【中野 京子】犬が自殺…? 数百匹が飛び降り死んだ「謎の橋」その怖すぎる噂 「警告プレート」も取り付けられた

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自死する犬

犬が自死することはありえるのだろうか?

吉村昭の短編集『天に遊ぶ』は、現実に起こった出来事をもとに作品化しており、その中の「自殺」はこんな話だ――愛犬の具合が悪くなり獣医のところへ連れてゆくと、末期癌でこれから苦痛が生じるから、安楽死も考慮に入れたほうがいい、と言われる。帰宅してすぐその犬は(それまで一匹では外へ出たことのない室内犬なのに)、いきなり猛ダッシュで往来の激しい道路へ飛び出て車にはねられ即死した。自殺のようだった。

〔PHOTO〕iStock

筆者も友人から直接こんな体験談を聞いた。

彼女のペットは中型犬で、高層マンション内で飼っていた。ある日、犬に留守番させての外出の際、ベランダの窓はいつものように細く開けておいた(いずれにせよ犬は高所を怖がり、それまでベランダへ出たことは一度もない)。帰宅すると、犬は墜落死していた。警察の検証によれば、自分で戸を開け、ベランダへ出て、狭い手すりの隙間からそうとうに無理をして体を通し、自らの意志で落ちたとしか考えられない、と。なぜ自殺したのだろう、と彼女は取り乱していた。

犬が飛び降りる橋

スコットランドのダンバートンにオーヴァートン・ハウスがある。建設されたのは19世紀半ば過ぎだが、いわゆる「スコットランド男爵建築」と呼ばれる様式で、中世風の塔を持つ古城の趣だ。

30年ほど後、この城と近村を隔てていた川に石橋が架けられた。何の変哲もない殺風景な橋だが、霧の濃い夕暮れなどには目の前に聳え立つ擬古城とともに薄気味悪い雰囲気を醸し出したのかもしれない。

さらに半世紀が過ぎた1950年頃、オーヴァートン橋で怪異が始まる。しかしそれは霧や闇とは正反対の、よく晴れた日中に、しかも橋の決まった場所で起こるのだった。自殺橋の異名もつく。ただし13メートルの高さから飛び降りて死ぬのは人間ではなく、犬。それもコリーやレトリーバーといった、鼻先の長い大型狩猟犬に限られた。

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いったい今まで何頭の犬が命を落としたか、正確な数は不明だ。50頭、いや、600頭だと噂されるが、実際に飼い犬と橋を散歩していて、いきなり犬がリードを振り切って飛び降りたり、飛び降りかけたのを危うく引き留めたりという事態に陥った生き証人はさほど多くない。飛び降りても命に別条のなかった犬もいるので、せいぜい5、6頭が死んだだけと考える者もいる。

とはいっても、オーヴァートン橋から飛び降りたがる犬が相当数いたのは紛れもない事実だ。橋には近年プレートも取り付けられた。犬をつれて渡るときにはリードを放さないように、との警告文である。

橋の謎

謎を解明しようと、さまざまな説が唱えられた。この土地はケルト神話におけるシンプレイス(霊界に近い場所)だからとか、古城の幽霊が誘うとか、かつて数キロ先の軍港で潜水艦のソナーが発せられて犬の聴覚を攪乱した、等々。どれも万人を説得するには至らなかった。

最新且つ科学的にもっとも納得できるとされるのは、嗅覚説。オーヴァートン橋の下にはミンクが群棲しており、天気の良い日はその臭いが橋上まで立ちのぼってくるため、狩猟の血が騒いだ犬が、後先考えず飛び降りた、というもの。まるで猫にマタタビだ。狩猟犬はそんなに愚かなのか? その点に関しては、下に灌木が生い茂っていて橋の高さを見誤った可能性がある、と補足されている。

もちろんこの説もまた、万人に受け入れられているわけではない。なぜなら、世界中の橋のうちオーヴァートン橋だけに魅力的なミンクの香り(?)が立ちのぼってきているとは信じがたいからだ。他の橋で同様の犬の行動が見られない限り、これで解決とはならない。また目撃情報によると、飛び降りた犬が再び橋にもどってもう一度飛び降りたこともあったというから、それが本当ならますますミンク説は揺らぐ。

そもそも科学的検証には、犬は自死するだけの頭脳や魂を持たないという前提条件が付いている。人間と動物を厳然と分かつキリスト教的思想からすればそうなるわけだが、日本人の多くは輪廻転生で人間が動物にも虫にも生まれ変わりえると漠然と思っているので、犬の自死も受け入れやすいのだろう(なぜこの橋からか、という謎は残るにしても)。

もしかすると、犬の自殺は世界各地で想像以上に多いのかもしれない。だが遥かに多いのは獣医の自殺のようだ。スイスの日刊紙『NZZ』によれば、獣医は人間相手の医者の5倍も自殺者が多い。動物の寿命は短いため、動物好きの獣医はひんぱんに死と向き合い、それがストレスとなるのではないか、とのこと。