井之脇海

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 映画、ドラマ、舞台とさまざまな作品で確かな演技力と抜群の存在感を発揮する井之脇海。この夏は舞台『レディエント・バーミン Radiant Vermin』で、清原果耶、池津祥子との3人芝居に臨む。日本初演を10年前に観劇し衝撃を受けたと語る井之脇に、本作にかける思いや昨年30歳を迎えての心境の変化などを聞いた。

【写真】優しさとカッコよさがあふれる!井之脇海、撮りおろしショット

◆初演を観て衝撃を受けた役に念願の挑戦

 白井晃が演出を務める本舞台は、3人の実力派キャストが繰り広げる、美しくも毒に満ちたフィリップ・リドリー作のブラック・コメディー。

 若い夫婦オリーとジルの元に、ある日「夢の家を差し上げます」という手紙が舞い込む。疑いながらも見に行くと、浮浪者がうろつく荒れ野原に立つ古びた大きな家。仲介人ミス・ディーの言葉に乗せられ、生まれてくる赤ちゃんのために理想のマイホームが欲しいふたりは契約書にサインする。引っ越した次の日、2人は偶然夢の家の残酷な秘密を知る。たちまちその秘密の虜になった2人は次々と不思議な“光”とともに家を豪華にリフォームしていくが――。

――10年前に吉高由里子さん、高橋一生さん、キムラ緑子さんの顔合わせで上演された日本初演をご覧になられたそうですが、どんな印象をお持ちになりましたか?

井之脇:本当に衝撃を受けました。20歳くらいの時で、それまで映画はたくさん観ていましたが、演劇はあまり観たことのない中で、初めて自分でチケットを取って観た演劇だったと思います。怖さもありましたけどものすごく面白くて。プロのかっこよさも感じましたし、1組の夫婦がどんどん表情を変えながら、どこか楽しそうなのに破滅へ向かっていくのがゾクゾクしました。あっという間の観劇体験でもっと観ていたいなと思ったのを覚えています。

――ご自身でチケットを取って観てみようと思われたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

井之脇:今回とは真逆で、前回はちょっと暗いグレートーンの中に光が1個あるみたいなビジュアルでした。それにすごく吸い寄せられたのは覚えています。

あとは高橋一生さんのファンだったということもあります。U-24チケットの存在も知らず20歳の青年には安くはない値段のチケットを買ったので、ちゃんと食らいついて全部観てやろうという気持ちでした。

――その時から、「いつかオリーを演じてみたい!」と思われたとか。

井之脇:高橋一生さんが演じられていて、コロコロ表情が変わっていくお芝居に演劇ならではの面白さを感じたんですよね。これは挑戦してみたいと思いましたし、何より一生さんのオリー像が魅力的すぎて、単純にファンとしてやってみたいという気持ちになりました。

――今回改めて台本を読んだ感想はいかがですか?

井之脇:観たのは10年前なので、細かいディテールまでは覚えていなくて。改めて読むとすごく緻密に書かれているなと感じました。風刺が効いていてセリフひとつひとつにシニカルな部分がある面白い戯曲だなと思いましたし、ある意味どういう風にでも演じられるなと思ったというか。やる人によって全然変わるんだろうなと感じました。

――どのように役に臨みたいと考えられていますか?

井之脇:今回僕と清原さんのペアで、清原さんとは何回か共演していますが、自分で言うのもなんですが誠実さやまっすぐさが似ているなと思います。ジルとオリーの夫婦はすごく浅はかで、手を出してはいけないことに手を出しますが、僕ら自身の特性を活かしつつどこか誠実にやっていったら面白くなるんじゃないかと思っています。

オリーは誠実で、ジルのことが本当に好きな、とても深い愛がある人だと思うので、そこに嘘をつかずに真っすぐな表現で、でもそれが根底にある上でから回っていく姿を演じられたら、僕ら2人の夫婦がより面白くなるのかなと。

――オリーをどんなキャラクターだと捉えられていますか?

井之脇:彼の原動力は“夢の家のため”なのですが、彼にとっての“夢の家”って何かというと、“ジルと暮らすところ”“子どもと暮らすところ”なんです。すごく愛情深い人ですし、愛ゆえの狂気性が彼の行動に繋がっている。なんだかすごく人間らしく、かわいらしい人なんだろうなって思います。衝動的なものや欲求みたいなものがちゃんとある人だと思うので、人間くさくまっすぐに、それがかわいらしい姿になってお客さんには人間の稚拙な部分に見えたらいいなと思っています。

――ちなみに、井之脇さんにとって「夢の家」とは?

井之脇:山が好きなんですけど、仕事柄身体は都心にいなきゃいけないので、山の本をお手洗いに置いたり、部屋に山の写真を貼ったりしていて、家という箱の中身を満たしていくことが好きなんだと思います。自分がときめけるものを各所に配置したいですし、いつか家を持てたらボルダリングの壁を作ったりと好きなもので満たしたいです。

◆舞台はより深く演技に向き合える、自分にとって必要なもの


――演出の白井さんからは何かお言葉はありましたか?

井之脇:「大変だよ」とだけ言われました(笑)。白井さん自身もとても素敵で誠実な方なので、僕らキャストが持つものと合わさってあらぬ方向に行けたらいいなと期待しています。

――白井さんの作品にはどんな印象をお持ちですか?

井之脇:観客として劇場に足を踏み入れた時に、まず舞台美術がカッコよくて。スタイリッシュといいますか、派手じゃないのに美しく決まっていて、緻密にいろいろな計算がされているんだろうなといつも感じます。

その上で、お芝居もそれぞれの役者の特性を最大限活かした演出をなさっていると感じます。自分の魅力をちゃんと引き出してくれて、それがちゃんと役とマッチしていくので、役者もすごく楽しいんだろうなって思いますし、いいなぁと思って観ていました。演劇界において天上人なイメージもあるので、いつかご一緒できたらという憧れはありましたけど、今回いざ演出を受けられるとなり、僕も気づいていないような魅力を引き出してもらえたらうれしいですし、僕も食らいついていきたいと思っています。

――3人芝居ということで、セリフ量も膨大になりますが、そこへの不安はありますか?

井之脇:近年割と少人数の演劇をやってきたので、そこは正直何の不安もなくて。セリフ量という意味ではいけるんじゃないかと思っています。ただ、難しい役ですし、欲望の塊のようなものを抱えながらも、どこか楽しそうにというか、皮肉の効いたコメディとしても成立させていかなきゃいけないというバランスは大変だろうなと思います。それを3人で見せていかなきゃいけないということに対するプレッシャーはありますね。

――主演映画『君は映画』の公開も6月に控えるなど映像作品でも大活躍の井之脇さんですが、舞台とはどういう存在ですか?

井之脇:映像は映像で大好きですし、映像作品には監督のカット割りや演出の中でどう人物を見せていくかという面白さがあります。

でもお芝居は2時間ぶっ通しの中で、板の上に上がっちゃえばただ芝居のことだけを考えられるというか、どっぷりと芝居に浸かれる。それはより深く演技に向き合える時間であり、いろいろ探せる時間であるので、僕にとって必要なものなんです。

どの公演も同じセリフを言っていますけど、毎回違う感覚があって。毎回新しい発見や、新しい感情、心の動きが出てきたりする。稽古で「この点は通りましょうね」っていうルールを決めるけど、その点をどう通るかは自由でもあると思うので、毎公演新鮮に楽しめるのがいいですよね。

――10年前の井之脇さんのように、井之脇さんが演じるオリーに衝撃を受けた若い俳優さんが将来この作品に出演するかもしれません。

井之脇:演劇のいいところはそういうところにもありますよね。シェイクスピアや古典のものもいろんな人が演じてどんどん繋いでいくというのが必要ですし、観てくれる人にそういう影響を受け取ってもらえるように頑張りたいです。

◆30歳になって生まれた変化「自分が繋いでいけるものを意識するように」


――20年以上のキャリアを重ねられてきた中でターニングポイントを挙げるとするとどんな出会いになりますか?

井之脇:いっぱいあるんですけど、17歳の時に染谷将太さんとテレビドラマで共演したことは大きかったですね。当時はいわゆる子役出身なので、子役の手癖というか芝居の作り方が凝り固まっていたんです。でも3歳年上の将太さんと出会って、こんなに脱力してお芝居をする同世代がいるんだ!とすごく衝撃を受けて。今でも彼の作品はなるべく観るようにしていますし、自分の中で転機になりました。

――井之脇さんは昨年11月に30歳になられました。30代を迎えられて心境に変化はありますか?

井之脇:自分が子どもの頃に見ていた先輩方のように自分がなれているかなと考えると、思い描いた大人にはなれていないかもしれないなぁと思ったりはします。でも30代となると後輩や年下の役者も増えてきますし、現場でも一番若い人じゃなくなってきたんですね。それに対しての責任や、映画界、演劇界において何か自分が繋いでいけるものを意識するようになりました。

これまで番手とかって気にしてないつもりだったんです。どの番手でも1人の人間を表現することに変わりないですし。でもここ最近主演であったり、2番手3番手をやらせてもらうことが多くなって。役と関わる時間が物理的に長くなればなるほど、より新しい発見や、自分の知らない井之脇海の感情と出会うことが増えたんですよね。そういう意味で、30代はもっと1つの役とどっしり向き合えるような10年間にしていきたいなと思います。

あと、やっぱり後輩が増えてきましたし、お節介にはなりたくないですけど、自分が見てきたものを言葉とかじゃなくお芝居や姿で見せていける橋渡しの年代かなとも思うんです。先輩と若い役者の間を繋いでいけたらいいなと思っています。

(取材・文:近藤ユウヒ 写真:上野留加)

 舞台『レディエント・バーミン Radiant Vermin』は、東京・シアタートラムにて6月8日〜7月5日上演。兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールにて7月11日・12日、宮崎・メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)演劇ホールにて7月18日・19日、新潟・りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場にて7月25日・26日、愛知・春日井市民会館にて7月31日・8月1日上演。