マドリー残留ではなくマジョルカへのレンタルを選択した久保。その理由とは?(写真はクラブの公式ツイッターより)。

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 今シーズンいっぱいはカスティージャ(Bチーム)でプレーさせて、スペインのサッカーに適応させる。

 というのが、FC東京から獲得した久保建英について、レアル・マドリーが思い描いていた当初のプランだった。

 しかし予想外の事態が起きた。久保のレベルが想像を上回っていたことだ。プレシーズンキャンプに続き、テストマッチでも才能の片鱗を見せ、次第にクラブ内でレンタル移籍を推す声が増していった。

 といっても、完全にコンセンサスが得られたわけではない。例えば、カスティージャを率いるラウール・ゴンサレス監督は、最終的な人事権はフロントにあるとしながらも強硬に反対した。

 しかし、残留かレンタル移籍かという最終判断は、久保サイドが決断すべきという結論に至り、以降はそれぞれの選択肢のメリットとデメリットについて詳細に説明しながら、話し合いを重ねた。ただこの時点で久保自身の気持ちは残留で固まっており、実際、一度バジャドリーに断りの連絡を入れている。
 
 しかしその後、この日本代表FWの気持ちに変化を生じさせる事態が2つ起きた。ひとつは、カスティージャの強化試合に出場したことで、2部Bのプレースタイルを肌で体験したこと。もちろん当初から彼も伝え聞いていたことだが、実際に激しい当たりやラフなタックルを受けて、そのインテンシティーの高さを思い知らされたのだ。また注目度の高い久保は、2部Bの選手にとっては格好の標的となり、その激しさに余計に拍車がかかる恐れがあった。

 もうひとつはEU外選手枠の問題だ。久保のマジョルカへの移籍が確定する時点で、フェデリコ・バルベルデとエデル・ミリタンが2枠を埋め、残りの1枠をヴィニシウス・ジュニオールとロドリゴの3人で争うという構図となっていた。ただでさえ最後のイスを巡る争いは熾烈ななか、現在移籍交渉をしていると取り沙汰されているネイマールが入団すれば、トップチームへの扉はほぼ完全に閉じられることになる。

 こうして久保の気持ちは、次第にレンタル移籍へと傾いていった。
 
 久保の武者修行先には、バジャドリーとマジョルカの2つの選択肢があった。ここで重要なカギを握った人物が、マジョルカのCEOマヘタ・モランゴだ。マドリーのゼネラルディレクターのホセ・アンヘル・サンチェスと久保サイドに頻繁に連絡を入れながら、マジョルカに移籍するメリットを伝えて説得を試みた。

 一方のバジャドリーも一度断られた後も、再度アプローチをかけていた。バジャドリーは、マドリーのレジェンドでもある元ブラジル代表FWのロナウドがオーナーを務めているが、それが久保の心を動かす決め手とはならなかった。

 バジャドリーは現時点で久保とポジションが重なるホルヘ・デ・フルートスをはじめ、ハビ・サンチェス、アンドリー・ルニン、マドリーから3人の選手をレンタルしている。ロナウドとマドリーのフロレンティーノ・ペレス会長との良好な関係を利用して、手当たり次第にカスティージャの有望株にレンタルの打診をしているのが実情で、彼らにとって、久保はそのひとりでしかなかった。
 
 対照的にマジョルカはこの俊英の獲得を最優先事項に掲げ、モランゴCEOは入団した暁には中心選手として起用する構想まで明言した。さらに昇格2年目のバジャドリーがセルヒオ・ゴンサレス監督の下で昨シーズンのチームを土台に組織作りを進めているのに対し、昇格したばかりのマジョルカはまだチームが固まっていない状況にある。当然、出場機会を求めて移籍を考えている18歳にとって、魅力的に映ったのはマジョルカのほうだった。

 マドリーの上層部も当然そうした事情は把握しており、こうして久保のマジョルカ入りの流れは加速していった。

 極言すれば、モランゴからビセンテ・モレーノ監督までマジョルカは総力を挙げて獲得に動いていたのに対し、バジャドリーはロナウドによる独断のオペレーションの域を出なかった。レンタル移籍を決意した時点で、久保がマジョルカを選んだのは、もはや自明の理だったのだ。

文●セルヒオ・サントス・チョサス(AS紙マドリー番記者)
翻訳●下村正幸