「ラウドルップの真似は誰にもできない」マドリーに“禁断の移籍”をした3人の名手を元バルサMFが回想【現地発】
「いずれもサッカー界に重要な足跡を残した人物だ。バルサを退団した理由は関係なしにね」と過去の禍根を抜きに、現在はクラブとトップチームのリレーションシップディレクターを務めるアモールに、3人の魅力と思い出について語ってもらった。
「シュスターは、後の私のキャリアに大きな影響を与えた。バルサに入団した頃、彼はまだ20歳に過ぎなかったけど、すでにベテランのような貫録溢れるプレーを見せていた。特にFK、パス、サイドチェンジとキックの精度が素晴らしくてね。それまで目にしたことのないような蹴り方をしていた。キックと展開力は格別だった」
同じく「特別な選手だった」と振り返るのがフィーゴだ。
「フィーゴはテクニックに加え、身体能力にも恵まれていた。スキルフルかつ重心の低いドリブルは、そんな彼の持ち味が活かされていた。人柄も気さくで、特にカンテラに在籍する選手たちには常に愛情深く接していた。試合中も相手にボールを取られそうになると、『俺によこせ』と真っ先に声を張り上げる選手だった。彼はバルサで幸せだったんだ」
2000年夏にフィーゴがマドリーに移籍し、その決断が「裏切り行為」として今なおバルサファンから非難を浴びているのは周知のとおり。その6年前に同様の決断を下しながら、そこまで遺恨を生まなかったのがミカエル・ラウドルップだ。
当時の監督、ヨハン・クライフとの関係は「これ以上我慢できない」と公言するほど冷えて切っていたこととも関係したのかもしれない。いずれにせよ、ラウドルップは、「キャリアの中でもっとも多くのことを学んだのがクライフだった」とも語っており、感謝の気持ちを忘れてはいない。
その魔法がかったようなプレーで当時の若手選手の間には多くのラウドルップ崇拝者が生まれたが、アモールもその一人だった。ラウドルップと言えばバルサで初めてファルソ・ヌエベ(偽の9番)を確立させた選手でもある。アモールはその役割をこう分析する。
