ハウステンボスを再生させた"弱者の戦略"
※本稿は、『【新版】ランチェスター戦略 「弱者逆転」の法則』(日本実業出版社)の一部を加筆、再編集したものです。
■「弱者逆転」をするための理論と実務
大きな会社が小さな会社に勝つのは当たり前。弱肉強食、優勝劣敗は自然界の摂理。ビジネス界も戦略なしに戦えば、どんなに一所懸命にやろうとも大が勝ち、小が負けます。しかし、やり方次第、すなわち、戦略次第で小が大に勝てます。勝てないまでも負けずに存続し続けられます。
ビジネスにおける、この「弱者逆転」をするための理論と実務の体系が「ランチェスター戦略」です。多くの企業がこれを学び、自社の戦略づくりに活用してきたことから、わが国において競争戦略・販売戦略のバイブルといわれます。
2005年以降、海外旅行の取扱い人数ではJTBを抜いて1位となり、年商5000億円を超えたH.I.S.(エイチ・アイ・エス)もまた、その1社です。同社は1980年、澤田秀雄さんが机二つ、電話一本で始めた会社です。創業の頃、ランチェスター戦略を確立した故・田岡信夫先生の著書『ランチェスター販売戦略』を読まれて以後、ランチェスター戦略を積極的に採り入れ、自社の戦略づくりに活用してこられました。
まず、お金はないが時間のある学生向けに海外格安航空券を販売し、航空券販売事業者として独自の地位を確立。パッケージツアーの分野では、大手が注力するハワイやグアムではなく、バリ島、セブ島、プーケット島など当時は無名だったリゾートへの格安ツアーを販売。以後、旅行会社として飛躍的に成長を遂げていきます。これらの取り組みは、ランチェスター戦略の中の基本戦略というべき「差別化×集中×接近戦」(後述します)の実践にほかなりません。
2010年に澤田さんが社長に就任したハウステンボスの再建も、その後の躍進も、ランチェスター戦略理論で分析すれば、なぜうまくいったのかを整理することができます。ランチェスター戦略を知る、よい題材です。以下、解説していきましょう。
■ライバルはテーマパークではなかった
1992年、総工費2200億円をかけて華々しく開業したハウステンボス。その歴史はまことに厳しいものでした。開業以来、18期連続赤字、その間に実質的な破綻が2度。バブルの負の遺産、九州最大の不良債権といわれていました。
不振の理由の第一は「オランダ村テーマパーク」という開業以来のコンセプトです。気軽にオランダに行ける時代に、国内でオランダ気分を味わうことができることの意味は薄れました。オランダ村とのコンセプトは時代のニーズに合わなくなり、その歴史的な役割は終わりつつあったのです。
第二に、長崎県佐世保市という立地の悪さです。佐世保の商圏は首都圏の20分の1です。アクセスは福岡から車で2時間、長崎空港からはバスで1時間。遠いし、便数は少ないし、航空運賃は高い。
澤田さんは、こうしたハウステンボスに、新しい命を吹き込みます。
「ハウステンボスとは何か。花と緑と水に囲まれたクラシックな美しい街並みです。テーマパークというよりも都市です。これから人々に求められる都市とはいかなるものでしょうか。クラシックな街並み。花畑や水車や森や運河や海といった心癒される景色。エンターテイメントやアミューズメントの驚き、感動といった良質な刺激。それでいてハイテクを駆使した次世代環境都市。都市機能を充実させていけば『東洋一美しい観光ビジネス都市』になるのではないかという夢が描けたから、再建をお引き受けしたのです」(澤田社長、以下、発言は同氏)。
テーマパークとしてはディズニーリゾートやユニバーサルスタジオに太刀打ち困難ですが、「都市」と位置づければ、それらと差別化でき、企業などの会議(Meeting)、研修旅行(Incentive Travel)、国際会議や学会(Convention)、展示会・見本市・イベント(Exhibition)などの需要(MICEという)を取り込むこともできます。
「ハウステンボスは東京からは遠い。でも、佐世保を中心に据えると、上海は東京よりも近い。ソウルは関西と等距離です。成長著しいアジアを商圏としてとらえられるのです」
この考えは、H.I.S.がハウステンボス再建に取り組む意味をもたらしました。海外旅行の取扱い人数で1位になったH.I.S.がいま、力を入れているのが成長著しいインバウンド(海外から日本へ来る旅行)市場と、国内旅行です。ハウステンボスが観光ビジネス都市として再生すれば、H.I.S.のキラーコンテンツとなるのです。
「ランチェスター 弱者の基本戦略」の一つが「差別化」です。ディズニーやユニバーサルなどとの全面対決を避け、過去の自社の路線を差別化し、立地の悪さを逆手にとって市場そのものを差別化し、新たな需要を創出します。
次なる弱者の戦略課題は「集中」です。
強者に比べると経営資源に劣る弱者は、経営資源を集中しなければ勝ちようがありません。ハウステンボスの敷地面積は東京ディズニーランドとシーを併せたものに匹敵します。広い敷地で長らく低迷していたため、テナントが歯抜け状態になっていました。これでは都市としてもパークとしても魅力半減です。
澤田さんは敷地面積の3分の1を無料の公園として一般公開します。有料ゾーンを3分の2とし、テナントを集約することで空き店舗をなくします。無料ゾーンは運営コストを下げながら集客装置となり、有料ゾーンは賑わい感が復活しました。
■戦略の神髄は「差別化」×「集中」×「接近戦」
もう一つ、弱者には重要な戦略課題があります。「顧客に接近すること(接近戦という)」です。
澤田さんは社長就任時に社員を集めて、観光ビジネス都市でインバウンド需要を取り込むとの志と夢を語った後で、三つの基本方針を示します。第一に「掃除をしよう」、第二に「明るく元気に仕事をしよう」、第三に「経費を2割下げて売上を2割増やそう」、です。
第一の「掃除をしよう」は、凡事も徹底して継続してやり抜くと圧倒的な絶対的な差となるという趣旨で、これも「差別化」です。変わったことをやることだけが差別化ではありません。凡事徹底は、事業の基本価値を少しずつではありますが、着実に大きくする思想です。第三の経費と売上については、有料ゾーンと無料ゾーンの集約が代表的な施策です。
第二の「明るく元気に」とは、客商売としては当然の凡事徹底でもありますが、スタッフ一人ひとりが、どうすればもっと顧客に喜びや驚きや感動を与えることができるのかを考え、実行するという意味において、ランチェスター戦略的には「接近戦」ともいえます。
ハウステンボスにはメリーゴーランド(回転木馬)があります。施設自体はどこの遊園地にもあるものと変わりません。ただ、筆者が訪れたとき、ハウステンボスの回転木馬の運行管理をするスタッフは、かぶりものをして、木馬が回っている間、ずっと木馬に乗った子供たちに手を振ったり、ひょうきんなダンスをしていました。一日中です。子供たちの笑顔のために一日中、踊っていたのです。
聞けば、誰に命じられたものでもないという。澤田さんの「志」と「夢」を共有し、基本方針の一つ「明るく元気に」を、自分の立場で取り組もうとしたときに、彼は踊り出したのです。
■「ダントツのナンバーワン」を一つずつつくる
以上の、差別化、集中、接近戦を三位一体的に取り組むことで、集中した部分で一つひとつ勝っていくことが「ランチェスター 弱者の戦略」の結論です。そして、小さくともダントツのナンバーワンを一つつくる。一つできたら二つつくる。という具合に、各個撃破していくのです。
「ハウステンボスの場合は旬の企画、ここでしかやっていない唯一の企画、日本一・世界一の企画に取り組みました。当時、旬といえばAKB48のコンサートや、人気アニメ『ONE PIECE』に登場する船のクルーズなど。ここにしかない唯一のものは100万本のバラや日本初公開の作品が36品も展示されたゴッホ展、ガーデニング世界大会などです。冬場のイルミネーションは以前から行なっていますが、まずは日本一にしようと2010年に700万球の電飾を使用しました。12年には1000万球と世界最大級の規模となりました。大手検索サイトの夜景ランキングで、3年連続で全国1位に選ばれました」
ハウステンボスは再建初年度から黒字決算します。それ以降、東日本大震災や、熊本地震など観光客が減る要因があっても毎年、黒字決算を続けています。17年には年間来場者が288万人、経常利益が92億円。H.I.S.グループの利益の4割程度をハウステンボスが稼ぎ出すようになりました。
■未来を描いて、圧倒的な差別化へ
テーマパークとしての再建を遂げたいま、澤田社長は当初の夢である「東洋一美しい観光ビジネス都市」の実現に向けての動きを加速しています。そのことが、ハウステンボスをいっそう差別化し、独自の存在として輝かせています。
ハウステンボスの面積はモナコ公国と同じくらい。それが“私有地”ですから、経済特区以上の「社会実験の場」として活用できます。そこにさまざまな技術や構想をもつ大学やベンチャー企業を受け入れ、未来ビジネスを生み出すインキュベーションセンターにしているのです。
たとえば、植物工場。将来、世界的な食糧不足が予想されています。その解消に貢献すべく、コンピュータで制御し、ほぼ無人で運営する植物工場づくりを推進しています。世界一生産性の高い植物工場で、農業に革命を起こそうとしているのです。この工場はハウステンボス場内の太陽光発電システムにより稼働しています。世界的な社会問題で、わが国においても切実なテーマである、原子力や化石燃料に頼らないクリーンなエネルギーの普及にも力を注いでいます。
さらにはロボットです。人口減社会のなかでサービス業の生産性を上げていくことも、社会の課題です。15年にはハウステンボス内に、ロボットが運営する「変なホテル」を開業。フロント業務や荷物運びなど、これまで人が担っていた業務の多くをロボットに任せていることで、「世界初のロボットホテル」としてギネス世界記録認定を受けました。
ここでは、女性姿のもの、恐竜型、人形型、ポーターロボット、卓上ロボットなどがホテル業務を担います。ロボットの他にも、顔認証システムでキーレス滞在を実現し、客室内の設備を設置されたタブレットで一括操作ができるなどのハイテク技術が投入され、わずかな数の人間の従業員が管理しています。再生可能エネルギーを自前で活用することも含めてローコストで運営ができます。価格の割にはグレードの高い客室を宿泊客に提供しています。
ハウステンボスでの実験を経た「変なホテル」は、18年現在で首都圏に4軒、愛知県に1軒と数を増やしています。100軒にしていく計画です。また、ロボット事業は「変なカフェ」にも広がっています。人手不足時代のサービス業のあり方を問うています。
これからのハウステンボスで筆者が期待し、注目しているのは、統合型リゾートとしての姿です。ホテル、ショッピング、レストラン、劇場・映画館、アミューズメントパーク、スポーツ施設、温浴施設、国際会議場・展示施設などのMICE施設などと一体になった複合観光集客施設のことですが、目玉はなんといってもカジノです。シンガポールは統合型リゾートで世界中からビジネス客、観光客を集めています。日本でも法整備が進みつつあります。将来の統合型リゾートの最有力地の一つがハウステンボスなのです。
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ランチェスター戦略コンサルタント
東京在住。1963年広島県生まれ。関西大学社会学部卒。広告代理店、コンサルティング会社を経て、99年コンサルタントとして独立。『「営業」で勝つ! ランチェスター戦略』『ビジネス実戦マンガ「ランチェスター戦略」』(以上、PHP研究所)、『ランチェスター戦略「小さなNo.1」企業』(日本実業出版社)など著書多数。
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(ランチェスター戦略コンサルタント 福永 雅文)
