『ヤマト』『ガンダム』のサントラが人生を変えた…『シン・ウルトラマン』樋口真嗣が語る“劇伴オタク”少年時代

写真拡大

2026年2月6日に新書『劇伴音楽入門』が発売された。映像作品の劇中に流れる音楽「劇伴」について、日本独自の発展経緯とその魅力を解説した初の入門書である。本連載ではその著者である腹巻猫が、日本を代表するクリエイターたちに劇伴の魅力を聞く。記念すべき初回のゲストは樋口真嗣。特撮界の巨匠に特撮作品と音楽の深い関係について話を聞いた。

【画像】腹巻猫氏と樋口真嗣氏

映像作品の音楽に惹かれて

「僕らの世代には共通していると思うんですけど、劇伴に関心を持ち始めたのはアニメのサントラからでした。『宇宙戦艦ヤマト』(1974)や『機動戦士ガンダム』(1979)の音楽が入り口でしたね。

それから、NHK‐FMで映画評論家の関光夫さんが映画音楽を紹介する番組が放送されていて、それを録音して聴いたりしていました。

そのうち、サウンドトラックのレコードを買うようになると、テレビ番組や映画のなかで流れている音楽がレコードに入っていないことに気づいて、『あの曲がなぜ収録されていないんだろう?』と疑問を持ち始めたんですよ。あるいはレコードに収録されている音源が実際に作品で使われている音源とは違うことに気がついたり。

映画『ブレードランナー』(1982)のオリジナルの音楽はヴァンゲリスが手がけたシンセサイザーの音楽なのに、最初に出たレコードに入っていたのはオーケストラが演奏した、まったく別の音源でしたからね。そういうモヤモヤも、劇伴に関する記憶にもれなくくっついています」

70年代末から80年代にかけて、『スター・ウォーズ』や『宇宙戦艦ヤマト』がヒットしたおかげで映画音楽が売れるようになり、多くのサントラ盤が発売された。熱心なサントラファンは、海外から輸入されたレコードにも手を出し始めた。

「渋谷に〈すみや〉というサウンドトラック専門のレコード店があることを知り、通い始めました。たちまち沼にはまって、国内では発売されていない輸入サントラ盤や希少盤を集め始めるという、サントラファンの諸先輩と同じ道をたどったんです」

〈すみや〉は「サントラファンの聖地」とも呼ばれたレコード店。惜しくも2008年1月三31日に閉店したが、最終日には多くのサントラファンが駆けつけ、営業終了の時間まで別れを惜しんだ。

「映画やドラマの楽しみ方って、ふつうは物語や映像から入って深掘りしていくものだと思うんです。でも、僕は耳から入ってくるものが好きだった。おそらく、家庭用ビデオデッキがない時代にテレビの音声をカセットテープに録音して聴いたりしていたから、よけいにそうだったんです。

音の選び方や音の入り方がすごく気になった。効果音も同じで『この爆発音は軽くてダメだ。やはりこっちの音でないと』なんて思っていました。そういう体験が、映像作品のなかの音にこだわる原点になっていると思います」

ある人物との出会い

樋口真嗣は、東宝のSF映画『さよならジュピター』(1984)の撮影見学に行ったことがきっかけで、特撮の現場で働くようになる。その頃に出会ったのが、のちにテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)を生み出す庵野秀明だった。

「ダイコンフィルムという自主映画を作っているグループの上映会で会ったんです。そこで庵野さんが『大阪で自主映画を作っているから一緒に行こうよ』と誘ってくれて、当時、彼が参加していた〈スタジオ・グラビトン〉というフリーのアニメーターが集まるスタジオに行ったんです。

ところが庵野さんがほかの仕事に手を取られていて、それが終わるまで3~4日、スタジオで待つことになった。そこに増尾昭一さんという優秀なアニメーターがいて、その方が集めたサントラ・コレクションがあったんですよ。それを聴くためのステレオ・コンポもあった。僕からすると宝の山です。

庵野さんを待っているあいだ、ずっと増尾さんのサントラ・コレクションを聴いていました。僕が買えなかったレコードや買わないようなレコードが大量にあったんです。それで、ずいぶん自分の経験や知識を補完することができました」

庵野秀明との出会いは、樋口が音響演出に関わるきっかけにもなった。ダイコンフィルムと、それを母体に創立されたアニメ制作会社ガイナックスの作品に参加し、予告編に音楽を付けたり、映像に仮の音を付けたりする作業を手伝うようになったのだ。

1987年に公開されたアニメ映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は、ガイナックスが初めて制作した映像作品である。音楽監督は坂本龍一。樋口はこの作品で助監督を務めたが、いくつかのシーンで映像に音を付ける作業を手伝っている。

「映画の終盤で、宇宙に行った主人公が人類の歴史を俯瞰して見る重要なシーンがあるんです。ところが制作が遅れて絵がなかなかできない。でもフィルムスコアリング(映像にタイミングを合わせて作曲する手法)で作っているので、坂本龍一さんは絵がないと音楽が書けないわけです。

そこで、そのシーンのレイアウト(場面設計)がある程度できた段階で、僕が色を付けて撮影して仮のフィルムを作り、それをガイドに坂本さんに作曲してもらいました。僕が作った映像で坂本さんが作曲することは、すごいプレッシャーでしたね。

『本当に僕がやっていいの?』と。僕はただサントラが好きなだけで、音楽や音楽演出の勉強をしているわけでもないのに」

ガイナックスには設立当初から映像だけでなく音響にもこだわる気風があり、樋口はさまざまな場面で音響演出に関わる経験をすることができた。

庵野秀明が総監督を務め、ガイナックスが実質的なアニメーション制作を担ったテレビアニメ『ふしぎの海のナディア』(1990)もそのひとつだ。

「放送の途中から制作に参加して、ナディアたちが無人島ですごすエピソード(第23話~第34話)を監督することになりました。幸い番組の評判がよくて、音楽の追加録音ができることが決まったんです。

その第2回録音の曲の半分を、庵野さんが僕に分けてくれたんですよ。自由に発注していいよと。それで、作曲家の鷺巣詩郎さんに発注する曲のメニュー(楽曲ごとのイメージや曲調などを示した発注書)を僕が書きました。

『こんな曲にしてほしい』と自分の趣味全開の参考音源まで渡して。鷺巣さんは嫌な顔をすることなく、それに応えてくれました。しかも、映像に音楽を付ける作業もある程度やらせてもらえたんです。

本来は音響監督の清水勝則さんの仕事なんですけど、快くまかせてくださって。音楽の発注から選曲まで、貴重な経験ができました。庵野さんと清水さんには、すごく感謝しています」

テンプトラックを活用した音楽作り

2005年3月、樋口真嗣が監督した初の長編映画『ローレライ』が公開された。以降、樋口は『日本沈没』『シン・ウルトラマン』など、スケールの大きな劇場映画を次々と監督している。ここからは、樋口が自身の監督作品でどのように音楽を作り、演出に活かしているかを語ってもらおう。

『ローレライ』の音楽担当は佐藤直紀。『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞し、その後も『ゴジラ-1.0』(2023)など数々の話題作を手がける、日本を代表する映画音楽作曲家である。しかし、『ローレライ』製作当時は、映画音楽の分野では新人に近かった。

「『ローレライ』では、僕が全部テンプトラック(劇伴の参考として映像に付ける仮の曲)を付け、それに合わせて書いてもらいました。初めてご一緒する佐藤直紀さんに、僕の無茶な希望を叶えてもらう形になりました」

2006年公開の映画『日本沈没』の音楽は岩代太郎。90年代から数々の映画、テレビドラマ等の音楽を手がけ、『レッドクリフ』(2008)などの海外作品にも参加する実力派である。

「『日本沈没』のときも僕が全部テンプトラックを付けました。岩代さんは抵抗があったと思うんですが、出来上がった曲を聴いたら思い切りテンプトラックに寄せてくれていて、申し訳ないことをしたなと思いましたね。

岩代さんはすでに映画音楽の経験が豊富でしたから、打ち合わせでは具体的な曲の話はあまりせず、『主題歌をどこに入れるかを決めて、そこから逆算して音楽の組み立てを考えていく』とおっしゃっていたのが印象に残っています」

2008年に公開された映画『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』は、黒澤明監督の映画『隠し砦の三悪人』(1958)のリメイク版。音楽は佐藤直紀が担当した。

『日本沈没』も1973年公開の同名映画のリメイクである。両作ともオリジナル版は映画音楽の巨匠・佐藤勝が音楽を付けている。新作の音楽を考えるにあたって、旧作の音楽を参考にはしなかったのだろうか?

「むしろ、まったく違う音楽にしたいと思っていました。ただ、旧作の『日本沈没』ではミュージックエフェクトっていう、音楽と効果音の中間のような音がずっと鳴っているのが効果的で、『ああいう曲がほしい』という話はしましたね。

音楽は違うけれど、印象や雰囲気は似せたいと。『隠し砦の三悪人THE LAST PRINCESS』のときも、こういうトーンでいきたいという僕の希望に対して、佐藤直紀さんがいろいろアイデアを出してくれました」

2015年公開の映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』は、『ふしぎの海のナディア』で縁のあった鷺巣詩郎が音楽を担当した。この作品では、テンプトラックの使い方を見直したという。そこには、テンプトラックに頼りすぎている自分自身への自責の念もあったようだ。

「テンプトラックを付けるにしても海外の作曲家の曲は避けたほうがよいのかな、と考えるようになりました。そのうちに思いついたのが、本人の曲を使うこと。作曲家も自分の曲なら抵抗なく参考にできるだろうし、本人のなかから出てきた音楽だから、さらに進んだ曲が書けるんじゃないかと思ったんです。

鷺巣さんが音楽を担当したアニメ映画『ベルセルク 黄金時代篇』(2012)などから選んだ曲を映像に当てて、参考にしてもらいました。以降は、本人の曲をテンプトラックにするやり方を続けました」

(後編に続く)

取材・構成/腹巻猫   撮影/落合隆仁

劇伴音楽入門 (インターナショナル新書)

腹巻猫 (著)

2026/2/6

1155円(税込)

288ページ

ISBN: 978-4797681703

劇伴とは、映画やTVのドラマ・アニメなどの映像作品にて劇中に流される音楽のこと。本書は劇伴ならではの特徴と魅力を解説した初の入門書。日本の劇伴が独自のスタイルを獲得する経緯を、豊富な実例とともに紹介。世界を熱狂させる日本の劇伴の秘密に迫ります。