移民の受け入れに寛容とみられてきたスウェーデンが迷走している(写真:Daniel Alon/Shutterstock.com)


 スウェーデンの移民・難民政策が、歴史的な大転換点を迎えている。

 かつて「人道大国」を標榜し、移民受け入れに寛容な国として国際社会から称賛されてきたスウェーデンがいま、自らが掲げた「統合(インテグレーション)」の理想を自ら破壊するという矛盾に直面している。

 スウェーデンに何年も居住し、教育を受け、就労・納税し、労働力として不可欠な存在となった若者たちが、移民政策を厳格化する「法改正」をきっかけに国外追放の対象となっているのだ。「成人」となった若者を、「居住資格なし」として突然家族から引き離して強制的に送還する措置に対して、多くの批判と激しい議論を呼んでいる。

 積極的に「移民政策の厳格化」「移民排斥」を推進してきた右派スウェーデン民主党(SD)の支持者からですら、「やり過ぎ」との激しい批判が噴出している。

 これはもはや、異常事態だ。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

失われた「安全弁」

 スウェーデン社会に衝撃を与える事態を招いたきっかけは2025年4月1日に施行された法改正だ。

 これまでは、難民申請が却下された後であっても、国内で就労し自立していれば、「難民申請から労働ビザの申請へ」と在留資格の枠組みを切り替えられる「軌道変更(Spårbyte)」制度が存在していた。

 この制度は、難民としての申請が一度は否定された人々にも、実際に働き、社会に根付き、税金を収めているのであれば、労働力として残る道を開く「セーフティバルブ(安全弁)」として機能してきた。

 しかし、政府はこの制度を撤廃した。その結果、本来であれば国内で新たな在留資格を申請できていたはずの若者が、強制送還の対象となった。

(Besluten som ligger bakom tonårsutvisningarna - Asylrättscentrum)

 スウェーデン紙『アフトンブラデット』は、社会に完全に溶け込みながらも排除されようとしている若者たちの姿を報じている。

突然、移民局から滞在延長の不許可決定

 18歳のヨマーナがスウェーデンに来たのは4歳の時。家族はエジプトのキリスト教少数派であるコプト教徒で、2011年のアラブの春の混乱を逃れてスウェーデンに来た。スウェーデンで教育を受け、育ち、学業とアルバイトを両立させてきた。将来はソーシャルワーカーとして困難を抱える子どもたちを支援することを考えており、友人と大学出願の相談も始めていた。

 しかし、突然スウェーデン移民局から滞在延長の不許可決定、つまり「4週間以内にエジプトへ帰るように」という通知が届き、想定していた未来は崩れ落ちた。

 流暢なスウェーデン語を話し、学校に通って家族とともに暮らし、友人や生活基盤を築いてきた。が、移民局は、「18歳の成人であれば、一人で人生を切り開くことができる。家族とは電話で連絡を取ればよい」と判断している。

 ヨマーナはアラビア語をほとんど話せず、エジプトでは、カイロ郊外のスラム街に住む遠い親戚以外、親しい人はいない。彼女は「エジプトに行くのは結婚を待つためだけ。そうなるしかない。それ以外に未来はない」と言う。

『アフトンブラデット』の記事ではほかにも似たような若者の事例を紹介している。共通するのは、家族も友人も未来の展望も、全てスウェーデンにある若者を、言葉も通じない国へ放り出そうとしていることだ。

 これは、移民政策当局が滞在要件として挙げていた「社会への統合」「適応」というこれまでの看板を外し、滞在許可を判断する際の評価基準から外したことによる。

 では、なぜスウェーデンがこれまでの方針を転換したのか。

2015年の欧州難民危機を契機に訪れた転換点

 移民に対し厳しい姿勢に転じた背景には、蓄積されてきた社会の悲鳴と不満がある。

 かつてのスウェーデンは移民受け入れに寛容な国だった。

 筆者は1997年に日本語教師としてスウェーデンに来て、任期を終えた後はスウェーデン語教室で学んだ。クラスメイトの出身国はロシアやタイ、パラグアイ、イラン、イラク、ソマリア、ルーマニア、フィリピン、エジプトなど多様で、ほとんど世界中から来ているという印象だった。

 2010年代に筆者が高校で日本語を教えていた時、生徒の出身国は、フィンランド、中国、韓国、インドネシア、チリ、リトアニアであった。戦禍を逃れてきたような人ばかりではなく、無償の医療や教育、様々な手当が充実したスウェーデンでは「自国よりも良い暮らしができる」ことを期待してきていた人もいた。

 ところが、徐々に、住居、学校、医療などの社会インフラがパンク状態となり、近所の空き地には、団地のような巨大アパートが次々と建設され始めた。

 寛容すぎたともいえるスウェーデンの移民政策が崩壊する最大のきっかけは、2015年の欧州難民危機だ。この年、人口約1000万人だったこの国に、1年間で約16万人(人口比でEU最多)の難民が押し寄せた。

 この間、私が直接見てきたことは、まず学校の予算削減によるクラスの閉鎖だ。週に12時間ほど教えていた高校での授業時間が、一気に半分に減らされた。また、街の郵便局が次々と閉鎖され、郵便業務はスーパーに委託された。医療制度の崩壊も進んだ。その頃、唇を噛み切るという大怪我を負った4歳の息子は、何の処置もされないまま真夜中まで放置された。

 2020年頃からは、目に見えて治安が悪化した。

厳しい「移民排斥」を訴えてきたスウェーデン民主党の態度も変化

 ギャングが関与する犯罪、銃撃や爆破事件などの報道が目に付くようになり、強盗、詐欺などの犯罪が身近になった。高校生だった息子は近所の不良に絡まれ、顔面にパンチされて鼻の骨を折り、またナイフを突きつけられてジャケットに穴を空けられた。

 こうした社会の変化に直面し、「犯罪者や悪いことをする移民は追い出せ」という世論は高まっていった。それは、反移民を掲げる右派ポピュリズムのスウェーデン民主党の伸長と表裏一体だった。

 2022年の総選挙では、右派連立政権(スウェーデン民主党が閣外協力)が誕生。さらに厳しい「パラダイムシフト」を掲げ、不法滞在者の摘発や移民の送還を加速させた。

 それが今になって、強制送還を強力に推進してきた世論や政治家が、「若者の悲劇的な送還例」を前に再び意見を変化させつつある。

 2026年2月の世論調査では、76%の国民が「若者の強制送還を止めるべき」と回答している。「犯罪者」や「治安を乱す者」の追放には賛成するものの、社会を支える「良き隣人」「同僚」となった若者を追い出すことには反対であるという意見表明だ。

 厳しい「移民排斥」を訴えてきたスウェーデン民主党も、態度を変え始めている。ジミー・オーケソン党首は、「安全保障上の脅威となる人物は国外追放されるべきであり、一方、本質的な意味でスウェーデンに適応し、スウェーデンを自分のものにした若者にはチャンスを与えるべき」「教育を受け、スウェーデン語を話す若者は資産である」と方向転換している。

(Unga som anpassat sig måste ges en chans)

 もっとも、これは冷酷な送還措置が世論の反感を買うことを恐れた政治的判断とも言われている。人道的な配慮からではなく、有権者の反発を避けるための選挙戦略ではないか、として選挙後には撤回すると見る向きも多い。

(Amanda Sokolnicki: Tonårsutvisningarna är ingenting mot det som väntar efter valet)

 スウェーデンでは今年9月に総選挙が実施される。「若者の国外退去問題をどうするか」を含め、再び移民政策が問われることになる。

筆者:松沢 みゆき