和食のファストフードの中心的存在、牛丼チェーン。熾烈な競争を繰り広げているのは価格だけではない。飲食チェーンに詳しい稲田俊輔氏は、「差別化の結果、吉野家、松屋、なか卯すき家の“牛丼四天王”の味にはそれぞれの個性がある」という--。

※本稿は、稲田俊輔『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

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■「和風ファストフード」というジャンルは牛丼から始まった

「和風ファストフード」という、飲食店のジャンルを示す言葉があります。多くの方にとって耳慣れない言葉だと思います。どちらかというと、飲食業界の用語ですね。どういう店を示すかというと「カウンター主体の小規模店舗で、和食・米飯をメインにメニュー数を絞り、安価かつクイックに料理を提供する食事主体店」。簡単に言うと「吉野家みたいなお店」です。

吉野家から始まったこのスタイルですが、その後を追うように類似の牛丼チェーンが勃興してきます。松屋、なか卯すき家などです。かつて「和風ファストフード」というのはほぼイコール「牛丼チェーン」を示す言葉でした。

しかし最近では牛丼店以外のチェーンも増えています。天丼をメインとする「てんや」、カツ丼の「かつや」などが代表的です。どちらも「もし吉野家みたいな天丼屋さんやカツ丼屋さんがあったら」という発想のもとに開発されたことは想像に難くありません。

さらには、ファミレスのガストの吉野家スタイル版とも言えるSガストや、現在はなくなったがCoCo壱番屋のFSココイチなど、和食以外の分野にもこの形態は広がりを見せています。

私がプロデュースする東京駅八重洲地下街の「エリックサウス」という南インド料理専門店は、チェーン店ではありませんがインド料理店としては前代未聞の、この吉野家スタイルを取り入れたお店です。いずれのケースでもこのスタイルは、席効率や提供効率を上げ、低価格でクイックに食事を提供するためにはたいへん優れた形態と言えます。

牛丼四天王、実は大きく異なるそれぞれの味

とはいえ、この和風ファストフードの中心はなんといっても牛丼です。先に挙げた吉野家、松屋、なか卯すき家牛丼四天王は、それぞれの個性で熾烈(しれつ)な競争を繰り広げていますし、そもそも牛丼の味からしてかなり違います。

なか卯牛丼はこれらの中でおそらく最も「濃い味」の牛丼です。かつてなか卯牛丼は最も薄味であっさりしていました。それもあって、なか卯が「和風牛丼」と銘打ってリニューアルしたとき、私はかなりびっくりしました。

牛丼なんだから「和風」なのは当たり前じゃ……と思いましたが、食べてみるとなるほど、それは「すき焼き丼」に近いもので、こってりとした甘辛い醤油味の、和の味わいが強調された商品でした。

すき家牛丼は、なか卯の和風牛丼が登場するまでは間違いなく最も濃い味の牛丼でした。すき家という店名の「すき」はすき焼きをイメージしてのものだと聞きます。後発チェーンとして、先行する各店と明確な差別化を図ったということだと思います。

またすき家は「3種のチーズ牛丼」など、牛丼にトッピングを施したアレンジ牛丼を最初に打ち出したチェーンでもあります。既成概念にとらわれない、ある意味やんちゃなその商品開発はすき家ならではの魅力かもしれません。

■ご飯がすすむ松屋、あっさり風味の吉野家

松屋の牛丼は、エリアによって320円の牛丼と380円のプレミアム牛丼の2種類ありますが、味の方向性には大きな違いはありません。なか卯すき家に比べると、ぐっと大御所の吉野家に近い、すっきりとした味わいです。

しかし吉野家と比較すると若干、醤油の風味と味わいが鋭角的に立ったバランスで、思わずご飯が進んでしまう仕様です。松屋は今や定食のほうがメインと言ってもいいような業態になっていますが、その定食のおかずに通じるものがある、とにかく米を食わせようという意思が牛丼にも表れているように感じます。実際、米の量自体もこのなかで一番多いのではないでしょうか。

吉野家は、最もあっさりとして、そしてまろやかな味わいです。味付けの主体はもちろん醤油ですが、それが突出することはありません。重要な隠し味が甘口の白ワインだという噂(うわさ)は昔からよく聞きますが、かなり信憑性があるとみてます。それもあってか、まごうことなき和風の味付けなのに昔ながらの丼物とは根本的に違う、都会的で洗練された味わいに感じるのです。

吉野家の味は変わらないが世間は変わった

私が初めて吉野家牛丼を食べたのは、30年ほど前だと思います。その頃から、体感的には牛丼の味はほぼ変わっていません。もっとも、これはよく言われることですが、長く続く店ほどお客さんにわからないように少しずつ時代に合わせて味を変えていくもの。吉野家もそうかもしれませんが、少なくとも私にとっては変わらない味です。

吉野家の味は大きくは変わっていませんが、それを取りまく世間の味は、実は大きく変わっています。簡単にいうと、この30年間で日本の食べ物の味付けは明らかに濃厚になっています。牛丼だけに限っても、後発のチェーン、後発の商品になるほど濃厚です。ラーメンも各種洋食も、そして実は和食だってそうなっています。

吉野家牛丼は、30年前なら「今日は味の濃いパワフルなものを食べたい」というときの選択肢だったような気がします。しかし今では逆に「今日は気持ちややあっさり目にしときたいな」というときの選択肢になっているように思うのです。

ある時期から吉野家では「つゆだく」をオーダーする人がとても多くなったといいます。また吉野家で周りのお客さんの様子を窺(うかが)っていると、紅生姜(しょうが)をてんこ盛りにしている人を頻繁に見かけるようになりました。どちらも、吉野家の味は好きだけどできればもっと濃い味で食べたい、と感じているからではないかというのは穿(うが)ちすぎでしょうか。

■30年前と変わらないお手頃な価格

牛丼のほかに変わっていないものがもう一つあります。それは価格です。私が最初に吉野家を利用し30年前の価格をいまでも覚えています。並盛400円、大盛500円、特盛650円。30年間上がるどころかむしろ少し下がっています。

一時期はライバル各社並盛290円のラインで戦っていたことすらもありました。さすがにビジネスとして成り立たないと最近では少し戻しても並盛は380円。消費者としてはもちろん安いに越したことはないとはいえ、これは健全なのだろうかと不安になります。

吉野家のメニューは8ページにもわたるという充実ぶり

稲田俊輔『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)

価格の安さは、牛丼チェーン同士の競争の熾烈さを物語っています。そしてその競争はメニューのバリエーションにも現れます。例えば定食類の充実ということに関しては、松屋の独壇場でしたが、吉野家も少しでも追いつけとばかりに定食メニューを充実させています。

牛丼にチーズを乗せたのはすき家による横紙破りともいえる大発明でしたが、吉野家はこれもちゃっかり取り入れました。かつて牛丼と牛皿とお新香、味噌(みそ)汁、ビールくらいで成り立っていた吉野家のメニューは、今はなんとブック形式で8ページもあります。

かつて吉野家は、男たちが忙しい仕事の合間に一人でカウンターに腰掛け、迷うことなく牛丼か牛皿を注文し、一気にかっ食らって颯爽(さっそう)と店を出る、そんなイメージでした。今では店は小ぎれいになり、サービスは洗練され、メニューは格段に増え、価格は周りの店に比べてさらに安くなり、結果、女性客やファミリー客も当たり前になりました。

吉野家コピペからにじみ出るオールドファンの声

幅広い客層が気兼ねなく楽しめる店になったことは、もちろんお店にとってもお客さんにとってもいいことですが、そこにかつてあったような独特な「粋」の世界のようなものが失われていることを嘆くオールドファンがいるかもしれません。

吉野家が変わっていく過渡期に、ネットであるコピペが話題になりました。「昨日、近所の吉野家行ったんです。吉野家。」と始まり「吉野家ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。」と主張するそのコピペを一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

それは、吉野家ならではの粋が失われつつあることを敏感に察知した一人のファンによる、ユーモアを隠れ蓑(みの)にした魂の抗議だったのではないかと今となっては感じています。

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稲田 俊輔(いなだ・しゅんすけ)
円相フードサービス専務
鹿児島県生まれ。関東・東海圏を中心に和食店、ビストロ、インド料理など幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)を経営する円相フードサービス専務。メニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛ける。イナダシュンスケ名義で記事をグルメニュースに執筆することも。ツイッター:@inadashunsuke
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(円相フードサービス専務 稲田 俊輔)