訪問先で首を切られ…ケアマネ殺害事件が突きつける「カスハラ」問題、訪問介護の現場をどう守る?
埼玉県川口市の民家で6月1日、60代の男女2人が血を流しているのが見つかり、その後、二人とも死亡した。
報道によると、この住宅は高齢の母親と息子(60)の二人暮らし。亡くなった女性(63)は介護支援専門員(ケアマネジャー)で、母親の訪問診療につきそうため、この家を訪れていた。
息子が女性の首を切りつけて、110番通報したとみられる。その際、「お金をだまし取られたので、殺そうと思った」と話したが、そのような事実は確認されていないという。
男性も首を切って死亡しており、県警は自死とみているようだ。
事件の詳しい経緯は明らかになっていないが、介護現場では、利用者や家族による暴言や威圧的な言動など、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)が長年問題となっている。
今回の事件を受けて、現場で働く職員の安全確保のあり方にも改めて注目が集まっている。
●業界団体「断固許されない」
日本介護支援専門員協会が2024年末に実施した調査では、過去1年間にカスハラ被害を経験したケアマネは37.7%にのぼり、加害者の約半数が利用者の家族やキーパーソンだった。解決に至ったケースはわずか29%にとどまる。
今回の事件を受けて、同協会は6月2日、「断固許されない」として介護現場の安全確保を求める緊急声明を発表した。
訪問先に一人で向かうことも少なくないケアマネジャーを守る手立ては十分に整っているのか。埼玉県介護・障害福祉事業所等暴力・ハラスメント相談センターで法律相談に携わり、介護現場のカスハラ問題にも取り組む周将煥弁護士に聞いた。
●介護現場でカスハラが起きやすい背景
──日本介護支援専門員協会の調査では、ケアマネの約4割がカスハラ被害を経験し、加害者の多くが利用者の家族や同居者です。介護の現場では、なぜカスハラが起きやすいのでしょうか。
密室となる閉ざされた場所でのやり取りが多いこと、利用者側の介護ストレス、介護事業者への過度な期待、そして「できるだけ多くのことに応えてあげたい」と考える介護事業者側のプロ意識。
こうした事情が重なり、カスハラの起きやすい状況を生み出している要因の一つになっているものと考えます。
──2026年10月には労働施策総合推進法の改正で、カスハラ防止措置が事業主の義務となります。ケアマネや訪問介護事業所が今すぐ取り組むべきこと、また制度的に整備が必要な点はどこでしょうか。
大きく3点が挙げられます。
(1)事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
(2)相談体制の整備と周知
(3)発生後の迅速かつ適切な対応と再発抑止措置
具体的には、カスハラ対応マニュアルの整備や相談窓口の設置、研修の実施、複数人体制の確保など、事前に準備すべきことは数多くあります。
●高齢者と家族だけの世帯はハイリスクか
──男性は90代の母親と2人暮らしで、介護者としての役割を担いながらケアマネへの不満を募らせていたとみられます。高齢の親と子どもだけの世帯では、カスハラが深刻化するリスクが高まるのでしょうか。
そのような側面があることも否定できないと思います。
相談できる相手が少なく、ストレスを発散させる場も乏しいため、不満や怒りが特定の相手に向かいやすくなる可能性があります。
また、「自分がすべてやるしかない」と考えるようになり、自分の考えを「唯一の正解」だとして思い込んでしまうことで、それに反するやり方や意見に反発してしまうということもあり得ます。
●他者とのつながりがあれば
──今回の事件から、どのようなことを教訓とすべきでしょうか。
「お金をだまし取られた」という事実が存在しないのであれば、男性がそのような思い込みを抱くに至った背景として、閉ざされた2人暮らしの環境の中で、主観的な不満や認知のゆがみを修正してくれる「第三者の視点(他者とのつながり)」が欠けていた可能性もあるように思います。
先が見えない介護負担の中で、制度の限界や思い通りにならない現実に直面した際、その強いストレスや不安が、最も身近な外部の支援者であるケアマネジャーへの攻撃にすり替わってしまった──そうした構造だったのかもしれません。
その意味では、この事件は孤立した介護世帯が構造的に抱える問題にも目を向ける必要性を示しているように思います。
●危険が予見される場合には現場からの離脱も
──今回のような事件をどう防いでいけばよいでしょうか。
労働施策総合推進法の改正により、カスハラ対策が事業主の義務となります。しかし、今回の事件が示すように、マニュアルや契約書の整備だけでは防ぎきれない厳しい現実もあります。
また、いつ同様の痛ましい事件が起きるかわかりません。
もちろん、サービス利用者に対する最低限の礼儀や配慮は必要です。しかし、違法・不当なクレームにまで応じる必要はなく、ときには毅然と対応し、自らの身を守る行動も求められます。
危険やリスクが予見される場合には、ためらわず複数人で訪問する、現場から離脱する、ICレコーダーや防犯機器を活用するといった実効性のある対策を講じる必要があります。
また、そのような防衛策の構築を国や自治体、関係機関が実質的に支援していく体制づくりも重要だと考えます。
●問題を現場任せにしてはいけない
──事業者が気をつけるべきことは。
職員の安全を守る仕組みを整えていない事業者は、問題が起きた際に安全配慮義務違反などの法的責任を問われる可能性があります。
カスハラや暴力のリスクがある利用者や家族への対応を、現場の職員に任せきりにしてはいけません。
組織として、危険が予見される場面では、警察と連携する体制を整えることや、必要に応じて弁護士が窓口となって対応する仕組みを事前に構築しておくことも極めて重要です。
【取材協力弁護士】
周 将煥(しゅう・しょうかん)弁護士
2017年早稲田大学大学院法務研究科修了、2020年弁護士登録。東京弁護士会。 株式会社、医療法人、社会福祉法人及びNPO法人等の各種法人を中心に、不動産に関する紛争、主に使用者側の労働事件対応(ハラスメント対応等含む)、M&A、法人破産等、経営の基盤を支える企業(法人)法務を中心に手がける。地方公共団体のハラスメント対応窓口や各種セミナー講師を担当するほか、相続事件(法人の事業承継に伴う親族間の家事紛争含む)解決等にも実績を持つ。
事務所名:アルファパートナーズ法律事務所
事務所URL:http://www.alpha-lo.jp/index.html
