タワマンは「東京の暮らしづらさ」の原因なのか? 都市工学の専門家の目からみえること
「東京は暮らしづらい」
東京に暮らす人のなかには、日々の生活の折りにふれてそう感じている人も多いのではないだろうか。なぜ東京に「暮らしづらい」を感じてしまうのか。なにが東京を「暮らしづらく」しているのか。ライターの我妻弘崇氏が、都市工学の専門家に、「タワマン」の功罪について聞いた。
タワマンへの視線の変化
「やっぱり許し難いのは湾岸に建てた高層マンションだよね。私が都知事になったら、あれ全部解体しますよ。ホント。おかしいでしょ。住んでる人には悪いけど。あの辺のもうビル、全部取り壊しちゃう。風の通り道をつくりましょうね。お願いします」
昨年8月3日の TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」で、TBSアナウンサー安住紳一郎氏が発した一言である。東京の酷暑と都市開発の話題の中で、安住氏はおどけながら持論を語ったのだが、その反響は大きく、小池百合子都知事の会見でも話題に上るほど注目されることに。
ネット上でも、「よく言った!」「高層マンションを壊したからといって温暖化が解決するわけではない」など賛否を呼ぶことになったが、タワーマンション(以後、タワマン)に対してさまざまな意見があるということは、どうやら間違いなさそうなのだ。
2025年4月19日の毎日新聞(東京朝刊)によれば、高層住宅で20階以上あるタワマンの始まりは、1976年にさいたま市(旧埼玉県与野市)で建設されたことだという。バブルが弾けると、土地と空間の効率的な利用を追求し、2000年代以降、次々と首都圏を中心にタワマンが出現していく。
2013年に東京五輪の開催が決定すると、その傾向はさらに顕著に。2024年の東京の新築マンションの平均価格は1億円を突破し、全国平均でも初めて6000万円を越えた。
東京カンテイの2025年末時点データによると、東京都のタワマンは507棟存在するという。これは全国のタワマン総ストック1602棟のうち約31.6%を占め、東京が圧倒的に多い状況を物語っている。2025年竣工分42棟のうち東京都が15棟を占めているように、今なおタワマンは東京のあちこちで増え続けている。
昨今は、投資目的で購入する人も少なくない。これだけタワマンを取り巻く環境が変わってきているのだから、何かしらの影響が出るのは不思議ではないだろう。
「アセスメント」の問題点
そこで私は、現実問題としてどのようなことが起きているかを理解するため、東京大学大学院工学系研究科教授・村山顕人氏に取材を申し込んだ。最初に断っておくが、タワマンの良し悪しを論じたいわけではない。タワマンが増え続ける東京で、どんなことを想像しなければいけないか――それを知るためにスペシャリストのもとを訪れたのだ。
都市工学専攻の教授であり、主に都市計画を専門とする村山氏は、「タワマンをはじめ大きな建物は景観、日影、風害、電波障害、交通量増加、公共施設への負荷など周囲に影響を及ぼすため、環境アセスメントの下でつくられる」と切り出した。
環境アセスメントは、大規模な開発事業を行う前に、その事業が環境にどのような影響を与えるかを事前に調査・予測・評価し、その結果を踏まえて事業計画に環境配慮を組み込む制度だ。
「タワマン1棟1棟の事業者は、都市計画法、建築基準法等のルールに則って開発をしているため、非はありません。一方で、環境アセスメントは、単独の開発(マンション1棟)が環境に与える影響を評価する仕組みになっているため、複数のマンションが近い場所に集まって建設されることによる複合的な影響を必ずしも正確に評価できていない。今の制度では、複数のタワマンで構成される面的な地区開発の計画に対する環境影響評価が行われていない」(村山氏、以下同)
分かりやすい例が日影だろう。1棟の計画では、「このタワマンの影響で日陰になるのは2時間だけ」と予測できていても、周囲に他の高層マンションが建つと影が重なり、実際には2時間以上も日が当たらない場所ができてしまう。
「汐留地区が開発された際は、高層ビルが壁のように林立したことで東京湾から吹く風が止められ、風下の内陸部の気温が高くなった。その反省から、現在行われている品川駅・田町駅周辺の開発では、海から吹く風をシミュレーションしながら、建物の高さや配置を考えている」
「混雑」という本質的な問題
こうした‟複合することで生じる問題”は、影や風といった環境的側面だけに留まらない。村山氏は、「保育園や小学校が足りなくなる、交通施設が混雑するといった社会的な側面にも言える」という。
例えば、武蔵小杉を例にとると分かりやすい。武蔵小杉で本格的にタワマンが増え始めたのは2009年頃。工場や銀行所有のグラウンドだった土地に、高さ100m越えのタワマン7棟を含む、17棟のマンションが建設され、計5400戸が住む「新市街」が誕生した。区役所や警察署、郵便局などがある武蔵小杉駅の南西にある小杉町3丁目は、2009年に2214人だった町内の人口は、2024年に約2.5倍の5508人に増えた。
タワマンを購入する層は、都心へ働きに出かけ、子どもを育てているケースが多い。武蔵小杉駅は大混雑し、周辺の保育園、小学校の数が足りなくなったのも頷けるだろう。これは、武蔵小杉に限った話ではない。
「東京メトロ有楽町線の豊洲駅は、内側2・3番線が埋め立てられた不思議な構造をしています。これは、直接的には東京オリンピック・パラリンピックを見据えた混雑緩和・安全対策ですが、タワマンや集客施設も含め豊洲エリアの再開発が急速に進み、今では混雑時には広くなったホーム全体に利用者がいるような状況です。街を支えるインフラの容量を見極めながら、開発の量やスピードを制御していくことが重要です」
タワマン問題の「前例」
実は、タワマン林立に似た前例があると村山氏は続ける。都市近郊などの未開発地・農地を大規模に造成し、一から‟新しい街”を計画的に造ったニュータウン開発である。
「多くのニュータウンや計画住宅地でも同様に、短期間に人口が急激に増え、居住者の年齢層が偏る現象が起きた。しかし、そうした中でも、山万というディベロッパーが手掛けたユーカリが丘(佐倉市)では、少しずつ開発を進めることにより居住者の年齢層の偏りを回避し、街の成長と新陳代謝を図る方式が採用された。一気に開発・分譲してあとは放置する方式とは対照的」
同じタイミングで似たような層が集中してそこで暮らし始めれば、子どもたちが大きくなって独立するタイミングも、自分たちがリタイアするタイミングも似る。その結果、ある時期に集中して空洞化が起き、ニュータウンそのものがゴーストタウン化しかねない。
しかし、山万が手掛けたユーカリが丘ニュータウンは、‟成長管理型”のニュータウン開発を目指したことで、1987年からの増加率は約290%へと伸長。なんと今現在も人口は減っておらず、むしろ増加傾向を維持しているほどだ。
「裏を返せば、都市開発は、じつは相当民間事業者に依存しているということです。そのなかで、行政の都市計画の役割は、開発の負の影響を最小限にすること。ただし、開発する土地が公有地であれば、行政主導で進められるでしょうが、工場跡地など民有地であると、民間事業者の意向の方が圧倒的に強い。そのため、街全体のあり方や面的な地区開発に対する環境アセスメントに議論が及ぶ前に、次々とタワマンや商業業務施設が造られていく」
一人ひとりの音(個別のマンションやビル)は基準をクリアしていても、いざ全員で同じステージに立ったとき、音が大きすぎて騒音になったり、ハーモニーが崩れたりすることを、今の審査方法では事前に防ぐことが難しい。
街全体の「合奏」を美しく保つには、指揮者である自治体がマスタープランを持って、最初から音の重なりを調整する必要があるのだが、「十分にはできていない。学校の児童数・生徒数の予測などは、民間事業者よりも自治体のほうが現実的な認識を持っていることがある。事業者ではなく自治体が開発の影響評価を行う方が良い側面もある」と村山氏は語る。
「2002年に制定された都市再生特別措置法の影響もあるでしょう。同法は、経済対策のために市街地再開発を推進する法律ですが、分かりやすく言えばバブル崩壊以降、景気が停滞していたため、開発をする、つまり建設業を動かすことで経済を回し、お金や人を東京などの大都市に呼び込もうとした。
この特別措置法の中に、大都市の中心部に都市再生緊急整備地域や都市再生特別地区を指定し、容積率などの土地利用規制や環境アセスメントの対象を緩和するというものがあった。これによって都心を中心に、民間事業者が大規模な開発をしやすい状況ができた」
このとき、都市計画の専門家の多くが異を唱えたという。「都市計画は、本来、インフラや環境が持っているキャパシティで許容される量しか開発を認めるべきではない」と。しかし、その声に耳が傾けられることはなく、都心に高層商業業務施設やタワマンは続々と誕生していく。
もちろん、高層商業業務施設やタワマンが建設されることで「正」の面がないわけではない。例えば、渋谷は開発と並行する形で、災害対策にも力を入れている。渋谷の地下に広がる雨水貯留施設は、2011年2月の工事着手から10年近い歳月を経て、2020年8月に完成した。
また、「渋谷ヒカリエ」は、災害時に発生する帰宅困難者を一時的に収容できる約5500m²のスペースを確保する商業施設でもある。災害時は、人々が一か所に集中することを避けなければいけないため、人の流れを建物から建物へと分散させる狙いがある。そのため、渋谷駅周辺の複合施設は互いにつながっているという背景を持つ。
「超高層ビルが増えることで、都心の緑が増えているという事実もあります。ビルを建てる際に足元や屋上の緑を増やして公共貢献をしています。超高層の商業業務ビルやタワマンを語るとき、ディベロッパー批判になりがちですが、民間の力も借りながらいかに公共空間を豊かにしていくか、それも大切なことです」
1棟の「戸数」が増える理由
その一方で、投資目的でタワマンを購入する人も少なくなく、過熱気味になっている感は否めない。輪をかけて、現在、建設資材が高騰している。
「建設する以上は、民間事業者も利益を増やしたい。そのため1棟における戸数を増やす傾向になっている」
仮に、1棟で100戸を計画していたとしよう。ところが、高騰によって1棟で150戸に計画を修正した場合、当たり前だが一戸分あたりの床面積は狭くなる。2LDKが2DKになれば部屋数は一つ減る。何が起こるか?
「狭い住戸は他の要因とともに少子化に拍車をかける可能性があります。子どもが一人いる夫婦から、現在住んでいるタワマンの住環境に鑑みると、二人目は難しいと聞いたことがあります。もちろん、さまざまな要因が重なって判断するわけですが、 住環境が我々の生活や人生設計に与える影響は小さくない」
たしかに、その通りだ。車を運転していてコンビニに入ろうと思ったとき、入りやすい左側にあるコンビニを探そうとする。カフェで隣にいる人がカタカタとキーボードの音を立てていれば、席を変えたくなる。我々の意思決定は、環境に左右されることが多分にある。24時間の大半を過ごす住環境が行動に与える影響は計り知れず、4部屋が3部屋になるだけで‟できること”は変わってくるはずだ。
「住宅が家族の形を決めてしまう部分もあるわけですから、住環境が社会を望ましくない形に変容させてしまうようなことは避けるべきです。本来であれば、こうしたことも加味して住宅や住環境、街全体のあり方を検討していかないといけない」
最近では、タワマンを規制する自治体もある。横浜市や神戸市では、中心部での高層住宅規制を導入。神戸市にいたっては、タワマンの空き室所有者に独自に課税することも検討しているという。投資目的の空き質が増えることで、将来の維持管理が困難になり、廃墟化のリスクを高めるという指摘からだ。タワマンは、単なる住居にとどまらない存在になっている。
では、これからの開発にはどのような視点があることが望ましいか――。
後編《谷中銀座の「景観ぶち壊しマンション開発」はなぜ起きた? 東京の「開発」が抱える不合理の正体》では、その点を村山氏の解説とともに深掘りしていく。
