの活用が進んでいるブランドは、マーケティングの意思決定のほか、新しい製品やサービスのデザインにも活用の範囲を広げはじめている。

▼出典
1.Venturebeat, Coca-Cola reveals AI-powered vending machine app
2.Digital Food and Beverage, Coca-Cola is Using AI to Put Some Fizz in Its Vending Machines
3.Nastel, Social Media Analytics At Coca-Cola: Learning From The Best
4.Adweek, Coca-Cola Wants to Use AI Bots to Create Its Ads
5.Digiday, How Coca-Cola targeted ads based on people’s Facebook, Instagram photos
6.Coca-Cola, Fountain Favorite: Sprite Cherry is First National Brand Inspired by Coca-Cola Freestyle

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バーナード・マー作家
国際的なベストセラー作家であるほか、人気の基調講演者、フューチャリストであり、政府や企業のビジネスとテクノロジーの戦略アドバイザーとして活動。IBM、マイクロソフト、グーグル、ウォルマート、シェル、シスコ、HSBC、トヨタ、ボーダフォン、T‐モバイル、NHS、ウォルグリーン・ブーツ・アライアンス、内務省、国防省、NATO、国連など、世界の有名な企業・組織に助言を行っている。執筆した書籍は15冊を超え、代表作に国際的なベストセラーとなった『Data Strategy(データ戦略)』『Big Data(ビッグデータ)』『Big Data in Practice(ビッグデータ実践編)』などがある。
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マット・ワードバーナード・マー・アンド・カンパニー リサーチ・リーダー
バーナード・マー・アンド・カンパニーのリサーチ・リーダーを務めている。リサーチとケーススタディのためのインタビューがおもな業務だ。『世界のトップ企業50はAIをどのように活用しているか?』をはじめ、バーナード・マーの記事の多くにかかわっている。
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(作家 バーナード・マー、バーナード・マー・アンド・カンパニー リサーチ・リーダー マット・ワード)