筒香は「金属バットが持つ弊害」について触れた【写真:Getty Images】

写真拡大

筒香が自身の経験から訴える「金属バットが持つ弊害」

 高校からプロ野球へ進んだ打者の多くが、プロ入り後にまず経験するのが、打球が思うように前に飛ばないことだという。プロ10年目のシーズンを送る横浜DeNAベイスターズの主砲・筒香嘉智外野手もその1人だった。今でこそ日本を代表する打者となったが、1軍に定着したのは2014年のこと。横浜高では通算69本塁打を記録し、“超高校級”とまで言われた男でも、1軍で打率3割、20本塁打を記録するまで5年を要した。

 そもそも、高校球児とプロ野球選手ではピッチャーが投げる球の球速や球威が異なる。以前、履正社高から打撃センスを買われ、17年ドラフト1位で入団した千葉ロッテマリーンズ安田尚憲内野手も「ピッチャーが投げる球の質が違う」とプロ入り後に感じた最も大きな違いについて話していた。同じ140キロのストレートでも、打席で感じるスピードや球威はプロの方が圧倒的に上回っているという。

 もう1つ、投手の質の差と並ぶ根本的な違いがある。それがバットの違いだ。同じ硬式球を使うとはいえ、高校では金属バット、プロでは木製バットを使う。最近では、金属バットの性能はどんどん良くなり、バットの芯でボールを捉えなくても長打になるケースが多い。だが、木製バットではボールを芯で捉えなければ、長打を望めないばかりか、打球はヒットにすらならない。金属バットは1本あたり約3万円する高価なものではあるが、木製バットに比べて耐久性は高い。だが、その耐久性という点を除いて、金属バットを使うメリットはどこにあるのだろうか。

「THE ANSWER」では「変わろう、野球――筒香嘉智の言葉」と題した連載で、筒香の言葉から27歳スラッガーが抱く野球界、そしてスポーツ界に伝えていきたい思いを紐解いていく。第3回は「金属バットが持つ弊害」だ。

 ◇ ◇ ◇

「木製バットに変わってから苦労するのは子ども達です。事実、僕も慣れるまでに時間が掛かりました。周りでも苦労した選手を何人も見てきましたし、克服できずにキャリアを終えてしまう人もいました」――年々性能を上げる金属バットの功罪について

 2017年、夏の甲子園では48試合が行われ、史上最多となる68本のホームランが飛び出した。1試合あたり1.42本の割合だ。それに対し、甲子園球場を拠点とする阪神タイガースは同年、本拠地で62試合を戦い、本塁打と被本塁打の総数は71本。1試合あたり1.15本の計算となる。単純比較はできないが、技術で上回るプロ打者の方が低い数値となった。

 なぜ高校生が多くのホームランを記録しているのか。その要因として、高校球児の体格の変化や打撃技術の向上が挙げられるだろう。だが、もう1つ忘れてはならないことがある。年々性能を上げる金属バットの存在だ。高校野球では1974年の夏の甲子園から金属バットを導入。1977年夏に初めて大会通算本塁打数は20を超え(21本)、以降どんどんその数を増やしていった。

「今、日本で使われている金属バットの弊害は大きいと思います。日本の金属バットは本当によく飛びます。年々素材のいいバットが出てきて、飛距離は伸びています」

日本ではバットの反発係数に明確な規定はなし

 今年1月、自身がスーパーバイザーを務める硬式野球チーム「堺ビッグボーイズ小学部」の体験会に参加した筒香は、野球界に対する問題提起の一つとして「金属バット」について触れた。

「日本では2017年、夏の甲子園のホームラン記録が更新されました。もちろん、優秀な打者が記録を破ったのですが、バットのおかげで飛んだ打球も目にします。これは子ども達のためになっていないと思います。木製バットに変わってから苦労するのは子ども達です。事実、僕も慣れるまでに時間が掛かりました。周りでも苦労した選手を何人も見てきましたし、克服できずにキャリアを終えてしまう人もいました」

 金属バットと木製バットの大きな違いは、ボールの反発力だ。バットメーカー、美津和タイガー株式会社の調べによると、バットを振る速度が同じ場合、金属バットは木製バットの約1.5〜2倍の反発係数を持つという。つまり、打球が遠くに飛びやすいというわけだ。言い換えるなら、金属バットの場合、ボールを芯で捉えなくても打球が飛ぶ。道具の性能が打者の技術を補ってしまうのだ。筒香はこの点を問題視している。

 野球規則では、アマチュアで使用する金属バットは最大直径67ミリ未満、質量は900グラム以上と定めているが、反発係数に関する規定はない。日本高野連の「高校野球用具の使用制限」を見てみると、金属バットは製品安全協会の「SGマーク」があるものに限ると記されている。だが、非木製バットのSG基準ではソフトボール一般用バットの反発性能に関する規定はあるものの、硬式用と軟式用にはない。

 海外に目を向けると、全米大学体育協会(NCAA)と全米州立高校協会(NFHS)ではBBCOR(Bat-Ball Coefficient of Restitution)と呼ばれる反発係数基準が採用され、金属バットは木製バットの反発係数と同等の0.50以下のものしか試合で使用することができない。全米アマチュア野球連盟(USA Baseball)でもこの基準に倣い、日本では2018年からリトルリーグとポニーリーグが全米アマチュア野球連盟に準じている。

 NCAAでBBCOR基準が採用されたのは2011年のこと。元々は金属バットの打球速度が速く、投手や観客らがボールを避けきれず直撃する事故が多発したため、安全性を考えた上でのことだった。だが、打球が飛びすぎないことの副産物として、打者はよりバットの芯で捉える打撃を心掛け、身に付けるようになったという。そのため、プロで木製バットを使うようになってもスムーズに移行。事実、メジャーやマイナーの打者でバットの違いに苦しんだという話は聞かない。また、日米大学野球のような国際大会では木製バットが使用されるが、昨年の日米大学野球では、普段から木製バットを使う日本が全5試合で12得点だったのに対し、アメリカ代表は14点とわずかながら上回った。他の世代の国際大会を見ても、U-18世代では木製バット、それより下の世代ではBBCOR仕様の飛ばない金属バットを採用。飛ぶ金属バットは世界基準を逆行しているようにも見える。

飛ばない金属バットの導入は、打者以外にも好影響あり!?

 日本の高校野球では、横浜高や大阪桐蔭高など木製バットでの打撃練習を取り入れ、ボールを芯で捉える打撃を心掛ける高校もある。だが、小中学生の頃から金属バットを使っている選手も多く、バットにボールを当てるだけの打撃から抜け出せず、木製バットになると差し込まれたりバットが折れたり、打球が前に飛ばずに苦労する。筒香は「せめてアメリカで使われている飛ばない金属バットを取り入れることが、子ども達の打撃のスキルアップにつながるんじゃないかと思います」と提案している。

 筒香によれば、飛ばない金属バットの導入は、投手や守備陣にも好影響を与えるという。

「現状では、小さい頃から投手が長打を恐れるために、直球勝負ではなくて変化球で躱すピッチングをしているように思います。打球が飛ばなくなれば、投手は変化球に頼らずにストレートの制球力で勝負することができる。その結果、球数が減り、肩肘への負担も減るのではないかと思います。守備でも、打球速度が落ちれば、野手は打球にチャージしなければいけないので、1歩目の反応を速く、的確な判断をする必要がある。金属バットの弊害を受けているのは、打者だけではないと思います」

 また、性能が高い金属バットは、値段も1本あたり約3万円以上と高く、保護者の経済的負担は大きい。その上、明日の試合でヒットが打てたとしても、将来に繋がる打撃技術が身に付きづらいのであれば、筒香が言う通り「弊害は大きい」と言えそうだ。

 確かに、ド派手なホームランが飛び出せば、試合は大いに盛り上がる。だが、そのホームランが技術によるものなのか、バットのおかげなのか、はたまた子ども達の将来に繋がるものなのか、大人達が考え直してみる必要がありそうだ。(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)