木本武宏

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 7億円超の投資トラブルが発覚したお笑いコンビTKOの木本武宏(51)が、所属していた松竹芸能を退社した。投資トラブルの詳細はまだはっきりしていないのに、事務所の対応は電光石火の対応だった。これに対し、さすが松竹芸能との声が上がっているという。

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【写真】「さすが松竹芸能」で思い出される人々

 7月23日、松竹芸能は「TKO木本武宏について」という告知を出した。

《7月初旬に個人的な投資活動に関しトラブルが発生しているのではないかという情報が弊社に届いた為、本人への事情聴取を重ねてまいりました。結果、一部の情報は得られたものの、全容の把握には至りませんでした。/また、事情聴取と並行し、弊社も独自で情報収集を行ってきましたが、具体的にどういったトラブルが起きているのか、本人がご迷惑をお掛けしている側なのか、被害を受けている側なのか等の全容の把握には未だ至っておりません。》

 真相は何も分かっていない。ところが、

《本人より退所の希望がございました為、本日をもって本人との契約を終了する事になりました。》

 民放プロデューサーが解説する。

木本武宏

「松竹芸能のホームページからは、早速、木本の名前が消えていました。投資トラブルは個人間の問題ですから、今のところ警察沙汰にはなりそうにもありません。《本人より退所の希望》があったとのことですが、松竹芸能の“即切り”と見る関係者は少なくありません。昔からそういう体質ですからね。さすが松竹芸能、いかにも松竹芸能らしいという声も出ています。“逃げるは恥だが役に立つ”は社是と言ってもいいほどです」

大手なのに腰が低い

 松竹芸能と言えば、吉本興業と並ぶ関西の大手お笑い芸能事務所だ。業務提携の笑福亭鶴瓶を筆頭に、ますだおかだ、よゐこ、安田大サーカス、まえだまえだ、ヒコロヒーなどが所属している。近年は東京にも進出し、そのトップは木本という声もあった。

「YouTubeチャンネルでヒコロヒーが語っていました。『木本さんに睨まれると難しい』と」

 そんな木本をなぜ即切りしたのだろう。

「松竹芸能は確かに、吉本と並ぶお笑い興業の両雄です。ですが、松竹芸能はどこまでも謙虚で、どこまでも弱気。マネージャーもみんないい人ばかりですよ」

 松竹芸能の親会社は、3大映画会社のひとつで歌舞伎界を独占する松竹である。それでも弱気なのだろうか。

「正直言って、もっと偉そうにしていいのにと思うほど。だからこそ、所属タレントにトラブルが起ころうものなら、さっさと尻尾を巻いて逃げ出すところがあるんです」

“逃げ恥”のゆえんである。

北野誠も謎のまま

「まず思い出すのは北野誠(63)。1993年、関西ローカルの深夜ラジオ番組『誠のサイキック青年団』(ABCラジオ)で、当時発売された山本リンダのヌード写真集を酷評した。それに激怒した山本が1億円の損害賠償を請求したため、北野が山本同席のもと、公開謝罪会見を開いたことで示談が成立。全国的に報じられた会見をきっかけに、北野は関東でも知名度が上がり、レギュラー番組を持つようになりました」

 その後も北野の活躍は続いたが、再びトラブルに。

「2009年春、同じラジオ番組で“不適切な発言”があったとして、松竹芸能は北野の無期限謹慎を発表し、全てのレギュラー番組を降板させました。北野は今も松竹芸能に所属していますが、未だに何があったのか話そうとはせず、真相は藪の中です」

 そして、オセロの中島知子(50)である。

「2011年の家賃滞納問題が発端となり、女性占い師による洗脳騒動に発展しました。彼女は当時、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)や『中井正広のブラックバラエティ(同)など人気番組のレギュラーを数多く抱えていましたが、松竹芸能は中島をフォローすることもなく、契約解除の通告でカタをつけてしまいました」

大昔から“逃げ恥”

 デイリー新潮は今月16日に配信した「中島知子が『お笑い向上委員会』登場 テレビマンが完全復活を予想する根拠」で、復活の兆しを見せている中島について報じた。出演した「さんまのお笑い向上委員会」(フジテレビ)では、松竹芸能についても語っていた。

中島:会社にはヒモみたいな男しかおらん。男がまたしっかりしていないんですわ。芸人、マネージャーさんもね!

 具体的に名前まで挙げはじめ、さんまから「個人名を出すな!」と叱られたほどだ。

「そして、今回、問題が発覚したTKO木本の相方、木下隆行(50)の時も同様でした。2020年、よゐこ・濱口優の結婚パーティーの会費問題で後輩へのパワハラが発覚し、退所を申し込んだことになっています。しかし業界では、これも即切りと見る向きが少なくない。木下の場合は、母親まで売れっ子になり、松竹芸能に所属しセットで売り出していましたが、もちろん母の名も今は残っていません」

 さらに歴史は古いという。

「かつての松竹新喜劇の大看板で、“松竹の喜劇王”と呼ばれた藤山寛美(1929〜1990)でさえ、1966年に自己破産したためにクビを通告されています。もちろん寛美がいなければお客が入らないため、松竹芸能は彼を呼び戻しました。松竹新喜劇は人気を復活させましたが、晩年は有力な座員を引き留められず、失意のうちに亡くなりました」

 80年代の漫才ブームの時もそうだったという。

「松竹芸能はそれまで道頓堀角座を中心に興行していましたが、若手の芸人が少なかったため、漫才ブームの時に吉本興業に客を持って行かれてしまいました。この時、松竹芸能が何をしたかといえば、3年の間、角座を閉鎖するという手に出たのです。まさに逃げ恥でした」

デイリー新潮編集部