ブラジル戦(2025年10月)でゴールを決めて祝福される中村(C)日刊ゲンダイ

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【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】

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  FW中村敬斗(フランス2部スタッド・ランス/26歳)

 3月イングランド戦でMVP級の働きを見せた中村は、第2次森保ジャパン発足後に急成長したアタッカーだ。代表24試合10得点とハイペースでゴールを積み重ね、W杯躍進のキーパーソンという見方も根強い。恩師の生方チーフコーチに教え子の成長と期待を存分に語ってもらった──。

  ◇  ◇  ◇

 ──中村は千葉県我孫子市出身ですが、中学から養和に来た経緯は?

「ユースにいた選手が敬斗と近所に住んでいた幼馴染で『面白い小6の子がいて養和に来たがっている』という話を聞きました。当時、そういう紹介はあまり受け付けておらず、セレクションで合格することが条件だったんですが、『身内の選手からの推薦なら見てもいい』と回答し、本人に練習に来てもらいました。

 そこで感じたのは『ドリブルとシュートが他の小学生と全然違うな』ということ。足に吸い付くようなドリブルでした。爆発的なスピードはないのですが、独特の感覚というか、足首が柔らかくてスルスルっと抜ける感じで、強烈なインパクトを受けました。体が細くて性格的にも大人しく、真面目でサッカーに一生懸命な印象。『この子は伸びそうだな』と思い、セレクションを受けてもらって加入が決まりました」

 ──ボールコントロールは頭抜けていましたか?

「はい、彼はボールを蹴らせるとピンポン玉みたいにボールが飛んでいった。芯を捉えるのがうまいからシュートミスが少ないし、その頃からよく点を取っていました。お父さんに話を聞くと、小さい頃から自宅でお母さんにピンポン玉を投げてもらってボレーの練習をしていたそうで、その積み重ねかなと思います」

 ──とはいえ、中学生が我孫子市から巣鴨に通うのは大変ですね。

「自宅から練習場まで約1時間半。本人は電車の中で勉強したり、動画を見たりしていたようで『全然苦じゃない』とキラキラの笑顔でした。今も『中1の時がサッカー人生で一番楽しかった』と言っていますね。『僕はドリブルやりたいんですけど、大丈夫ですか』とも聞かれたんで、僕は『好きなようにやりな』と返しました。ただ『ボールを取られた時は、しっかり守備をして奪い返しててゴールまで行ってほしい。ウチは全員攻撃全員守備だから、それができなければ試合に出られないよ』とも伝えましたが、本人はすぐにコミットしてくれました」

 ──当時から守備意識を植え付けていた?

「そうですね。2月7日の(フランス2部)バスティア戦で、自分たちのCKからミスしてボールを取られてカウンターを仕掛けられ、敬斗が猛然と追いかけて自陣ゴール前でスライディングして外に出したシーンがありましたけど『僕らが大事にしていたことを今もやってくれている』と嬉しくなりました。その動画を今の(養和の)ジュニアユースの選手たちに見せたことを伝えた時には凄く喜んでいましたね。守備は、日本代表の森保監督からも強く求められていること。代表に行って『どうだった』と聞くと、『ウブさんと同じこと言われました』と返事が来るので、今に繋がって良かったと思います」

「努力の姿勢に頭が下がった」

 ──中村はU-15世代から年代別の日本代表にも選ばれていました。

「ゴリさん(森山佳郎=仙台監督)のチームで建英(久保=レアル・ソシエダ)を筆頭に良い選手が多かったので、本人も呼ばれるたびにルンルンで行っていました。敬斗は、建英のいたFC東京U-15むさしとU-15代表合流前に関東リーグで対戦して、カットインシュートとFKで2点決められて負けていたので、負けじ魂がメラメラと燃えていたと思います。でも一緒にプレーするようになって、リスペクトしあう関係になった。敬斗はFWやサイドで起用されていたので、2人は縦横の関係を形成し、好連携を作り上げていきました。2023年6月のエルサルバドル戦で日本代表にデビューした時も、建英のアシストで点を取っていますよね。ゴリさんのチームから何人も日本代表に入っているので、敬斗もやりやすいでしょう」

 ──「中1の時が一番楽しかった」とのことですが、どういう仲間に恵まれたのですか?

「賑やかで明るいチームでした。サッカーのレベルも高かったんで、負けた記憶がないですね。今、養和U-15は関東リーグ2部なんですけど、敬斗たちは2部から1部に昇格しています。ある意味、歴史を作ったチームですね」

 ──彼は高校2年まで5年間養和で過ごしたが、挫折はありましたか?

「本人は完璧主義で、得意な角度からシュートを外したりすると、自分に対してもの凄くイライラすることがありましたね。ユース時代は高1の時から、高3中心のチームの試合に出ていましたけど、どうしてもフィジカル的な差があるので、中学時代みたいにドリブルで抜けなくなり、『どうしよう』と相談してきたことがありました。敬斗は自分の試合は全てチェックしていたので、後から局面ごとにアドバイスをして、修正を促しました。彼はとにかく自分を向上させようと努力を欠かさない。まさに『ミスター貪欲』です。自分の夢を叶えるために全てのエネルギーを注げる人間なんです。『自分は自分』という軸をしっかり持っていて、目指す方向に進むという努力を惜しまない。その姿勢には高校生ながら、頭が下がりました」(=後編に続く)

(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト、絹見誠司/日刊ゲンダイ)

▽なかむら・けいと 2000年7月28日生まれ、26歳。千葉・我孫子市出身。小5までJ柏のジュニアでプレー。中学から三菱養和SCに所属。18年にJ・G大阪入り。19年7月にオランダ1部トゥエンテに移籍。ベルギー1部シントトロイデン、オーストリア1部リンツを経て23年8月、フランス1部スタッド・ランス(現2部)に完全移籍。代表僚友FW伊東純也と共闘した。同年に日本代表初招集。24年1月のベトナム戦で53年ぶりの「代表デビューから国際Aマッチ出場6試合6得点」を記録した。

▽うぶかた・しゅうじ 1986年10月13日生まれ、57歳。神奈川・横浜市出身。岩崎中学1年からサッカーを始めて国士舘高ー国士舘大。卒業後に三菱養和会に社員として入社。巣鴨スポーツセンターに勤務してユース監督などを歴任しながらFW永井雄一郎(浦和やカールスルーエなど)FW田中順也(柏やスポルティングなど)、J町田所属の日本代表FW相馬勇紀、同DF望月ヘンリー海輝らを育てた。