日本語学校はこの10年で2倍以上に急増している。その急増を支えているのは、労働目的で来日している「偽装留学生」だ。彼らはビザ更新が目的で、日本語を学ぶ意欲は低い。ジャーナリストの出井康博氏は「偽装留学生ビジネスには、ひとたび手を染めれば抜けられないうまみがある」と指摘する――。

※本稿は、出井康博『移民クライシス』(角川新書)の一部を再編集したものです。

写真=AFP/時事通信フォト

■「悪質な学校」は本当に一部か

2018年12月に成立した改正入管法の国会審議では、日本語学校の問題についてはほとんど議論がなかった。唯一、共産党の議員から質問は出たが、それも「株式会社」経営の日本語学校が営利目的に走っているといった程度の指摘でしかなかった。

新聞などでは日本語学校の問題が取り上げられることがたまにあるが、やはり「一部に悪質な学校が存在する」といった論調だ。経済力のない偽装留学生を受け入れている日本語学校は「一部」に過ぎず、大多数の学校は真っ当に運営されているという認識なのだ。

しかし、私が取材してきた印象では、むしろ偽装留学生の受け入れを拒んでいる日本語学校の方が珍しい。学校法人が経営する日本語学校であろうと大差なく、より悪質な学校も存在する。では、「悪質な」日本語学校の割合とは全体のどれくらいに上るのか。

それを知るうえで興味深い研究がある。一橋大学大学院博士後期課程に在籍する井上徹氏がまとめ、2019年3月下旬にウェブ上で公開された『日本語教育の危機とその構造―「1990年体制」の枠組みの中で―』という論文だ。

■定員割れの学校が偽装留学生の受け皿に

この論文で井上氏は、文部科学省がまとめた「平成29年度日本語教育機関における外国人留学生への教育の実施状況公表について」という資料をもとに、日本語学校の分析を試みる。文科省の資料には、459校の日本語学校に在籍する国籍別留学生、日本語能力試験合格者、進学者の数といった情報が載っている。

井上氏が着目するのが、日本語能力試験「N1」と「N2」の合格者数と専門学校や大学などへの進学者数の乖離だ。

専門学校などの授業についていこうとすれば、最低でもN2の日本語レベルは必要となる。にもかかわらず、日本語能力を問わず、留学生を受け入れる学校は増えている。少子化の影響で私立大学の半数近くは定員割れの状況にある。専門学校に至ってはさらにひどい。

そのため営利目的で、偽装留学生の受け入れで生き残りを図っているのだ。一方、留学生は日本語学校から専門学校などに進学すれば留学ビザを更新でき、出稼ぎを継続できる。

文科省の資料を井上氏が調べたところ、459校のうち366校が進学者数を公表していた。残りの93校は新設校で進学者が出ていない。そして366校全体で、N1もしくはN2の合格者は2016年度で1万3538人、進学者は3万618人だった。つまり、半数以上がN2の資格を持たず、専門学校などへ進学している。こうした進学者は、偽装留学生である可能性が高い。

■711校の8割以上が「普通校」以下

さらに井上氏は、各日本語学校のN1とN2合格者と進学者の比率を調べた。比率が高ければ、日本語能力を身につけた留学生が進学していることになる。結果は、進学者全員がN2以上に合格し、井上氏が「優良校」とみなす学校が11.2%、70%以上が合格という「普通校」が16.1%だった。一方、N2以上の合格者の比率が4割以下の「不良校」が57.2%にも上っていた。

日本語学校の数は2018年8月時点で711校まで増えていて、文科省の資料に載っていない学校も252校に上る。93校の新設校に加え、こうした未登録校も、偽装留学生の受け入れによって成り立っている疑いが強い。

一方、井上氏が「優良校」か「普通校」とみなす日本語学校の数は、文科省のデータを提出した459校のうち100校に過ぎない。そのなかにも偽装留学生を一部受け入れている学校はあるはずだが、この100校を除けば、711校の大半は「悪質」とみなすことができる。つまり、少なくとも8割以上の日本語学校は、偽装留学生の受け入れで経営が成り立っている疑いが強い。

■日本語能力試験合格者に「国籍別」がない理由

留学生が日本語レベルを証明する試験には、他にも独立行政法人「日本学生支援機構」(JASSO)が実施する「日本留学試験」などがある。日本語能力試験を受けず、日本留学試験のみの成績で進学する留学生もいる。それでも井上氏の研究は、日本語学校の実態を知るうえで貴重なものである。

日本語能力試験は日本国内のみならず、世界各国で受験できる。N1合格者は国内受験者だけで2012年から4000人以上増え、17年には2万3378人に達した。N2に至っては3万4570人と、5年間で2倍近くになった。

しかし、同試験を統括する独立行政法人「国際交流基金」と公益財団法人「日本国際教育支援協会」は、国籍別の合格者を公表していない。井上氏が集計した文科省の資料も同様、公表しているのは日本語学校別の合格者までで、国籍には触れていない。

国籍別に公表すれば、合格者が中国や韓国など漢字圏の出身者に偏っていることが証明される。そうなれば、ベトナムなどアジア新興国の「留学ブーム」によってやって来た外国人たちが、実際には出稼ぎ労働者に過ぎず、しかも日本語学校の教育が全く機能していないことも明らかになってしまう。

それは日本語学校業界、そして日本語教育を推進する文科省や外務省、また「留学生30万人計画」を主導する安倍政権にとっても都合が悪いのだ。

■かつての留学生が学校経営者に

日本語学校の経営者には、在日中国人や在日韓国人が極めて多い。その背景には、日本語学校業界の歴史が影響している。

日本語学校の設立ブームは、政府が「留学生10万人計画」の達成を目指していた1990年代後半から2000年代前半にかけて一度あった。日本語学校を統括する一般財団法人「日本語教育振興協会」のデータによれば、日本語学校の留学生数は1996年の1万1124人が2003年までに4万2729人と4倍近くになった。同じ時期、日本語学校の数も287校から409校へと増えている。

現在の「留学生30万人計画」と同様、「10万人計画」の最中にも留学ビザの発給基準が大幅に緩んだ。結果、中国を中心に偽装留学生が大量に流入した。そして中国人に続く多さだったのが韓国人留学生だ。この頃、留学生として来日した中国人や韓国人たちに祖国とのコネクションを活かし、日本語学校の経営を始めた者がいる。だから日本語学校には、中国人や韓国人経営の学校が多いのだ。

■2度目のブームで新興国から大量流入

「留学生10万人計画」は2003年に達成された。そして同じ年、日本中を震撼させる事件が起きる。中国人留学生3人による「福岡一家4人惨殺事件」である。日本人の夫婦と子どもの家族4人が殺害され、遺体が博多湾で見つかった痛ましい事件だ。

3人の中国人留学生は皆、日本語学校を入り口に来日していた。そのうち2人は私立大学と専門学校に進んでいたが、いずれも生活費の工面に苦労していた、そこで犯行に及んだのである。この事件もきっかけとなり、留学ビザの発給基準はいったん厳しくなった。

その後、事件のほとぼりが冷めた5年後の08年、福田康夫政権が「留学生30万人計画」を策定した。当時約12万人だった留学生を2020年までに30万人まで増やすという計画だ。そして今度は、中国に代わってベトナムなどアジアの新興国から偽装留学生が流入する。その結果、日本語学校の留学生が急増し、業界は2000年代前後とは比べものにならない“バブル”に沸くことになる。

自らも留学生だった中国人や韓国人、さらにはかつて中国などから偽装留学生を入学させていた日本語学校経営者は、「偽装留学生ビジネス」に精通している。違和感や罪悪感を抱くこともなく、偽装留学生の受け入れに邁進しがちだ。結果、彼らの経営する学校が規模を拡大し、大きな利益を上げることになる。

■定員超過で300人以上の留学生が退学

2018年9月、大阪市の専門学校「日中文化芸術専門学校」で300人以上の留学生が退学となっていたことが発覚し、新聞などで大きく報じられた。

同校は定員を大幅に上回る留学生を受け入れた後、管轄の大阪府などから是正を求められ、一部の留学生を退学にしていた。退学となった留学生のうち7人のベトナム人は、同校の張永勝・理事長らに損害賠償を求める訴えを起こしている。

なぜ、「日中」を名乗る専門学校にベトナム人留学生が在籍し、定員超過の末に退学という事態が起きたのか。この事件には、日本語学校から専門学校、さらには大学にも広がる偽装留学生ビジネスの闇が象徴されている。

「読売新聞」の調査(2018年10月8日朝刊掲載)によれば、留学生の割合が9割以上という専門学校は全国で少なくとも72校、学生全員が留学生という学校も35校に上っている。日中文化芸術専門学校も9割以上が留学生だった。

日本語学校の関係者と話すと、専門学校の「営業」に関する話題がよく出る。少子化で学生不足に陥った専門学校が、日本語学校を回って営業し、留学生の受け入れで経営難を凌ごうとしているのだ。首都圏の日本語学校経営者はこう話す。

■手数料ビジネスで留学生を「売買」

「日本語が全くできなくても留学生を入学させる専門学校はいくらでもあります。私たち日本語学校に対し、専門学校側が確認するのは、留学生の出席率と学費の滞納があるかどうかだけ。学校から失踪せず、きちんと学費を払う学生なら誰でも入学を認めるのです」

日本国内の日本語学校を卒業した留学生は、語学力が問われず専門学校や大学に入学できる。つまり、日本語の全くできない偽装留学生であろうと、学校側が認めれば進学も可能なのだ。

留学生の入学が決まれば、専門学校から日本語学校へ「手数料」が支払われるケースもある。日本語学校は海外から留学生を受け入れる際、送り出し国のブローカーにキックバックを払っている、そのぶんを専門学校からの「手数料」で取り返す。こうしてブローカーから日本語学校、さらには専門学校へと、留学生たちが「売買」されていく。

かつて文部科学省は、専門学校における留学生の割合を学生全体の50%以下にするよう定めていた。だが、その規制は2010年に撤廃された。08年に「留学生30万人計画」がつくられ、政府ぐるみで留学生を増やし始めた影響だ。

留学生が50%を超える専門学校に対しては、今も所轄の都道府県から指導は入る。しかし、「日本人の学生を集める努力はしている」と答えれば、それ以上は咎められない。結果、留学生頼みの学校は増える一方だ。留学生が学生全体の9割以上を占める関西地方の専門学校幹部が言う。

「問題となった日中文化専門学校は、営利目的で大幅な定員超過をやっていました。それはさすがに行政も見逃さなかった、しかし、留学生を大量に受け入れている学校の実態は、うちも含めてどこも似たようなものですよ」

■一度受け入れると戻れない「禁断の果実」

ちなみにこの幹部の学校も日中文化芸術専門学校と同様、経営者は在日中国人だ。幹部のもとには、留学生の受け入れを思案している専門学校から相談が届く。日本人の学生不足がとりわけ深刻な介護関連の専門学校からの問い合わせが多いという。

出井康博『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

「留学生たちは出稼ぎ目的で、ビザ更新のためだけに専門学校に進みます。勉強する気などない。そんな留学生を受け入れれば授業の質は落ち、日本人の学生はさらに減ってしまう。学校にとって留学生は“禁断の果実”なんです。ひとたび受け入れれば、後戻りはできない。相談を受けた際には、そう説明するようにしています」

偽装留学生の受け入れによる定員超過は、「留学生10万人計画」の時代にも似たような事件があった。最も知られているのが2001年に発覚した「酒田短大事件」である。

当時、東京の都心に「サテライトキャンパス」と称する分校を構える地方の短大が目立った。偽装留学生を受け入れたくても、地方にはアルバイト先が乏しい。そこで都心に形式的な「キャンパス」を設け、出稼ぎ目的の偽装留学生を入学させていた。

なかには定員を大幅に上回る留学生を受け入れる短大もあった。その1つが酒田短大で、受け入れられていた中国人たちは大学に籍だけ起き、不法就労に励んでいた。

事件の発覚で、酒田短大は03年に廃校に追い込まれた。だが、その後、当時の経営者は専門学校の運営に乗り出した。そしてこの学校は現在、ベトナムなどの偽装留学生で溢れている。偽装留学生ビジネスには、ひとたび手を染めれば抜けられない旨味があるのだろう。

■ずさんな体制は、上場企業が運営する学校でも

留学ビザは、日本でアルバイトなしに留学生活を送れる経済力のある外国人に限って発給される建前だ。留学希望者にはビザ申請時、親の預金残高や収入を示す証明書の提出が求められる。貧しいアジア諸国の人々にとっては、よほどの富裕層でなければクリアできないハードルだ。

そこで留学希望者はあっせんブローカーを介し、預金残高などで「でっち上げ」の数字が記された証明書を準備する。アジア諸国では、賄賂さえ払えば銀行や行政機関であろうと、捏造(ねつぞう)数字の並ぶ“本物”の書類を作ってくれる。そんな書類を日本政府は黙認し、留学ビザを発給し続けている。

もちろん、留学生の日本での入り口となる日本語学校も事情はよく分かっている。

日本語学校の実態は驚くほどずさんだ。単に営利目的で偽装留学生を受け入れるだけでなく、パスポートや在留カードの取り上げといった人権侵害も当たり前のように横行している。学費を払えない留学生が、学校から失踪するのを防ごうとしてのことだ。

私は取材を通じ、東京都内の日本語学校で留学生のパスポート取り上げが起きている証拠をつかんだ。しかもこの学校は、東証1部上場企業が運営する、れっきとした大手の日本語学校なのである。

----------

出井康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『年金夫婦の海外移住』(小学館)などがある。

----------

(ジャーナリスト 出井 康博 写真=AFP/時事通信フォト)