外出自粛や感染対策の影響で患者が激減し、各地の病院は経営難に陥っている。そこにつけ込み、暴力団などの反社会的勢力が「病院乗っ取り」を企てている。彼らはどうやって病院を乗っ取ってしまうのか。作家の黒木亮氏がリポートする――。
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■“冬の時代”が続く日本の病院

日本の病院経営は元々苦しかった。原因は、医療行為の対価として2年に一度厚生労働大臣が定める診療報酬が、巨額の財政赤字のため、低く抑えられていることだ。特に小泉政権時代(2001〜2006年)、3度の改定で診療報酬が約6.9%引き下げられ、赤字病院が続出した。

倒産も増えており、昨年の医療機関(病院、診療所、歯科医院)の倒産(負債1000万円以上)は45件に上り、2010年以降では最多となった。日本病院会など3つの病院団体の発表によると、今年4〜6月の3カ月間で全国の病院の66.6%が赤字に陥ったという。

不動産や人件費が高い都市部では、飲食代やホテルの宿泊料金は当然高くなる。ところが診療報酬は地域にかかわらず全国一律という硬直的な制度だ。都市部の病院は、普通にやっていたのでは採算がとれない。

このため患者1人に2、3分しかかけずに医者を猛烈に働かせたり、余分な検査をしたり、豪華な個室をつくって差額ベッド料金で稼いだり、儲(もう)からないわりに訴訟リスクの高い産婦人科や小児科を閉鎖したり、病院を中核として介護・福祉施設、検診センター、訪問看護ステーション、看護専門学校などの関連事業を展開し、そちらで儲けたりしている。

■病院を乗っ取るヤクザの巧妙な手口

経営センスのある医者ならそうした工夫もできるが、そういう医者はむしろ少数である。多くの病院が、診療報酬改定やコロナ禍でにっちもさっちもいかなくなっており、それを嗅ぎつけたヤクザが近づいていく。

筆者はヤクザが病院を乗っ取るケースをいろいろ調べてみたが、典型的な手口は次のようなものだ。

経営コンサルタントを名乗って、資金繰りに行き詰まった病院に接近し、診療報酬担保で当座の金を融通する。理事長の信頼を得ると、配下の人間を事務長や事務員として送り込み、「銀行と交渉しやすい」「もっと経営を改善する必要がある」など、さまざまな理由をつけて「社員」にする。ここで言う「社員」とは従業員ではなく出資者のことだ。

医療法人において、株式会社の株主総会に相当する最高決議機関は社員総会で、各社員は出資額とは関係なく(この点が株式会社と大きく異なる)1人1票の投票権を持つ。経営を任される理事は、社員総会によって任命され、任期は2年。ヤクザは、理事長にうまく取り入り、法律をよく分っていない理事長に「社員総会の議決権は出資額で決まるので、社員数を増やしても問題ない」などと嘘を言い、配下の人間を次々と社員にし、社員総会の過半数を握ると、経営権を奪う。形ばかりの新理事長には、あらかじめ確保してあった借金で首が回らなくなったような“不良医師”を据える。

■騙すのはあまりに簡単だった

いったん経営権を握れば、余分な検査や治療、診療報酬の水増し、生活保護の患者のたらい回し、診療報酬請求権の売り飛ばし、高額医療機器の売りつけやリース、手形や小切手の乱発、資産の切り売り、病院をつぶしてマンションを建設するなど、やりたい放題である。もっと単純なやり方もある。理事長の信頼を得て、印鑑(理事長印、銀行印等)や不動産の権利証を預かり、病院の役員(理事長)の登記を勝手に変えたり、小切手や手形を乱発して街金で割り引いたり、病院の土地建物を売り飛ばしたりする。

騙(だま)すほうも騙されるほうも「身も蓋もない」単純さで、もっと手の込んだことをやっているものと思って取材をした筆者は、拍子抜けした。逆に言えば、その程度の手口で足りるほど、医者は騙しやすい人種だということだ。

写真=iStock.com/Михаил Руденко
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■金勘定ができない医師ほど悲惨な目に

俗に「医者の世間知らず」と言うが、自分の病院の問題点すら把握していない理事長はざらにいる。その反面、最新の治療法や症例などを語らせると饒舌だったりする。要は、理事長になっても、医師は患者を治すのが第一と考え、経営は人任せにしているのだ。

とりわけ、借金をする苦労なしに親から病院を譲り受けた二世、普通にやっていれば儲かった古きよき時代の癖が抜けない年輩の医者、ワンマンで下の者の意見を聞かない医者ほど、そういう傾向が強い。

筆者が取材した医療系コンサルタントは「その手の病院は、コロナ以前から夢物語みたいな話に乗せられて、値段があってないような高額医療機器を値切りもせず、20億、30億の投資をやっていた。経営が苦しくなるのは当たり前」と話す。

また、医療法第46条が、理事長には医師か歯科医師でなければなれないと規定しているので、経営センスや世知のある医師以外の人材を理事長職に就けられないマイナス面がある。

■関西で暗躍した乗っ取り3グループ

かつて関西では「新田グループ」「島田グループ」「安田グループ」という3つの病院乗っ取りグループが暗躍していた。一番有名なのは、「新田グループ」で、リーダーの新田修士は今年80歳になるが、詐欺、業務上横領、背任などで何度も逮捕、有罪、服役、出所を繰り返している。

1980年ごろから診療報酬を担保にした貸金業を営み、それを突破口にして数十の病院に食い込み、弁天橋病院(当時、新潟市)や水野病院(同、大阪市)を乗っ取った。穏やかだが能弁で、医療実務、不動産取引、金融などにも詳しく、態度は堂々としていたという。現在、これら3大グループは瓦解し、小規模グループが群雄割拠している模様だ。

2019年11月末の時点で、全国の8288の病院のうち、国公立の病院は1240あり、全体の約15%を占める。民間病院に比べると規模は大きく、平均病床数は279である。国公立の病院は地域医療を支えるという役割のために不採算部門も維持しなくてはならず、また親方日の丸的な体質も少なからずあるため、民間の病院より赤字病院が多い(例えば都立の8病院は毎年約400億円の赤字を出している)。

しかし、こういう国公立の病院にはヤクザは近づかない。

土地・建物は国や自治体が所有し、予算は議会の承認を要し、医師、看護師、職員などすべてのスタッフは公務員で、国や自治体の職員も少なからず派遣されている。したがって、民間病院のように世間知らずの理事長一人を篭絡すればことがすむわけではないという難しさがある。

■徳洲会と「いたちゅう、とだちゅう、あげおちゅう」

ヤクザによる乗っ取りとは別に、不振病院の救済合併は増えている。

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現在、日本を二分する巨大病院グループは徳洲会と中央医科グループだが、彼らは不振病院を吸収しながら成長してきた。

徳洲会は、鹿児島県徳之島出身の医師で、現在はALS(筋萎縮性側索硬化症)で闘病している徳田虎雄が「失敗したら自殺して保険金で返す」と銀行から金を借り、創設したグループだ。北は北海道から南は沖縄県まで71の病院を有し、自ら建設した病院が多い。

一方、中央医科グループは、北海道出身の医師、中村哲夫が1956年に東京・板橋区に5床の診療所を立ち上げたところから出発した。関東を中心に約130の病院と、それ以上の数の介護・福祉施設、訪問看護ステーション、看護・医療学校を有する国内最大の病院集団だ。

旗艦病院は板橋中央総合病院、戸田中央総合病院、上尾中央総合病院の3つで、経費が安い地方の病院の収益を吸い上げ、最新設備を装備し、業界では「いたちゅう」「とだちゅう」「あげおちゅう」の略称で呼ばれる。

その他、葵会グループ、カマチグループ、平成医療福祉グループ、大坪会グループ、北九州病院グループ、ふれあいグループ、国際医療福祉大学(高邦会)グループなどが病院買収に積極的である。

■見捨てられた公立病院を次々に吸収

ヤクザが手を出さない国公立の病院のうち、国や自治体が立て直しを断念した病院を譲り受けているのは、こうした医療機関だ。

カマチグループは2017年に品川区東大井の東芝病院を譲り受けたほか、佐賀県武雄市の武雄市民病院や埼玉県久喜市の埼玉県厚生農業協同組合連合会の病院などを譲り受けている。平成医療福祉グループ、葵会グループ、板橋中央医科グループは日本郵政から各地の逓信病院を譲り受けた。葵会グループは、神奈川県立の七沢リハビリテーション病院脳血管センターや川崎社会保険病院なども譲り受けている。

さらに警備サービスのセコムも医療分野に意欲的だ。医療法人に対する株式会社の出資は認められていない(出資持分ありの医療法人には出資できるが、議決権はない)が、株式会社が土地・建物・医療機器のリースその他のサービスを提供し、経営に近い関与をすることは可能だ。

セコムはこの方式で医療業界に進出し、経営破綻した旧・倉本記念病院(千葉県船橋市)の土地・建物を買収し、「セコメディック病院」とするなど、全国で21の病院(診療所を含む)と提携し、サービスを提供している。「セコメディック病院」に関しては、実質的な乗っ取り(経営権掌握)で、医療法に抵触しないのかと2007年6月の参議院財政金融委員会で議論されたことがある。

筆者は新刊『カラ売り屋、日本上陸』(KADOKAWA)で、カラ売り専業ファンドと病院買収グループの攻防を描いた。合法的な医療グループによる病院の乗っ取りは、ヤクザ以上に巧妙、かつダイナミックである。

■あらゆる手を使いヤクザは乗っ取りにくる

新型コロナ禍対策で政府の財政運営はますます厳しくなっており、病院“冬の時代”は今後も長く続きそうだ。ヤクザも手を替え品を替えしており、最近は、医療機関や金融サービス会社の背後にも反社会的勢力が潜んでいる模様だ。

黒木亮『カラ売り屋、日本上陸』(KADOKAWA)

先日も取材で、北海道のある病院が、反社会的勢力をバックに持つ別の病院グループに買収されそうになり、警察に相談したと聞いた。また資金繰りに窮しているのに乗じて、診療報酬請求権を年率60〜120%の法外な手数料で買い取る、ヤクザまがいの悪徳ファクタリング業者も現れている。

前述のとおり、ヤクザの病院乗っ取りは、常識があれば気づくことができる「オレオレ詐欺」レベルのものだ。したがって、医師会や警察が日頃から注意喚起するのが、一番の対策かもしれない。

新田グループに乗っ取られ、手形や小切手が山口組系のフロント企業に流れた弁天橋病院の元理事長は「恥は気にせず弁護士に相談を」と話している。

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黒木 亮(くろき・りょう)
作家
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、貿易金融、航空機ファイナンスなどを手がける。2000年、『トップ・レフト』でデビュー。主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。ロンドン在住。
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(作家 黒木 亮)