流行語から読み解く中国社会(第5回)スシロー、サイゼリヤ人気が象徴する「平替」の正体
最近、ニュースで「中国でスシローやサイゼリヤが大人気」という話題を見かけたことはないだろうか。かつて「憧れの日本ブランド」として受け入れられていた日本食が、今は別の理由で中国の人々の心をつかんでいる。
そのキーワードは今回の記事で紹介する流行語、現代中国の消費観を象徴する「平替(ピン・ティ)」である。
なぜ、中国の人々は日本のチェーン店に行列を作るのか。そこには単なる日本食ブームでは片付けられない、過酷な社会を生き抜くための生存戦略が隠されている。
「平替」という言葉は2019年ごろに中国SNSで生まれたが、本格的に使われるようになったのは2024年ごろだった。この言葉は「平価替代品(安価な代用品)」の略称である。
この言葉は単なる安物を指す言葉ではなく、有名ブランドと機能・品質がほぼ同等でありながら、価格が安いものを指す。いわば、ブランドという名称をはぎ取った後に残る、実質的な価値を選ぶという消費行動であり、現代中国では美容・ファッション・家電、そして今や飲食業界にまでこの波が押し寄せている。
「内巻」がもたらした「平替」
以前に紹介した内巻(無駄で苛烈な競争)とは、努力しても見返りが得られず、組織や社会で消耗し合う状態を指す。今の中国の人々は、かつてないほどの激しい競争の中にいる。特に若者は高学歴でも就職が難しく、就職しても996(朝9時から夜9時まで週6日勤務)のような過酷な労働が待っている。
しかし、それほど心身を削って働いても、将来への不安を打ち消せるほどの収入増は望めない。この報われない努力に対する最大の防御策として登場したのが「平替」だ。
必死に稼いだ大切なお金を、ブランドが作り出すイメージや虚栄心のために払う余裕はない。それよりも実質的な価値に対価を払う。消費者にとって平替を選ぶことは、収入の伸び悩みという現実を、支出の精査によって相殺しようとする切実な生存戦略という一面がある。
また皮肉なことに、産業チェーンの「内巻」も平替の流行を支えている。
1970年代の改革開放以降、中国の工場やメーカー、飲食チェーンは世界トップブランドの製品を支えるサプライチェーンを構築してきた。それが不動産バブル崩壊後の熾烈(しれつ)なコスト競争を生き抜くために、世界基準の品質を驚くべき低価格で実現する力をつけ始めているのである。
供給側が必死に競争(内巻)した結果、高品質な代用品(平替)があふれ、それを賢い消費者が選ぶ。これが、今の中国で流行する「平替」の正体である。
中国サイゼリヤのメニュー、日本と同等か、それ以下の価格を維持している(筆者撮影) 現代中国に蘇る日本の「失われた30年」
筆者の考えでは、スシローやサイゼリヤが中国で熱狂的に迎え入れられている現象は、単なる一過性のブームではない。それは、数十年という時を隔てた日本の過去と中国の現在が、デフレという鏡合わせの時代背景を通じて共鳴し、一つに合流した歴史的な必然である。
日本のスシローやサイゼリヤが、現在の中国において平替の王者としての地位を確立したのは、1990年代以降のバブル崩壊、いわゆる「失われた30年」という過酷な環境下でのことだった。
当時の日本は、収入の停滞と将来への不安がまん延する、まさに内巻の先駆けのような時代。その地獄のような市場競争で生き残るため、両社は必死に効率化を断行した。
一方で、現在の中国はどうだろうか。高度成長の狂騒が落ち着き、人々は「内巻」に代表される閉塞感に直面している。
「お金はない。でも、生活の質は落としたくない」
ここで数十年前の日本の苦境から生まれたビジネスモデルが、現在の中国のニーズとマッチした。中国の消費者が求めているのは、単なる低価格品ではない。限られた支出で、どれほど価値のある体験ができるのかという究極のコスパ志向である。
日本の「失われた30年」が生んだのは停滞だけではない。限られたリソースの中で、いかに豊かな生活を送るか、もたらすかという、社会における高度な生活様式と企業戦略である。磨き抜かれた、究極の効率をもたらす運営とサプライチェーンが、中国の消費者を救う「平替」として結実しているのだ。
その知恵が、いま中国の「内巻」という荒波の中で、人々の生活様式を支えるビジネスモデルとなって開花しているのである。
文/下川英馬 内外タイムス
大行列のサイゼリヤ(筆者撮影)
