まんじゅうの名前にもなった実業家・清水卯三郎(所蔵・個人、画像提供・羽生市立郷土資料館)

写真拡大

 放送中の朝ドラ『風、薫る』。ダブルヒロインのひとり、一ノ瀬りん(見上愛)は嫁ぎ先から逃げ出し、幼い娘とともに文明開化最中の東京へ。しかし、仕事も新たな嫁ぎ先も見つからない。ベンチに腰掛け、途方に暮れていると、隣に座った紳士から声をかけられる。

【写真を見る】全国まんじゅうファン必見!銘菓「うさぶろうまんじゅう」とともに名が挙がった羽生市名物「いがまんじゅう」の衝撃ビジュアル

「女のすごろくの上がりは“奥様”だけではない。女も男も、強い人も弱い人もいて社会」

 そう話した人物は、舶来品などを扱う「瑞穂屋」の店主・清水卯三郎(坂東彌十郎)。りんは瑞穂屋が倉庫として使っている長屋を住まいとし、月給3円で働き始める……。

まんじゅうの名前にもなった実業家・清水卯三郎(所蔵・個人、画像提供・羽生市立郷土資料館)

羽生市民が尊敬する「地元有名人」

 困窮するヒロインに優しい手を差し伸べ、ひたすら辛いばかりの物語においてゲームチェンジャーとなった卯三郎は、ハットに蝶ネクタイ、ステッキを持ったしゃれた洋装の紳士として描かれた。彼の営む舶来品店には店主の名にちなんだか、ウサギモチーフの商品がそこここに。

 先日の放送では、片岡鶴太郎演じる勝海舟とも親しくしており、少しミステリアスな部分も……。物語のオリジナルキャラと思いきや、実は歴史上の実在人物だ。

「清水卯三郎は、江戸時代の終わりごろには外国語を学び、商売を広げていった人物です。渋沢栄一と共にパリ万博に民間人として参加もしています。地元ではもちろん有名で、出身地である埼玉県羽生市の小学校の副読本にも取り上げられるなど、尊敬を集めていますね。ただ、その人物像についてはほとんど明らかになっていません。今回、フィクションとはいえ、スラッと背が高く、好々爺のイメージのある坂東彌十郎さんが卯三郎を演じていらして、うれしく思っています」

 こう話すのは、羽生市立郷土資料館の学芸員・山粼さん。イメージピッタリのダンディーな卯三郎像に喜びを隠せない。

 卯三郎は4月10日の放送から登場しているが、りんに対しては「忘れてもらっては困ります。私はリターンのない取引はしませんよ」といった、実業家らしい言動も。ただただ優しいだけの人物ではなさそうだが……。

「今後、どういうふうに描かれるかはわかりませんが、NHK出版のガイド本にある今後のあらすじや、脚本家・吉澤智子さんのインタビューを読むと、主人公を導いていく存在で、『不思議の国のアリス』のウサギのイメージとある。今まで卯三郎は、ドラマなどの映像作品で取り上げられることはほとんどなかったので、楽しく拝見しています」(山粼さん、以下同)

 アリスのウサギといえば物語の重要キャラ。地元ファンならずとも、今後の展開が注目されるところだろう。

語学の天才は商才も

 では、そんな卯三郎の知られざる人生を、山粼さんの解説のもと紐解いてみよう。

 卯三郎は1829年(文政12年)に現在の埼玉県羽生市(当時は武蔵国埼玉郡町場村)で生まれた。父親は酒造業などを営み、母親は豪農・根岸友山の娘だった。

「いたずら好きの子だったそうです。11歳のときに祖父(根岸友山)のもとに預けられ、17歳のときには漢学者・森玉岡(もりぎょくこう)のもとで漢学、さらには大里郡甲山村(現・熊谷市)の祖父が開いた私塾などで数学、薬学、焼物を学んだそうです」

 20歳でオランダ語を学び始め、ロシア提督プチャーチンに会うために下田に行ったことも。

「好奇心旺盛ですよね。30歳になると、横浜で大豆商の手伝いをします。外国人とのやりとりをする中で、オランダ語ではままならず、英語を学ぶきっかけになったようです。英語は立石得十郎に教わり、彼の私塾で松木弘安(寺島宗則)とも知り合っています。卯三郎は、ハリスの書記官のポートマンに日本語を教え、代わりに英語を教わったりもしたようです」

 そんな中、生麦事件をきっかけに薩英戦争(1863年)が勃発。

「英語が堪能になった卯三郎は、薩摩藩から書簡の英訳依頼を受け、イギリス艦隊に乗船します。そこで捕虜になっていた松木弘安(寺島宗則)と五代才助(友厚)を救出しています」

 五代友厚といえば、朝ドラ『あさが来た』(2015年)や大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)でディーン・フジオカが演じていたことを覚えている人も多いはず。

「35歳のときには、大久保一蔵(利通)の依頼でイギリスとの和平交渉にも加わっています。その後、薩摩藩とイギリスのジャーディン・マセソン商会との最新式の軍艦購入の交渉などにも参加。卯三郎はその英語力をもって、いろんな人と関わっていきます。38歳の時に、海外のものを輸入して国内で販売する商いをどんどん進めていき、東京・浅草近辺で瑞穂屋を開業。2年後に、日本橋に移転させています」

世界を股にかけた人物

 ドラマの中では、店先にウサギの置物が置かれ、見たことのない洋書や舶来品の数々が所狭しと並ぶ、ちょっぴり不思議な雰囲気の瑞穂屋……これもまた実在の店舗だったのだ。かつては“丸善のライバル店”と称されていたともいう説もある大店だ。

「卯三郎の功績としては、先述のとおり1867年のパリ万博に参加し、表彰を受けたことがあげられます。幕府の援助のもと、日本人の“商人”としては唯一でした。水茶屋を再現したパビリオンを開き、日本から芸者も連れていったそうです。とても好評を博し、ナポレオン3世から卯三郎の名が刻まれた銀メダルを授与されたんですよ」

 同行した渋沢栄一はパリからそのまま帰国したが、民間人の卯三郎はイギリス、アメリカも視察。持ち帰った商品を瑞穂屋に並べたようだ。

「例えば、歯科器材。当時、技術的に最先端だったアメリカで使われていた歯科器材を、卯三郎は初めて日本に輸入しています。日本国内の歯科学の発展に寄与したところはすごく功績としては大きいです」

 考古学を専門とする山粼さんから見た、卯三郎の功績は。

「陶器着色法です。私は江戸時代や明治時代の遺跡を調査する機会もあるのですが、明治に入ってからガラッと陶磁器の絵付けの技法が変わっています。“コバルト染め付け”と呼ばれ、その顔料であるコバルトを輸入したのも卯三郎なんですよね。それ以前は、呉須(ごす)という顔料が主流でした。そのほかにも活版機械や西洋花火を持ち帰ったり、ひらがなの使用を推進したりもしています。積極的に外国や異文化に触れる行動力がとても強く、貿易の観点から日本の近代化に貢献した人物と言えると思います」

“羽生市の星”となった大物実業家・卯三郎。市民プラザ前には銅像が立ち、また、土産物にもぴったりの、その名を冠したものがあるそう。

「羽生市内の老舗和菓子店では、『うさぶろうまんじゅう』という銘菓を販売しています。黒糖の風味豊かなモチモチ食感の生地が人気ですよ。あと、羽生市の伝統的なお菓子としては“いがまんじゅう”という、お饅頭の周りに赤飯をまぶしたお菓子も。ぜひ、これをきっかけに、卯三郎生誕の地である羽生市に遊びに来ていただけたらと思っています」

 東京駅からは車で1時間、電車で2時間ほど。卯三郎ゆかりの羽生市に、おいしいまんじゅうを買いに訪れてみては。

取材・文/武蔵野りり子

デイリー新潮編集部