正解を知っているはずなのに、選択肢を見ると迷ってしまうのはなぜ?高校生クイズ優勝者が、10年ぶりのクイズ番組に出演して考えたこと
誰かが考えた「正解」もいいけど、自分だけの「?」を探す贅沢な遠回り。発売前から話題沸騰の新刊『思考のストレッチ』(田村正資著)が刊行されました。
著者の田村さんは、2010年に伊沢拓司さんらと第30回高校生クイズに出場し優勝。大学では哲学研究の道に進み、現在はQuizKnockの運営会社batonに所属しています。
第6章「「問題!」が世界をつくりだす」では、日本テレビ系列の人気クイズ番組『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』に出演したときのことを振り返り、私たちの記憶や知識の不思議について、哲学的に考えます。発売を記念して、本文を一部抜粋してご紹介します!(※ウェブ転載にあたり、再編集をおこなっています。)
10年ぶりのクイズ番組出演
ついこのあいだ、記憶の性質について考えたくなる出来事があった。日本テレビ系列で放映された『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』というクイズ特番に出演したときのことだ。
この番組では、小学校の教科書にギリギリ載っているような題材のクイズに連続で正解し続けると高額な賞金を獲得できるという建て付けで、ひねりのある難問が数多く出題される。クイズ番組に解答者として出演するのは約10年ぶりのことだったけれど、もう一人QuizKnockのふくらPとペアを組んでの挑戦だったのであまり不安はなかった。
収録の当日、僕たちに出題された1問目のジャンルは「国語」で、次のような問題だった。
物事を始めるのにちょうどよい時期になるという意味の慣用句「○が熟する」。この○に入る一文字の漢字はどれか。選択肢は三つ。気・期・機。
答えは「機」だ。これはすぐに答えがわかった。というか、問題が読み上げられて、ほんのすこしの間をおいて選択肢が表示されるまでは絶対の自信があった。選択肢抜きで空欄補充の問題として出題されていたら、なんのためらいもなく「機」と答えていただろう。
しかし、続けて選択肢が画面に表示されると僕は困ってしまった。たったいままで「機」が答えだと確信していたのに、他の選択肢である「気」や「期」を見た途端、「気が熟する」とか「期が熟する」とか書かれていても、別に不自然ではないような気がしてきてしまったのだ。
タイポグリセミアという現象がある。単語のなかで多少文字の順番が入れ替わっていても、最初と最後の文字が正しければスラスラ読めてしまうという現象だ。「みなさんこんちには」。みなさんこんにちは。文章のなかにこれくらいの誤植が紛れ込んでいても、私たちはそれが誤りであることに気づかないまま、正しい文意を汲みとってしまう。目の前に提示されているものが基本的には正しいものだと受け容れる懐の深さが、私たちの知覚には備わっている。
これと似たようなもので、「○が熟する」とマスキングされた状態であれば迷いなく「機」と答えられたはずが、「気が熟する」「期が熟する」「機が熟する」とありうる選択肢を入れて完成した文を並べられてしまうと、どれも正しそうな感じがしてしまう。
最初に問題を読み上げられたときに「機」が答えだろうとすぐにわかったことから、僕はこの慣用句について知っていると言ってよいはずだ。ところがそれは、他の候補が並べられて正しいものを尋ねられたときにはぼんやりとしてしまうくらいには、あいまいな記憶だった。
結局正解はしたものの、この問題で経験した焦りは、自分の記憶や知識の在り方についてあらためて考えるきっかけになった。まだ仮説的な言い方だけれども、多くの記憶や知識は、完成された状態でいつでも呼び出せるように頭のなかにストックされているのではなくて、もっと動作性のもののように思える。動作性というのは、目の前にあるものを補完したり、扱ったり、動かしたりするときの予測精度を高めるようにはたらくような在り方をしている、ということだ。
たとえば、好きな曲を口ずさむときに、僕らはすべての歌詞をあらかじめ思い浮かべているわけではない。それでも最初のフレーズさえ思い出せれば、歌っているうちに次のフレーズが浮かんでくる。歌詞の全体を覚えているというよりも、いまのフレーズから次のフレーズへ、という仕方で口を動かす術を知っているという具合だ。
さきほどの例で言えば、「○が熟する」という問題が出されたときは「機」と正しく書ける人でも、「期が熟する」と目の前に提示されてしまえばそれを正しいと受け容れてしまうことがある。パンテオン神殿を正面から見たら柱が8本見えるはずだ、と知識として知っていても、柱が9本になったパンテオン神殿の写真を見せられて即座に「これは偽物だ!」と気づける人は少ないだろう。
私たちの記憶や知識は、世界を訂正するためにではなく、いま目の前に見えている世界を補完するためにはたらいている。記憶を上手く引き出してくれるような空欄(○)と、そうではない単なる不在や現前(目の前にはっきりと提示されていること)。この違いは、私たちの世界との関わり方について何かを告げているのではないか。記憶によって私たちは、目の前の世界に上手に寄りかかることができる。そのことは、私たちのなかにある世界への基本的な信頼を証立てているような気がするのだ。
【もっと読む】
つづく「QuizKnockの人気企画を哲学者が分析!なぜクイズプレイヤーたちは超人的な速さで正解を導き出せるのか」では、QuizKnockの人気動画「【限界を超えろ】問題文の一部だけ聞いて全員で正解せよ!【第3回】」がなぜ面白いのかを考察しています。
【これまでの記事】
・高校生クイズ王者の哲学者が実践!一度しかない人生を最高に楽しむための「思考のストレッチ」法
