養老「家族が嫌がった猫のみつぎ物は〈蛇〉。チロの口のまわりで蛇が渦巻いていて」室井「寝ている私の額にミミズを3本、川の字みたいに乗せられて」
〈2/22は猫の日。発売中の『婦人公論』3月号から記事を先出し!〉ご自身の生きるうえでの「ものさし」だったという愛猫のまるを、2020年に見送った養老孟司さん。一方、野良から迎えた6匹の猫を育て、それぞれの生涯を見届けた室井滋さんは、「面倒を見てもらったのは自分だった」と語ります。猫が人間に教えてくれることは少なくないようです。かけがえのない存在の老いや看取りを経験したお二人が語り合います(構成:篠藤ゆり 撮影:清水朝子)
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<前編よりつづく>
猫にも人にも無抵抗でいるのが一番
室井 1匹目のチビはちっちゃい頃に自宅の裏で拾ったけれど、最初は飼うつもりはなかったんです。私は子ども時代、猫がちょっと苦手だったし、俳優の仕事は不規則ですから。
でもチビがあまりにも可愛くて手放せなくなり、1年間、猫用のリュックに入れてスタジオにも連れて歩いていました。
だから人間みたいになっちゃって、猫という自覚が多分なかった……と思います。ほかの猫が家に来てからは、「なんで猫なんか飼ってるの?」みたいな顔してましたよ。
養老 猫が人間をどう認識しているかは、わからない。わからないから、いいんですよ。人間同士だって、とくにわかる必要もないですけどね。猫も娘も女房も(笑)。無抵抗でいることが一番。「それはやるな」とか、相手のしていることを直そうとしたらいけないんですよ。
室井 しつけはしないんですね。
養老 僕はしつけが苦手だから、犬は飼わない。自分の子どもにも、しつけができませんでした。
室井 猫はマイペースという点が、犬とは違いますね。
養老 犬は社会性動物ですから。猿もそうです。僕は子どもの頃、猿を飼ったことがあって。うちは母子家庭で母が医師だったから、看護師さんやお手伝いさんがいて犬も飼っていた。
そこに猿を連れてきたら僕のところに来てグルーミング(毛繕い)するんです。でも、母の姿が目に入ると、急に態度が変わる。
室井 どんなふうにですか?
養老 母の目を気にしてるといいうか。教えなくても、誰がこの家のボスなのかがわかっている。犬はそれに近いでしょう。

室井さんが1999年に初めて迎えた茶トラのチビ(雄)(写真提供:室井さん)
室内飼いでも狩猟本能を失わない
室井 先生は、まるの前にも猫を飼ってらしたんですか?
養老 チロという雌猫を飼っていました。その猫は、女房が謡いの稽古をしようと先生の謡いをテープで流すと、近くに来て聞いていました。建長寺の托鉢僧が家の前までお経を上げに来ると、走っていく。低い声の日本流の節が好きみたいでした。
チロはとても生活力が強くてね。朝、居間に入るとモグラが走っていたことも。
室井 モグラ!
養老 モグラは首のあたりが丈夫なので、猫に首を噛まれても平気なんです。
室井 えっ! モグラって首があるんですか?
養老 そりゃあ、ありますよ。
室井 すみません。(笑)
養老 家族が嫌がった《みつぎ物》は蛇。咥えて帰ると蛇がチロの口のまわりで渦巻いていて、蚊取り線香みたいになっている。
室井 アハハハ、蛇の蚊取り線香! 狩猟は猫の本能ですものね。
養老 まるは、縁側でリスが走り回っていると捕まえようとしていました。でもある時、家の中から飛び跳ねてリスを捕まえようとして、ガラス戸にぶつかって。凝りて、二度と狩りはしなくなりました。

室井さんの飼い猫・ツンデレな性格のタマ(雌)はシロと姉妹(写真提供:室井さん)
室井 チビは庭で雀を捕ってきたり。ある時は、ミミズを捕ってきて寝ている私の額に3本、川の字みたいに乗せて。目が覚めたら、川が動いている。(笑)
養老 アハハハ。
室井 鳥を発見すると、猫たちがカカカカカって声を出すんです。庭の竹にハクビシンが登ってきた時も、全員が窓辺に寄ってカカカカカ。家の中で飼っていても、本能は反応するようです。
養老 昔、母親が、患者さんから中型犬のコッカー・スパニエルを引き取ったことがあってね。泥棒が入ったのに吠えなかったので、役に立たないから手放したい、と。
僕がその犬を連れて山に虫捕りに行ったら、尾根に近づいたとたんにターッと笹藪に走り込んで、隠れていた鳥を追い出した。コッカー・スパニエルは、もともと鳥撃ちの時に連れていく猟犬ですから。
室井 すごい! 山に行くと本能が覚醒するんですね。
養老 本能を抑え込むのは、かわいそうです。今は、みんなペットとして犬を飼うようになったでしょう。昔は農家では、野生動物が農作物を食い荒らさないよう、放し飼いにして番犬にしていた。
熊も、犬に吠えられると、嫌がって立ち去ることが多いんです。でも今は放し飼いしていると、保健所に通報されたりしますから。

書斎の仕事机もまるのお気に入りの場所。キーボードの上に乗ることもしばしば(写真提供:marustagram_yoro)
地震や天災に対して人間ができることは
室井 先生のご本の中では、虫が減っていると書かれていました。虫が少なくなると、どういうことが待ち受けているんでしょう。
養老 一番困るのは、受粉できなくなるので、作物が実らなくなります。
室井 え、それは困る。なぜそんなに虫が減っているんですか。
養老 環境が変化しているからでしょう。日本だけではなく、世界中で虫が減っている。無人島での調査でも、やはり減っているという結果が出ています。
室井 なんだか恐ろしいことがいろいろ起きていますが、この先どうなるんでしょう。
養老 近未来で起こるはずなのが南海トラフ地震。専門家によると2038年が目途だそう。
室井 怖いですね。
養老 そうですか? もし大地震が来たら全部ぐしゃぐしゃになり「ご破算で願います」になるから、細かいことを考えてもしょうがない。まぁ僕は、その年まで生きていたら101歳だし。
室井 猫が6匹いた頃、もし大地震が来たりしたら避難所に連れていけないことが不安でした。全員が亡くなった時、もともと外でひどい目にあってきた子が多かったので、地震とか大変な目にあわずに生涯を送れたのはよかったな、と思いました。
養老 それでいいんじゃないですか。
室井 うちの子たちは東日本大震災で揺れた時、みんな「外に出してくれ」といわんばかりに鳴きました。窓を開けてあげたら、バーッと庭に出ていった。身の危険を感じたんでしょうね。
養老 地震や天災に対して、人ができることはあまりない。人間って、そんなに力があるものでも利口でもないので。猫のほうが、よっぽど賢いですよ。
室井 そんな人間が、何が起きてもある程度の幸福感を失わないためには、どうしたらいいんでしょう。
養老 自分が必要なものは自分で調達できる能力を身につけることでしょうね。まず、水とエネルギーと食料。でもそれが調達できる環境にいる人はほとんどいないし、都心では難しい。先のことが心配なら引っ越せばいいけれど、目の前の生活を考えると難しいでしょう。
室井 そうですね。
養老 日本では、社会的な思想が大きく変化するのは関東大震災や安政江戸地震など、必ず災害のあとでした。災害があって、いろんな意味で不幸が起こったあとに、一体どういう社会をつくるのかが大事だということです。
<後編につづく>
