恋愛禁止の規則を破ったマクドナルドCEOの解任に同情の余地はあるか?/鈴木涼美

写真拡大

―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―

◆私がオジサンになったら/鈴木涼美

 恋愛禁止といえばかつて誰かが頭を丸刈りにしたり、地方の姉妹グループに異動させられたどこぞのアイドルグループのイメージが強い。一部では人権弾圧なんて言われていたけれど、私は彼女たちの名前や姉妹グループの名前をそんなニュースで初めて知ったし、同アイドルグループの無料宣伝活動に何より寄与していたのは紛れもない事実で、仕掛けとしては巧みだ。

 米マクドナルドのCEOが社員との合意のある関係を理由に解任されたというニュースによって、同社が管理職に対して直属の部下かどうかにかかわらず社員との恋愛を禁止しているという事実もおそらく日本では初めて大きく報道された。

 権力者からセクハラを受けた被害者が連帯して告発する運動は米国を中心に2年ほど前から男女関係に関する大きな潮流をつくり出し、約20年前にインターン生と不倫をした大統領を大まかに許容した同国は、離婚した独身CEOが合意の上で社員と恋に落ち関係を持った事実を否とした。

 処分を適当と考える、あるいは社内恋愛禁止の規定に賛同する声は、「合意」の曖昧さを論拠とする。要は社長に好きって言われたらキモくても断れなくない?という話。経営側としても、最初は前向きだった女性の気分が途中で変わることもあるし、後でミートゥーされるのは怖い。

 的を射ているが、その論理はつまり恋愛とセクハラの境目が実際は極めて曖昧だと指摘し、セクハラの一部が、女性の向上心や八方美人ぶり、あるいは心変わりによるものだと図らずも再確認してしまっている。

 一方、男女が働く社内で恋愛が生まれるのは自然で、結婚したカップルの多くは仕事を通じて出会っている。これではモテない人間しか社長になれないといった懐疑的な声も一部にはある。ただ、そもそも経団連の会合などを見ると長身のイケメンなんてごく稀で、社長がモテているように見えるのは社長であるという事実によってモテている場合がほとんどなので、別にこれまでの社長人材と今後が劇的に変わることはないだろう。

 ただ、組織における恋愛禁止の潮流にはやや懸念すべき点がある。それが破られるルールだからだ。夢が叶ってアイドルになれた人たちも破るし、株価も上がって順風満帆なCEOも破る。そして違反が半ば黙認されやすいルールでもある。類似の例は日本にはたくさんあり、売春禁止、ギャンブル禁止、不倫禁止などは、厳格に守っていないのを知っているけどうまくやってくれよ、と思われている。

 暗黙の了解が怖いのは、気分によっていつでも了解を翻すことができるからだ。皆が売春場所だと知って黙認する交際クラブやソープランドが、時々急に、売春斡旋の疑いで摘発されるのを見てきた身として、別の理由での処分、あるいは不当な処分が、そのルールを借りてなされることに気持ち悪さがあるのだ。

 大体、恋愛禁止のルールを破ることでメンバーもグループも結果的に知名度を上げてきたAKBの例同様、今回の事件も企業のクリーンさを宣伝する機会になったのは間違いないので、米国を追いがちな日本が、あまり大真面目に真に受けないといいのだけど……。

写真/アフロ
※週刊SPA!11月12日発売号より

―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―

【鈴木涼美】
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『女がそんなことで喜ぶと思うなよ』(集英社)が発売中