P&Gジャパンが推進する「#令和の就活ヘアをもっと自由に」(P&G HPより)

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 就職活動中の女子学生の定番である没個性な「ひっつめ髪」をやめて、“私らしく、自由に”。そうした呼びかけに139もの会社が賛同したというのだから溜め息が出る。そんな令和流「内定式」の光景に垣間見えるのは、新社会人に媚びる会社側の姿勢で……。

 きちんとした場にきちんとした格好で臨むのは当たり前のことである。常識。そう言い換えてもいい。そこに「個性」や「自由」といった概念を持ち込めばおかしなことになるのは目に見えている。

〈令和 内定式事情〉

〈髪形 私らしく 茶髪や巻き髪でも〉

 多くの企業で来春入社予定者の内定式が行われた翌日の10月2日、朝日新聞の朝刊にそんな見出しの記事が載った。

〈東京海上日動火災保険が東京・丸の内の本社で開いた内定式には約300人が出席した。会社側が事前にメールや内定者懇親会で「自由な髪形で内定式に参加するように」と呼びかけ、女子学生を中心に1割ほどが茶色に染めたり、髪を巻いたりして出席した〉

P&Gジャパンが推進する「#令和の就活ヘアをもっと自由に」(P&G HPより)

 これは生活用品大手のP&Gジャパンが推進する「#令和の就活ヘアをもっと自由に」なるプロジェクトの一環で、東京海上はその賛同企業の一つ。同社以外にも日本郵船や日本IBM、日本テレビなど、計139社もの企業が賛同したというからなかなかに大がかりなプロジェクトなのだが、これを手掛けたP&Gジャパンの“狙い”は明らか。何のことはない、このプロジェクトは同社のヘアケア商品「パンテーン」のPRを兼ねているのである。

 就職活動中の女子学生の髪形と言えば、黒髪をなでつけて後ろで束ねた「ひっつめ髪」が定番。そこで、“自由”を提唱することで「パンテーン」の商品イメージを向上させ、あわよくば新たな顧客になってもらおう……というワケだ。

 東京海上の内定者の一人に聞くと、

「茶髪の女性は多かったし、インナーカラーを入れてる子も結構いた。男性の茶髪は1、2割くらいかな」

 というから、プロジェクトの“効果”は一定程度あったのかもしれないが、

「そもそも、自由は本来、上から与えられるものではないはずです。自由を求める人々が、自分たちの手で勝ち取っていくもの。ですから、学生が“自由を”と訴えるのであれば分かるのですが、企業の側から言うのはちょっと気持ち悪いことだと思います」

 と、作家の適菜収氏は違和感を表明する。

「もしかしたら、そんなことを言われなくても就活ヘアじゃない髪形で行こうと思っていた人がいたかもしれないのに、その人の個性も潰してしまっていますよね。そういう人は“自由でいい”と言われたら逆に就活ヘアで行きたくなるものです。常識の範囲内で個性を発揮するにはどうすればいいか、学生が考える機会も奪っていると思います」

 評論家の唐沢俊一氏も、

「“自由にしていい”と言われたから茶髪にして、何も言われていない服装に関しては皆リクルートスーツ。それが自分らしさや個性と言えるのか疑問ですね」

 と、首をかしげる。

「それに、外見=自分らしさではないはずです。一目見て分かるものは個性ではありません。人と同じような服装や髪形をしていても内面からにじみ出てくるものが個性です」

 人手不足を背景に売り手市場が続く昨今の就職活動戦線。だからといって、会社側が新社会人側にペースを合わせるのはおかしい、と指摘するのは経営コンサルタントの横山信弘氏だ。

「いつの時代においても社会と新社会人は対等の関係ではありません。それまで答えのある問題ばかりを解いてきた学生は、社会人になることで答えのない問題に直面します。それを解くためには、当然、先に社会に出ている人にリードしてもらわなければならない。新社会人のほうからペースを合わせるのは当たり前のことなのです」

 就活生へのイメージアップを図りたい。今回のプロジェクトに賛同した企業側にはそうした思惑もあるのだろう。しかし、

「会社にとって本来大事なのは就活生や内定者への媚びではなく、既存の従業員への配慮です」(同)

「バブル時代」の記憶

 内定者に媚びる必要がないのであれば、内定式では社長の講話や内定証書の授与、そして社員との懇親会などを粛々と行えばいい。しかし最近の内定式は、必ずしもそうした定型通りのものばかりではないようだ。

 例えば、製粉大手の昭和産業では3年前から内定式で「天ぷら研修」を実施している。今年も、

「学生から社会人に、さくっと意識を“衣”替えしてほしい」

 そう挨拶した社長自らが内定者らに対し、自社製品を使った天ぷらの揚げ方を手ほどきしたという。

 アイドルに会える内定式もある。瀬戸内エリアを拠点として活動する、AKB48姉妹グループのSTU48。そのメンバーが普段、公演を行っている船上劇場で内定式をやったのは、STU48の活動を支援しているという広島県廿日市市の大手建材メーカー、ウッドワンである。内定者らはSTU48のメンバーとの交流を楽しんだ上、最後には歌まで贈られて会場は大盛り上がりだったという。なるほど、楽しそうではあるが、将来の同期や先輩社員と話す時間がどれくらい取れたのか、心配にもなってしまうのだ。

 社長がツタンカーメンに扮した「エジプト」風など、毎年変わった内定式を行っているのは、GMOペパボ。昨年度は「サッカー代表選出の記者会見」風で、社長が扮したのは「代表監督」だ。司会から「代表選手」である内定者の名前が発表され、「選手入場」の際にはマスコミに扮した役員らがカメラを向ける、という徹底ぶり。ちなみにこの会社の企業理念は“もっとおもしろくできる”である。

「GMOペパボの例のように、それが企業の理念や経営方針に沿ったものであるなら、その内定式は内定者と企業のためになる式だと思います」

 先の横山氏はそう語る。

「一方、単なるイベント型の内定式は企業の自己満足でしかない。企業が思っている以上に学生はしっかりしているし、意識も高いのです。社会のために何が出来るのかをちゃんと考えています。そういう学生にとって、天ぷらや芸能人なんて正直どうでもいい。“どうだ、楽しいだろ?”という企業側の自己満足でしかない」

 では、どのような内定式が理想的なのか。

「社内の人間と内定者が対話で信頼関係を作れる式です。あと、会社に入るまでの残り半年間に何をやればいいのかをアドバイスしてあげるといい」(同)

 内定者との正しい向き合い方。それを多くの企業が見失った時期があったことをご記憶だろうか。

「バブルの時代、私も内定中に香港に連れて行かれたり、パーティーにも数えきれないほど招待されました。そういうことが常態化すると、学生は無意識のうちに調子に乗ってしまいます。会社から接待的扱いを受け、媚びられるのは当たり前だと思ってしまう。そうなると、入社してからちょっと厳しいことを言われただけで不満を感じる。そんな新人がいる企業に未来はあるでしょうか」

 と、横山氏は言う。

「私のクライアント企業の中で素晴らしいと思えるところは皆、採用活動に成功しています。そうした企業は採用基準をあえて高くしているという点で共通していて、就活生に媚びることは絶対にしません。基準が高ければ当然、新入社員のレベルも高くなる。入社のためのハードルが高いほうが会社への貢献意欲も高くなるという統計もありますし、学生に媚びてもいいことは何もないのです」

 入った会社で甘やかされてダメ社員に。学生側もそんな未来は望んでいまい。

「週刊新潮」2019年10月17日号 掲載