西村博之さん

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--無料プロバイダのライブドアが登場してから10年になるので、ライブドアに関わっていただいた方々、10名に取材をさせてもらってます。ちょうど2ちゃんねるも、今年の5月で10周年だったんですよね。

西村博之さん(以下ひろゆき) ああ、そうなんですね。2ちゃんねるは、今年の1月に僕の手を離れてシンガポールの会社に譲渡したので、もう関係ないんですけどね。
 無料プロバイダのライブドアが開始した当時のことは、あんまり覚えていませんね。どういう印象かと聞かれたら、「まあ潰れるだろうな」とは思ってました。プロバイダにお金を払えないような人のリストを100万人分集めても、お金を持っていないリスト100万人ですからね。この客が来たら登録させるなというリストとしては使えますけど、商売に使えないリストを作ってるなぁと思っていたら、案の定潰れましたね。広告宣伝かけてプラスになるんならどんどんやればいいんだろうけど、計算できない人がやるから失敗するんですよね。

--オン・ザ・エッヂと最初に関わられたきっかけはいつ、どんなタイミングでしょうか?

ひろゆき オン・ザ・エッヂとは直接仕事をしたことはたぶんないですね。堀江さんとはアスキーのネットラジオの収録でたまたまお会いしたのが最初でした。そのときは彼の会社もホームページ制作しかやっていなかったので、割と普通な会社だなと思ったし、あの当時はそんなに突飛なことを言っていなかったと思いますね。割と一般的だったという気がします。
 ライブドアがプロジーという会社を買って、僕はその当時、プロジーに顔を出す係というのをやっていまして。それくらいからライブドアには顔を出していましたね。本来ならそこでアイデアとかを出すはずだったんですが、割と何もせずに過ごしていた感じです。
 プロジーって会社がもともと赤羽にあって、僕の実家も赤羽にあって近所だから、という理由だけでプロジーに行ってたんですけど。

--オン・ザ・エッヂが2004年2月にライブドアに名前を変えたときは、どう感じられましたか?

ひろゆき 僕個人の感じ方としては、よくやるな、という気はしましたね。普通経営者って、自分の作った会社やプロダクトに思い入れがあって、費用対効果以外の部分で踏みきれないところがあるんだけど、誰も聞いたことがないオン・ザ・エッヂという会社よりは、テレビCMを打っていたライブドアのほうがいいじゃんというのは、わかりやすくていいとは思いますけどね。
 まあ、その当時は社名はエッジでしたが、オン・ザ・エッヂというカタカナ読みが英語として間違っているという、いろいろな負の歴史もあったので、名前を捨てたいという積極的な理由もあったんじゃないかと思いますけど。

・続きはlivedoor 10周年記念スペシャルインタビュー「きっかけはlivedoor 2009」