クスリ常習者、援交ギャル…ネットカフェ従業員が見た社会の闇! 「金八出身」のら猫役者の事件簿(2)

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久我未来--俳優。『3年B組金八先生 第4シリーズ』(1995〜96年/TBS系)をご覧になったことがある方なら、「あの、裏拳をとばされた生徒」として覚えているかもしれない。

あれから24年。39歳となるまで、役者、ミュージシャンとして頑張ってきた。当然、食えない時期もあり、さまざまな職業で糊口をしのいできた。なかでも、ネットカフェの従業員として働いていた頃には、かなりヤバい方々との緊密な交流もあったようだ。

刑事ドラマのなかでしかお目にかからないシチュエーションを、彼はどうやってくぐり抜けてきたのだろうか。

片手にスプーン、片手にライター……!?

ドアノブに手をかけるとき、皆様は躊躇するでしょうか?

目の前のドアを開くのは、恐いことではないはずですよね。ドアを開けば、新しい何かに出逢うことができますし、そこから新しい季節や希望の日々が始まるかもしれませんもの。

今回は、そのドアが、普通の人生を送っていらっしゃる方は一生出会うことのない、できれば出会いたくない非日常への扉になっていることがあるというお話です。

それは、僕が初めて、アルバイト先であるネットカフェのドアを開いてから1年以上が経ち、通常業務も身に付いて、「いらっしゃいませ」の発声もすっかり板についた頃のことです。

ネットカフェで働いていた頃。深夜勤務中。

常連様の1人に、ある男性がいらっしゃいました。年齢は、当時の僕より少しだけ上の27歳。彼は顔のいたるところに傷があり、前歯が2本ほど見当たらない。顔見知りになるうちに、職業を尋ねたところ「うん、金融!」とおどけた様子で笑っていた。金融は金融でも、光が当たらない方の金融だったのではないでしょうか。

深夜1時、店の電話が鳴った。受話器を上げるやいなや、ざらついた声が聴こえる。ガラの悪い、巻き舌の喋り方だ。

「おい、何が食いてぇんだよ?」

「……ええと、お客様はどなたでしょうか?」

「オレだよ、オレ。弁当屋にいるんだけどよ、えーっと、焼肉と白身魚のフライとハンバーグと……」

金融業者の彼は、ご来店の際にいつもお弁当を差し入れてくださるのです。「オレだよ、オレ」という、当時のニュースでよく聞いていた言葉に戸惑いながらも、お気持ちはありがたく、お断りするのも申し訳がなく、僕は差し入れをいただいていた。毎回、白身魚のフライ弁当を。

そんな深夜の風景が日常になりつつあったある日。お客様も少なく、店内は落ち着いていた。彼から差し入れていただいた弁当を食べ終わった僕は、トイレに向かった。満腹で気分が良かったせいだろうか。僕は何の警戒もせず、トイレのドアノブに手をかけてしまった。便座に、ひとがいた。

さきほど弁当を差し入れてくれた彼だった。

ズボンを履いたまま便座に座られている。片手には、スプーン。もう片方の手には、ライターが握られていた。目が、合った。

彼は言った。

「あっ」

僕は言った。

「あっ」

あまりに驚くと、ひとは「あっ」としか言えないのでしょうか。

僕は、目の当たりにしてしまったことの解釈に努めた。スプーンとライター。何に使うのだろうか。きっと、彼は大の甘党で、スプーンの上に砂糖を乗せライターで溶かしているのだ。甘党の彼は、耐えられなかったのだろう。弁当屋あたりから、きっと砂糖を握りしめて震えていたに違いない。そして、べっ甲飴を作ろうと試みた。トイレという限定的な環境の中で誰にも邪魔されずに。そんな彼に、僕が提供できること。それは、溶けた砂糖を冷やすための、冷水だ。べっ甲飴を作るための冷水なのだ。

スプーンをライターであぶるクスリ常習者。あぶっているのはヘロイン。カラメルのようにも見える。

……そんなわけないよな。スプーンのつぼ部分は、カラメル色ではなく銀色に輝いている。なんかもう、キラキラしてさえいた。

「あのさ。生き方に口は出さないけれどさ。店内では、やめて」

「お、おう」

甘党ではなく、悪党でした。

「えへへ」と、照れた笑いを浮かべてトイレから出てきた彼に、僕は個人的な意見と店員としての厳重注意を伝えさせていただいた。無邪気な笑顔で優しい一面もあり憎めない個性なのだが、顔中に広がる傷という傷が彼の過去を物語っていた。その日以来、お店で彼を見かけなくなってしまった。僕は、少し心配だった。

手紙の差出人の住所は、東京拘置所

半年後、留守番電話に聞き覚えのない声が残されていた。

「◯◯警察署の坂本です。」

なぜ、警察署から、僕に?

同じ坂本でも、桜中学3年B組の坂本金八先生とは正反対の、まったく情緒のない低い声は続けた。

「炙田井 匙男(仮名)のご友人の久我未来さんでしょうか。炙田井 匙男が面会を希望しています。」

アブリタイ サジオ……。誰だろうか。

面会を希望するということは、留置されている。留置されているということは、相応の罪を犯した人物だろう。僕は、白身魚のフライのザクッとした食感を思い出した。ああ、あの彼だ。だとしたら、罪状は? それ以前に、どうして連絡が僕に? 多くの疑問が頭の中を跳ねまわり、僕は受話器を戻すこともできなかった。

しかし、一介のネットカフェ店員でしかない僕を頼らざるを得ない状況なのだろうと思うと、いても立ってもいられなくなり、僕は初めて警察署への面会に向かった。強化ガラス越しに知人の顔を見る。二度としたくない体験だった。

数年後、刑期を終えた彼が、またお客様としてご来店されるようになった。僕は、胸を撫で下ろした。刑に服し、悔い改めてくれたのだろう。きっと、もう繰り返さないでくれる。白身魚のフライ弁当の味が懐かしかった。それから数ヵ月ほど通ってくださった彼だったが、またすぐに姿を見かけなくなってしまった。後日、郵便ポストを開けると殺風景な封筒が入っていた。差出人の住所は、東京拘置所。

封筒を片手に、僕は声を上げた。

「あっ」

東京都の最低賃金で働く一介の店員でしかないはずの僕が、なぜ、2回も犯罪容疑者との面会に行くことになってしまったのか。なぜ、トイレのドアを開けると未知なる展開が始まってしまうのか。

2回目の罪状は、特殊詐欺だった。いつも「オレだよ、オレ」からはじまる彼の電話にも、合点がいく。その罪状を知った僕は彼に幻滅してしまい、東京拘置所と僕の間を往復する手紙は次第に減っていった。

彼との交流は、僕の人生になにかプラスになることをもたらしただろうか。否だ! 僕はもう失敗しまいと、固く誓った。そして、ドアを開ける際には、より一層、気をつけようと。

「春を売る女」との奇妙な絆

それから数ヵ月が経ち、働き始めて3年めを迎えたネットカフェに変化が訪れました。本社のマンガ喫茶事業部の事業展開が決定し、それに伴い実験段階を終えた1号店であるその店舗を閉じることが確定した。

社員さんと共に、閉店前の撤去作業を行ったのですが、最後にトイレのドアを閉じるとき、少しだけ感慨深いものがありました。もちろん“もうトイレのドアを恐がらなくていい”と安心したのも事実です。

中央線から離れたくなかった僕は、沿線の店舗である2号店に異動を希望し、それから12年ほどそちらで働かせていただくことになりました。

こちらの店舗は、ほぼ全席が個室ブース。東京都の条例において、個室でのパソコンの使用には身分証明証が必要です。ご新規のお客様は、まず始めに会員登録から行うシステム。いわゆる、スタンダードなネットカフェですね。ご利用料金の未払いを防止するため、一時外出をされる際には身分証のお預かりをさせていただくのが原則です。個室は安価で脆い合板のパーテーションで仕切られており、スライドする扉の上下には法的理由により空間が設けられております。

ここから書かせていただくエピソードは、そちらの店舗での出来事です。

豊満な身体にフィットしたニットのワンピース。ラテン系パーマで彩られたロングヘア。その女性のお客様は、頻繁に“一時外出”をされる20代前半の御客様だった。軽やかに身分証を手渡して外出される彼女は、ちょうど4時間を跨ぐ前にお帰りになる。

あるとき、彼女が一時外出から戻らないまま、朝を迎えたことがあった。朝6時を過ぎたころ、疲れ切った顔の彼女が自動ドアから入ってきた。いや、帰宅と言ってもいいのかもしれない。遅い帰りを心配していた僕は、レジカウンターを挟み、少し長い会話を交わした。4時間の謎が解けた。

彼女は、春を売っていた。

いわゆる“援助してもらう交際”とのこと。僕が勤務するネットカフェのパソコンの前で、インターネットでお客から声がかかるのを待ち、交渉が成立すれば、お互いに決めたホテルに行き、仮初めの愛を提供するという生き方だ。

ネットカフェには、インターネットもあるし、いつ終わるかもわからない待ち時間をつぶすだけのマンガもゲームも溢れている。4時間という時間は、彼女が提供する短い春の長さだった。

「外出」

「はい、かしこまりました」

「今日、吉祥寺」

「そっか。気をつけてね」

こんな会話を繰り返すうち、僕らには奇妙な絆が生まれた。当時の僕は、腰までの長いドレッドヘアにしていたため、髪を束ねることが多かった。太いドレッドヘアを束ねるのには、ヘアゴムでは短く、すぐに千切れてしまう。お気に入りはヘアバンドを切ったものだった。

音楽活動をしていた頃。ドレッドヘアでした。「一番ヤバそうなのはおまえだろう」というツッコミもあるかもしれませんが、それは言いっこなし

ある日、僕は彼女に尋ねる。

「ホテルのアメニティグッズって、持ち帰れるのかな?」

「あ、できるよ。何がいいの?」

「ヘアバンドなんだ。できれば、ヘアクリップも」

「ああ、ドレッドだもんね。うちの彼氏もドレッドだから、わかる」

「なら、話は早い。お願いできる?」

「いいよ。今日、ホテルAだから。あそこのアメニティは、結構ちゃんとしてる」

ドレッドヘアはまとめるのがたいへんです。

それから毎回、彼女はアメニティを持ち帰ってくれるようになった。僕は付近のラブホテル事情に詳しくなり、彼女の危険な日常も知っていくことになる。

言うまでもなく、店員としての立場に見合った適切な発言をするべきかと悩んだ時期も長く続いた。しかし、売春婦としての誇りのような気高さを見ているうち、彼女の行為は一つの生き方なのだと悟った。彼女には何か、埋めるべき空白と理由があったのかもしれない。埋めるべきものが財布であったのか、それとも心であったのかは、僕にはわからないけれど。

性行為に及ぶカップルを止めるコツ

さて。お仕事として店外で性行為をされるのは個人の自由ですが、店内で性行為をされるお客様もいらっしゃいます。無論、違法ですし、店内におきましてもブース内で下着をおろす行為は原則禁止されております。ですが、ブースの中はプライベートな空間ですし、マンガ喫茶の開拓時代である当時は業界自体がグレーゾーンだった印象です。

お店側としましてもアダルト映像の閲覧サービスを提供しておりますし、運営会社としても暗黙の了解なのかもしれませんね。僕個人としての正直な気持ちは、応援したいカップル様も多くいらっしゃいました。しかし、現場をワンオペレーションで切り盛りせざるを得ない一介の店舗勤務者としましては、見過ごせないシチュエーションもございます。

なぜならば、予測もできない事態に発展する場合があり、それは決まって深夜帯。担当社員さんに電話を発信しにくいことも多々あるからです。

ペアシート席での性行為が周囲に知られた場合、一部のお客様がお店側にクレームを伝えてくださいます。適切なクレームは何よりのギフトですし、ご利用されるお客様の正当な権利であり、当然の道理ですよね。しかし、周囲のお客様のうちの大半の方が我慢をしてくださいます。働き始めて日の浅い頃は良心の呵責も感じなかったのですが、長年働かせていただいているうち、自身に不甲斐なさを覚えるようになりました。

ペアシート周辺では、まさかの事態が起こることもございます。それは、盗撮や覗き。第三者による、無限のネガティヴな結果を招くのです。

多くの場合が大学生の初々しいカップルさんなのですが、その初々しさゆえに愛し合う声が響き渡ってしまうこともあります。あまりにもお声と物音が目立つ場合、こちらから注意させていただくこともしばしば。

お声かけさせていただく際には、コツがあります。

まず、基本的にブースの扉はノックしない。お声かけするのは、男性にだけ。何らかの機会にブースから出られた男性の方だけにお声かけをする。その際は、丁寧にゆっくりと。

「お客様、お声の方が他のブースに聞こえております」

お客様が学生さんの場合、テンプレート通りのご注意は逆効果になることが多いため、間髪入れず意図的にフランクなお兄さんを演じます。

「女の子が可哀想じゃん? いや、僕も男だからさ、気持ちは解るんだよね。
この近くはホテル自体がないし、移動したらタクシー代がかかっちゃうしね。
なにより“今しかない!”って雰囲気、逃したくないもんね!
でもね、ここにはいろんなお客様がいるんだよね」

ここで真っ直ぐに目を見て、1人の人間同士として向き合います。誠心誠意、心を込めて。

「明日も朝早くから仕事で、少しでも寝ておきたい方。
早く休みたいのに、退社してからここで残業をしている方。
貴重な休日を、個室でゆったりと楽しまれている方。
お兄さんが注意させていただいている理由は、わかってもらえるかな?」

「はい、わかります。」

「どうもありがとう。本当に」

僕は、深く頭を下げる。

「すみませんでした、おじさん。」

「うん、おじさんじゃなくて、お兄さんね」

彼も、頭を下げてくださった。こういうケースでは大半の学生さんが、快くご理解してくださいます。少し打ちとけ合ったところで、僕は近隣のホテルを紹介します。

「店舗としましては、お客様にこのままご利用いただきたいのですが、他のお客様にご迷惑となる行為を見逃すわけにはいきません。
……しかし、お二人のご事情もあるでしょう。
ここから2駅先のK駅まで行くと、ホテルAがあります。あ、もう電車は終わってるか……。
あとは、隣の駅近くにホテルBがありますが、オススメは、ホテルAですね」

「そうなんすか?」

待っていましたとばかりに、僕は左の口角を上げて答える。

「あのホテルはアメニティがいいから、女の子に喜んでもらえるぜ」

行ったことのないホテルなのに、どれほどアメニティが充実しているかを僕は知っている。

トイレが詰まって汚水が溢れた情けない理由

それから、ブース内は静かになった。朝になり、入店時にはよそよそしく距離を置いていたお二人が手を繋いで帰っていく。自動ドアを出るとき、彼氏さんがこちらを振り向き、彼女さんにバレないように小さな会釈をしてくれた。彼女さんは照れくさそうに、彼の腕に顔をうずめている。良かった。きっとこれから、くつろげるところで愛を深め合うのだろう。

また、空が白み始めた。夜勤明けまで、あと4時間。まだ間に合う。新曲を書こう。レジカウンター下では、五線譜が出番を待っている。しかし、カップルさんの対応と多くのご退店のレジ処理・ブース清掃が重なり、自分の尿意を我慢したままだと気がついた。僕は何の警戒もせず、トイレのドアノブに手をかけてしまった。

「あっ」

トイレが詰まっている。何重にも巻いたトイレットペーパーが、どっしりと便槽に鎮座していた。汚水が溢れている。そうか。トイレはノーマークだった。確かにノーマークでしたよ。僕は無表情のまま、割り箸を割った。昆布巻きのような塊を、丁寧にほぐしていく。

中から、使用済みのコンドームが出てきた。

――僕は、ここにいていいのか。

目の前のドアを開くことは、恐いことではない。躊躇することはないはずなのです。ところが、ドアを開ける度に未知の世界に遭遇することが続き、このころの僕は、ドア恐怖症になる寸前でした。ドアを開けるのは、恐いです。躊躇します。

コンドームは便器に捨てないでください。割り箸で挟んだときの、その情けなさを想像してくださいって。

ドアを開けば、未知の世界に出逢えます。

ときに魔界へワープする扉ともなるネットカフェでは、ユニークすぎる個性との出会いにはことかきません。ワイルドなインバウンドさん、アグレッシブなヲタクさん、地縛霊さん……。次回もはりきって書かせていただきます。乞う、ご期待!