長く存続する歯科医院や医院は何が違うか。歯科医師で経営コンサルタントの多保学さんは「親の医院継承を無条件に引き受けると失敗する。継承する子が自分の人生として、本当にその場所で続けて経営が成り立つのか、しっかり分析しないと3〜4年後に移転を余儀なくされる」という――。

※本稿は、多保学『脱・院長の教科書』(クインテッセンス出版)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/South_agency

■親の医院を継承して一生後悔する先生達

医師や歯科医師が親の医院を継承することは、医療業界では当たり前のように行われています。しかし、実はそこに大きな落とし穴があります。

医院継承で多く見られるのは、親の医院の患者数が減ってきたから、あるいは親が高齢になったから「帰ってきてくれ」と言われるケースです。

しかし、そう言われたからといって安易に引き受けず、一度よく考えてみるべきです。どちらも本来は親の問題なのに、それを子に転換しているだけなのですから。

親孝行は大切ですが、自分の人生の主人公は親ではありません。自分の意志で、自分の道を選択するべきです。

親の事業を継承することは、たしかに大事なことです。とくに代々歯科医院を家族で経営している場合はなおさらです。しかし、自分の人生は自分のものです。どこで何をしたいか、やはり自分を主軸に置いて考えるべきだと思います。

一般の中小企業であれば、事業継承の際には必ず引き継ぎの期間を設けます。入ったばかりの後継者を急に社長に据えることは、まともな企業ではあり得ません。ところが医療の世界では、こうした無謀な継承がまかり通っているのが現実です。

本来であれば、親子でしっかりと話し合い、どれくらいの引き継ぎ期間が必要なのか、医院の方向性をどうしたいのかを議論すべきです。

例えば、「家族のために頑張ってやっている」という親と、「この地域の人達に求められる医療をやりたい」と考える子が、そのまま一緒にやってもうまくいくはずがありません。

■患者はいてもスタッフが確保出来ない

私がもっとも問題だと感じるのは、親と建設的な会話が出来ない関係のまま継承するケースです。親が経営について何も話してくれない場合、帰っても喧嘩になるだけです。なかには、親がさらに私腹を肥やすために子を帰らせるような例もあります。

また、継承後も親が経営に口を出し続ける場合も少なくありません。ひどい場合には、若い院長に経営権が一切なく、まるで従業員のような扱いを受けているケースもあります。これでは、自分のやりたい医療が出来るはずがありません。

さらに深刻なのは立地の問題です。親の時代には良かった場所でも、人口動態の変化により、これからの時代には適さない可能性があります。人口減少が進む地域では、患者はいてもスタッフが確保出来ないという問題も深刻化しています。

写真=iStock.com/Irina Brester
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現時点でその状況であれば、10年後、20年後はさらに厳しくなるでしょう。一度継承して医療設備や内装などに多額の投資をしてしまうと、そこから動けなくなってしまいます。

本来であれば、継承する子が自分の人生として、本当にその場所で続けて経営が成り立つのか、しっかり分析をすべきです。しかし、そういったことは皆無のケースがほとんどです。

■家族だからといって無条件に継がせない

結果として、多くの医師や歯科医師が3〜4年後に移転を余儀なくされます。最初から十分検討していれば、貴重な自分の時間や費用を無駄にせずに済んだかもしれません。

医院の継承を成功させるには、経営の方向性について親子でしっかりと議論し、理解し合ったうえで行うべきです。

私の場合、浦和にある父の歯科医院の立地と機材の古さ、そして父と自分の診療スタイルの違いを考慮し、同じ名前のクリニックを別の場所に開設するという戦略をとりました。継承といっても様々なやり方があるのです。

将来、私が次の世代に継承する際は、家族だからといって無条件に継がせるつもりはありません。

これだけの大きな組織をハンドリングするには、それ相応の経営能力と人間性が求められるからです。適性のある人間が継ぐべきであり、その場合でも必ず十分な引き継ぎ期間を設けるつもりです。

■歯科衛生士の76.4%は転職経験アリ

人材不足による売り手市場のなかで、転職がますます盛んになっています。

私達の業界では、例えば歯科衛生士の場合、勤務先を変更した経験が1回以上ある人は全体の76.4%、複数回ある人は55.0%に上っています(※1)。

私が開業した10年前、転職はまだ現在ほど盛んではありませんでしたが、その後のコロナ禍を機に、一気に増えたように思います。

YouTubeやSNSの視聴時間が著しく増加し、ブラック企業の特徴をまとめた動画や、若くても高所得が可能な情報など、転職を促すような刺激的な情報が数多く拡散されるようになりました。

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このような時代にスタッフに離職されやすいのは、どのような医院でしょうか。

真っ先に挙げられるのは、労働環境が十分整備されていない医院です。医師や歯科医師の多くは、労働基準法や就業規則といった労働法規を学ぶ機会がほとんどないまま開業します。

そのため、就業規則がいい加減だったり、労働時間管理が曖昧だったりと、一般企業では当たり前の「最低限のスタートライン」に立てていない医院が少なくありません。そのような職場で離職者が出るのは当然のことです。

離職を防ぐには、若い世代の考え方を理解することも大切です。現在の若い世代は、院長の多くが属する昭和世代とは異なる価値観で育っています。

親や教師に怒られた経験が少なく、SNSで常に「いいね」をもらい続けて成長した彼らに、背中を見て学ばせるような昭和の指導をしても通用しません。

■研修の一環としてSNSの仕組みを解説

上司との関係においてもフラットな関係性を求め、上の世代の価値観を押し付けられることを嫌います。厳しく叱れば、すぐ退職されてしまうかもしれません。

また、彼らはデジタルネイティブ世代として、膨大な情報を瞬時にキャッチする能力をもっています。お金のために働くという価値観が薄れ、仕事を通じたやりがいや成長の機会が得られるか、企業の理念に共鳴出来るか、といった点を重視します。

こうした傾向を踏まえて、院内の仕組みやコミュニケーションなどを見直すことも大切です。

私の経営する医療法人では、労働環境の整備はもちろんのこと、日頃からフラットなコミュニケーションを心がけるとともに、現在の若い世代に合わせて教育システムを見直しました。

その1つに、SNSへの対応があります。彼らにとってSNSの影響は非常に大きく、同世代のインフルエンサーなどの投稿を見て、自分の現状を否定的に捉え、なかには転職してしまう若者もいます。

そこで私は、研修の一環としてSNSの仕組みについて必ず説明するようにしています。SNSに投稿する情報が商品として扱われている現実を説明したうえで、自己肯定感を求めてSNSに没頭するのは時間の無駄であり、むしろ心の健康を害する可能性が高いことを伝え「なるべく見ないほうが心は安定する」とアドバイスするようにしています。

労働環境を整備し、スタッフの価値観を理解し、教育の仕組みを構築すること。これらが出来ていない医院は、これからの時代を生き延びることは難しいでしょう。

※1 「日本歯科衛生士の勤務実態調査報告書」令和2年3月 公益社団法人 日本歯科衛生士

■情報過多による現代の歯科医院経営の厳しさ

歯科医院経営を取り巻く環境は、昭和や平成の時代とは大きく異なり、厳しさを増しています。

多保学『脱・院長の教科書』(クインテッセンス出版)

もっとも深刻な点は、人口減少です。日本の総人口は14年連続で減少しており、2024年は鳥取県の人口に相当する55万人が減少しました。この傾向は今後も続き、30年後の2055年には1億人を下回ることが予測されています。人口減少は患者数の減少に直結します。

少子高齢化で労働生産人口も減少するため、スタッフの確保がますます厳しくなります。さらに医療費削減の圧力が強まり、公的医療保険の診療報酬が減額される可能性もあります。

開業コストの高騰も深刻です。コロナ禍以降、好立地の賃料は軒並み上昇しており、私が経営するクリニックにも賃料値上げの交渉が来ます。さらに円安の影響で、輸入医療機材のコストが大幅に上昇しています。開業のハードルは高まるばかりです。

情報過多による弊害も無視出来ません。SNSやYouTube、またAIの進化により、医療に関する情報が山のようにあふれ、何が正しい情報なのかわかりにくくなっています。

そんななかで、若い医師によく見られるのが、最新の医療技術の情報だけをつまみ食いしてしまうケースです。

例えば、ある手術について、1970年代に最初に行われた文献があり、そこから段階的に技術が発展してきた歴史があるにも関わらず、AIなどで得た最先端の情報だけに飛びついてしまいます。その結果、基礎的な技術や経験を飛ばして、いきなり応用技術に手を出そうとするのです。

■遠回りでも体系立てて学ぶ

わかりやすい例で説明すると、内視鏡手術を行える医師は、開腹手術が出来ることが前提で手術を行っています。なぜなら、内視鏡手術中にトラブルが起きた際に、開腹してリカバリーする必要があるためです。

ところが、基礎的な技術を飛ばして応用から入るのは、このことを理解せず、いきなり内視鏡手術をしようとするようなものです。このような問題に対しては、従来のように、たとえ遠回りであっても体系立てて学ぶことを怠らないように指導していくことが求められます。

これからの医院経営は、昭和や平成にはなかったこれらの問題をきちんと把握したうえで、1つひとつ乗り越えていかなければなりません。

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多保 学(たぼ・まなぶ)
歯科医師、経営コンサルタント
医療法人社団幸誠会 たぼ歯科医院 理事長、日本歯周病学会指導医、歯科博士。日本歯科大学附属病院 総合診療科 臨床准教授。日本歯科大学卒業後に米国ロマリンダ大学に留学。2015年、さいたま市に「たぼ歯科医院」を開業。医療技術だけでなく、成功者の思考法を積み重ね行動した結果、医院は年商12億を達成。現在は複数の株式会社を経営し、人々の健康を守る使命のもと、予防歯科の重要性を広める活動や、コンサルティング業を通して経営に悩む歯科医師の支援に尽力している。著書は『0歳から100歳までの これからの「歯の教科書」』(イースト・プレス)、他に専門書の共著書は20冊以上。
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(歯科医師、経営コンサルタント 多保 学)